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4-10 王立学園

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 目立ちたがりな性格が顕著に出ている派手な登場に周囲の視線は入口へと向けられた。煌びやかな衣装と隣に寄り添う美女に周囲がざわつく。ルドルフもまた在学中に婚約をしていなかったが、この前王宮で行われた新年の宴で帝国の公爵令嬢との婚約が発表された。

 これは国家間の外交のようなものだから、オリーは気にしないでほしい、なんて気にも留めていなかったことを懇願されて笑いをこらえるのに必死だった。別にルドルフが誰と結婚しようがオリヴァーには関係ない。ちょっと体を重ねたぐらいで何を勘違いしているのか、と思ったけれど、そこは期待に応えるように寂しそうな顔で「分かりました」と頷いてやった。その時のルドルフの満足げな表情は今でも忘れられない。

 今回もまた前回と同じようにこの卒業パーティに彼女を連れてきたようだ。ゆるいウエーブのかかった栗色の髪の毛が歩くたびにふわふわと揺れている。笑みを絶やさず一見穏やかそうであるが、公爵令嬢とだけあって人一倍プライドは高い。常にルドルフの傍にいたオリヴァーに対してキツく当たることもあったけれど、最後はオリヴァーに篭絡されて公にはできない関係まで発展した。

 自身に満ち溢れた表情で手を振る彼女を見ているとなんだか昔の彼女に出くわしたような気まずさに襲われる。まあ、人生をやり直している記憶などオリヴァーにしかないので、勝手な感情だが。

「どうかしました?」

 そんなオリヴァーを見ていたのかアレクシスに話しかけられてハッとする。

「美人過ぎて見ていられなかっただけだ」

「オリー兄様のほうが綺麗ですよ」

 さらりとそんなことを言うアレクシスにオリヴァーは鼻で笑い、「野郎に言われても嬉しくない」と一蹴した。

 妙に長いルドルフの挨拶が終わり、パーティが本格的に開始する。このまま帰っても良かっただろうが、一応は王族に所縁のある家門なのでルドルフに挨拶をする。

「ルドルフ殿下、ご卒業おめでとうございます」

「オリヴァー、わざわざありがとう」

 しつこいぐらい愛称で呼んできていたのに、婚約者の手前からか名前呼びに変わっている。それでもルドルフと親しいというのは分かる。令嬢の視線が一度だけオリヴァーに向けられ、すぐに逸らされる。新年の宴で家族と共に挨拶をしているので一応は顔見知りだが、兄が王太子と仲良くオリヴァーもルドルフの従者を断っているのであまり印象が良くないのだろう。さっさと下がれと態度で訴えている。

 言われなくても挨拶が済めば自室へ戻るつもりだったが、彼女の態度に気づいているのかいないのか、ルドルフが「ゆっくりしていくといい」と社交辞令のようなことを言う。そんなことを言う性格ではないのに、と気づいた時には先手を打たれた。

「おい」

 ルドルフが手を挙げると控えていた使用人が飲み物を持ってくる。用意されては断ることもできない。三人分のドリンクが盆の上に置かれている。まずはルドルフが自分の分を取り、次にオリヴァーへとグラスを手渡す。

「ありがとうございます」

「オリヴァーは卒業したらどうするつもりだ?」

 ぐい、と飲み込んだのを見て、オリヴァーも口を付ける。しゅわしゅわと炭酸が唇を刺激する。

「卒業まで一年あるのでゆっくり考えようと思っております」

「そうか。オリヴァーさえ良ければクラスメートを紹介したいんだが、どうだ?」

 突然の誘いにオリヴァーは目を見開く。

「お前の将来に役立てば、と思っただけだから、嫌だったら断ってくれていい」

 そう面と向かって言われては断れずに「ありがとうございます」と頭を下げると、ルドルフは「すまないが、少し傍を離れる」と公爵令嬢の腕を解いて歩き出す。それを追うと背中からじわじわと焼かれるような圧力を感じたが、オリヴァーは無視するしかなかった。



 予想以上にルドルフはまともな人間をオリヴァーに紹介した。てっきり自分の派閥の人間ばかりを並べるのかと思いきやそれなりに人脈を広げていたようで、スコット侯爵家と同じような中立派から敵対している保守派まで揃っていた。

 ほとんどがオリヴァーよりも年上だったのでオリヴァーは話を聞いているだけだったが、志の高い人間ばかりでルドルフに媚を売っている様子もない。渡されたドリンクをゴクリと飲んでいると、「もう一杯、飲むか?」と尋ねられて「ありがとうございます」と答えた。

 ルドルフから渡された二杯目のシャンパンに口を付ける。やはり彼が飲むものは生徒に配られているものと別物なのか、かなり味がいい。飲みやすい酒ほど用心しなければならない。まだルドルフに対して警戒は解いていないので、そろそろ酒に酔ったと言って抜け出すつもりでいた。

 じわり、と汗が滲んでくる。春が近いと言ってもまだ残雪がちらちらと地面に残っている季節。室内は暖房が効いているけれど、暑いと言うほどではない。まさか本当に酔ってしまったのだろうか。

「……どうした、オリー」

 耳元で名前を呼ばれてぞわりと背中が粟立つ。いつの間にかルドルフが背中にぴったりとくっついてオリヴァーの尻を撫でる。思わずびくりと体が跳ねると、くく、と笑い声が聞こえて耳たぶを噛まれた。

「ぅ、あっ……」

 自分でも驚くほどの甘い声が飛び出してきて口を押える。何を考えているのか。前にいる人間たちのことなどお構いなしに続けようとするルドルフに助けを求めようと顔を上げると、彼らはオリヴァーからパッと目を逸らした。

 ――やられた。

 さすがに場所を考えろ、と怒鳴りたくなるのを堪えて、オリヴァーは唇を噛みしめる。こんなところで喚いたとしてもオリヴァーの落ち度にされるのは目に見えている。体が熱い。この程度で酔ったりするわけがないので、酒に何か仕込まれていたのは明白だった。

「具合が悪そうだな。少し休憩でもしようか」

「手伝いますよ、ルドルフ殿下」

「さぁ、こちらへ」

 ずるずると半ば引きずられながらオリヴァーは出入口へ連れていかれた。

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