やり直しの人生、今度こそ絶対に成り上がってやる(本編完結)

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5-3 アレクシス・ロルフ・ヒルデグンデ・ヴォルアレスという男

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 第三王子というのは正直に言って微妙な立ち位置だとアレクシスは思っている。しかも側妃でなく、王妃の子供。王子が増えれば後継者争いが生まれるのは必然で、争う人数が増えれば消そうと考えるのも当然だった。

 王である父が側妃を娶ったのも、国内でのパワーバランスを考えた結果だったから余計に争いを生んだ。だから自分には王位を継ぐ気はないと証明するためにも、アレクシスは幼いころから騎士を目指した。それが王宮で住む上での処世術だった。

 アレクシスは三歳まで王宮で過ごしていた。王妃と側妃の宮は大きく離れているので、アレクシスは第一王女と第二王子のことを余り知らなかった。アレクシスが生まれて間もなく第二王女のレーナが生まれ、王妃の宮であるアメジスト宮はとても賑やかだった。

 事件が起きたのはレーナが生まれて二ヶ月後。王国騎士であるダニエルに剣の稽古をつけてもらうため訓練場へ移動しているときだった。

 どこからかやってきた野犬にアレクシスは襲われて重傷を負った。アレクシスの周囲に護衛もいたけれど、王宮内とあって人数はさほど多くなく獰猛な野犬に太刀打ちできなかった。ある上級貴族の子がダニエルを呼びに行ったためアレクシスは一命をとりとめたが、彼がいなければアレクシスは命を落としていた可能性もあった。

 それが建国以来、忠臣として名高いスコット侯爵家の次男、オリヴァー・フォン・スコットだった。

 厳重な警備が敷かれている王宮内で野犬に襲われるというこの事件は関係者に箝口令が敷かれた。誰かが故意にアレクシスを襲ったのは明白であり、王宮にいる者ならば誰が仕組んだことなのかうすうす気づいていたけれど、はっきりとした証拠もなかったのでそのまま迷宮入りした。

 偶然ではあるがアレクシスが公の場に出たことがなかったことと、アメジスト宮の外で起こった事件だったこともあって、オリヴァーがアレクシスの存在に気づくことはなかった。

 この事件があってアレクシスは王妃の出身でもあるザセキノロンへ行くことになり、彼は六つまでザセキノロンで過ごし、その後はスコット領で剣術を学んだ。

 国の英雄でもあるエッカルト・フォン・スコットは先王の親友であった。現国王もエッカルトのことを信用しており、彼ならばアレクシスをしっかりと鍛えてくれるだろうと期待もあった。エッカルトはその期待に応えるようアレクシスを厳しく指導し、彼を一人前の騎士に育て上げた。そしてスコット領で生活を始めて九年の月日が経ったとき、アレクシスは王都へ戻り騎士の叙任を受けた。十五で正式な騎士になったのは建国史上初めてのことだった。

 エッカルトに厳しく鍛えられたこともあって、剣の腕は国内随一だった。王国内で行われる剣術大会でも優勝するほどの腕前だったがアレクシスは鍛錬を怠らず自分に厳しくあり続けた。

 そんな中、アレクシスは恩人でもあるオリヴァーの噂を耳にした。彼が兄である第二王子の従者をしているのは当然知っていたし、自己顕示欲の強い第二王子が王太子の地位を狙い、それに賛同する貴族がいるのも知っていた。オリヴァーもまた次男に生まれたというだけで家を継げるわけでもなく、数多くあるスコット家の領地の一つをもらうか、子息のいない家へ婿入りするしかない人生に抗おうと必死だった。彼が成り上がるため、ルドルフに協力するのは手っ取り早い手段だった。

 オリヴァーが悪に手を染めていくのを、アレクシスは見て見ぬふりをしていた。彼らが国家を転覆させるような大事件を起こすとは思っていなかったのだ。

 王太子のフリードリヒは、一見、穏やかで優柔不断なそぶりをしているが、実のところは冷酷で手段を選ばない人間だ。第二王子とオリヴァーが自身の殺害を企んでいると確証を得てから行動は早かった。彼らを捕まえるため証拠を集めると、近衛騎士を派遣して潜伏先に突入する計画を立てた。それを知ったアレクシスはフリードリヒに指揮権を自分に与えてくれないかと直談判した。フリードリヒは難色を示したけれど、アレクシスの存在も利用できると思ったようで了承した。

 きっとオリヴァーも目先の欲に眩んだだけで計画が失敗に終われば目を覚ますと思った。王太子を殺害する計画はあまりに罪が重いけれど、彼が名門スコット侯爵家の生まれであることを考えれば重くても流刑だろうと予想していた。けれどアレクシスが想像した以上にみながオリヴァーに罪を擦り付け、挙句の果てには主犯の一人でもあるルドルフですら彼を見放した。

 そうなっては後ろ盾も何もないアレクシスがオリヴァーを庇うことなんて不可能だ。フリードリヒに情状酌量を訴えたけれど、オリヴァーが国家転覆を目論んだ大罪人として王国中に知れ渡ってしまったのもあって、彼の処刑は避けられなかった。

 もっと自分に力があれば、オリヴァーを守れたかもしれない。せめて彼の最期ぐらいはこの目に焼き付けようと処刑場に向かったが、彼は処刑場に向かう道中、山賊に襲われて殺された。罪人を乗せた馬車が襲われるという不自然な事件に、オリヴァーは殺されたのではないかと噂された。ただ処刑が決まっているオリヴァーをわざわざ殺す意味も不明だ。口封じのためなのか、それとも本当に山賊がたまたま襲っただけなのか。

 謎のまま月日は経過し、そして命だけは助かったルドルフが隣国のモルドペセライ帝国に亡命し、戦争を起こした。

 圧倒的な戦力差にヴォルアレス王国は帝国に蹂躙されるだけだった。ルドルフは王国の情報を帝国に流し、その見返りに終戦後は自分が国の王になることを約束していた。彼の玉座に対する執念の凄まじさを知る。おそらく彼の母親でもあるリーゼロッテ妃の影響だろう。

 リーゼロッテ妃は王妃であるアンネマリー王妃を憎んでいた。公爵家の生まれであるアンネマリー妃と伯爵家の生まれであるリーゼロッテ妃では家格も王妃のほうが上であったが、彼女は自分のほうが愛されていると思い込んでい
た。王が貴族間の力関係を重視したため側妃を娶ったのだがそれを愛によるものと勘違いしていたのだ。

 リーゼロッテ妃はルドルフが生まれると、彼を厳しくしつけた。ゆくゆくはフリードリヒを退けてルドルフが王になるよう教育という名の洗脳を続けた。それがルドルフの玉座に対する執念へと変わり、国を裏切ってでも王になろうと画策した。

 王と王太子が責任を取る形で処刑され、ようやく終戦した。戦争に敗れて荒廃した国に帝国の操り人形が王として即位。王都ですら餓死する者が現れ、平民へと落とされたアレクシスは国が滅んでいく様を目の当たりにした。

 戦争の動乱でオリヴァーの殺害を指示したのがフリードリヒだと判明した。ルドルフがオリヴァーを連れて帝国に亡命する計画がそあり、決定打となったのはアレクシスが処刑場へ向かったためだった。アレクシスは彼の最期を見届けたかっただけなのに、自分もまたフリードリヒに信用されていなかったようで処刑するのを待っていては彼が誘拐される可能性もあるとして山賊に襲われたと見せかけて殺害した。

 第一王子のフリードリヒにも信用されず、第二王子のルドルフの視界にも入らず、ただ血筋だけがアレクシスを王族たらしめていた。




 あまり知られていないが、王族には太古の昔に存在した力が宿っている。それは心臓に眠っていて、自身の命と引き換えに奇跡を起こせるというものだ。

 これまでの人生、アレクシスは後悔ばかりで何もできなかった。命の恩人も救えず、戦争も止められず、せめて王族の血筋を引いている者として、最期にこの国のため命を散らそうと決心した。

 一番の気がかりだったのは命の恩人でもあるオリヴァーを助けられなかったことだった。もっと自分に力があれば、彼を助けられたかもしれない。せめて彼だけでも助かってほしいと祈りながら、アレクシスは自分の心臓に剣を突き立て、時を戻すという奇跡を起こした。
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