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4-3 王立学園
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「お、オリヴァー様じゃ、ないですか」
軽い口調で話しかけられ、オリヴァーは眉間に皺を寄せながら振り返る。真新しい制服を慣れたように着崩した男がそこに立っている。バルナバス・フォン・ジュノ。彼もまたオリヴァーの中で勝手に敵認定をした一人だ。
「何の用だ」
「うわ、冷たいなあ。二ヶ月程前は涙目で別れたって言うのに、もう王都の風に慣れちゃったんですか?」
「心当たりはあるだろう」
意外そうな顔をするバルナバスにはっきり告げると、軽薄そうな笑みを消して「ああ、アレクシス殿下のことですか」と答える。
「でも殿下に何か秘密があるのは、オリヴァー様もご存じだったでしょ?」
それが自分には告げられない理由も、彼が王子ならば納得している。納得しているがこれは頭で考える範疇を超えている。
「何を怒っているんです? オリヴァー様だって物分かりが良かったじゃないですか」
ただでさえ機嫌が悪いと言うのに、昔話を蒸し返されてプチンと自分の中で何かが切れる音を聞いた。オリヴァーは口元を緩ませてにこりと微笑んでバルナバスを見る。これは前回の人生でいろんな人に使った愛想だけを良く見せる笑顔だ。
「殿下にあんな態度を取っていたんだ。不敬罪と捕まらないか心配していただけだ」
「……へえ、そんな感じには見えませんけどね」
「どうせお前は殿下の護衛か何かなんだろう? ジュノ家と言えば、保守派としても有名だ。ほら、女生徒に囲まれている殿下を助けに行ったらどうだ?」
バルナバスの後ろできゃーきゃーと女生徒に囲まれているアレクシスを指さす。まだ十一にもなっていないのに、狙われてしまっていて憐れになるが助けてやろうとは全く思わない。
「そうすることにします」
にこりと微笑み返され、バルナバスが背を向けてからオリヴァーはべっと舌を出した。この学園で関わりたくない人間が三人に増えてしまった。
去っていく金色の髪の毛を見つめて、アランことアレクシス・ロルフ・ヒルデグンデ・ヴォルアレスは伸ばした手をそのまま下ろした。ちゃんと説明をしたかったのに、壇上で自分の正体を明かすことになってしまった。あまり驚かないオリヴァーが目を見開いていたのが印象的だった。
「はいはい、みなさん。アレクシス王子殿下が困っておいでですから、話しかけるなら順番にまずは俺に用件をお話しいただけますか」
面倒くさそうに割って入ってきたのは護衛のバルナバスだ。アレクシスの前に立つと「はい、そこのご令嬢。ご用件は?」とぐいぐい来ていた令嬢の勢いを削いでくれる。間に人が入ると急に大人しくなった令嬢たちは、そそくさと解散していく。
「殿下も適当にあしらわないと駄目ですよ」
「オリー兄様と何を話していたんだ」
「ああ、見ていたんですか。相変わらず、オリヴァー様のことが好きですねえ」
にやにやといやらしい笑みを浮かべるバルナバスにアレクシスはムッとする。
「……怒っていたんじゃないのか」
「何に?」
「俺が……、王子であることを隠していたから」
「でもそれはオリヴァー様が領地に来るって聞かされた時から、エッカルト様との約束だったじゃないですか」
エッカルトの孫であるオリヴァーになら自分が王子だと言うのも話していい、とアレクシスは言ったけれど、エッカルトは決して首を縦に振らなかった。秘密は出来る限り隠しておくべきだ、と言って、いくら可愛い孫でもそれだけは譲らなかった。時折、アレクシスの扱いに疑問を抱いていたようだが、オリヴァーもそれが並々ならぬ理由だと気付いて何も言わなかった。
ただそれが奇妙な方向だと言うのはアレクシスも察していた。言えない関係など、どこかの庶子であることが多い。他の人間ならばそれで好都合だったけれど、アレクシスにとってオリヴァーは特別だった。
「……説明してくる」
「今は聞いてもらえないと思いますけどねえ」
バルナバスはやれやれと両手を広げる。それを尻目に見ながらアレクシスはオリヴァーの後を追った。
軽い口調で話しかけられ、オリヴァーは眉間に皺を寄せながら振り返る。真新しい制服を慣れたように着崩した男がそこに立っている。バルナバス・フォン・ジュノ。彼もまたオリヴァーの中で勝手に敵認定をした一人だ。
「何の用だ」
「うわ、冷たいなあ。二ヶ月程前は涙目で別れたって言うのに、もう王都の風に慣れちゃったんですか?」
「心当たりはあるだろう」
意外そうな顔をするバルナバスにはっきり告げると、軽薄そうな笑みを消して「ああ、アレクシス殿下のことですか」と答える。
「でも殿下に何か秘密があるのは、オリヴァー様もご存じだったでしょ?」
それが自分には告げられない理由も、彼が王子ならば納得している。納得しているがこれは頭で考える範疇を超えている。
「何を怒っているんです? オリヴァー様だって物分かりが良かったじゃないですか」
ただでさえ機嫌が悪いと言うのに、昔話を蒸し返されてプチンと自分の中で何かが切れる音を聞いた。オリヴァーは口元を緩ませてにこりと微笑んでバルナバスを見る。これは前回の人生でいろんな人に使った愛想だけを良く見せる笑顔だ。
「殿下にあんな態度を取っていたんだ。不敬罪と捕まらないか心配していただけだ」
「……へえ、そんな感じには見えませんけどね」
「どうせお前は殿下の護衛か何かなんだろう? ジュノ家と言えば、保守派としても有名だ。ほら、女生徒に囲まれている殿下を助けに行ったらどうだ?」
バルナバスの後ろできゃーきゃーと女生徒に囲まれているアレクシスを指さす。まだ十一にもなっていないのに、狙われてしまっていて憐れになるが助けてやろうとは全く思わない。
「そうすることにします」
にこりと微笑み返され、バルナバスが背を向けてからオリヴァーはべっと舌を出した。この学園で関わりたくない人間が三人に増えてしまった。
去っていく金色の髪の毛を見つめて、アランことアレクシス・ロルフ・ヒルデグンデ・ヴォルアレスは伸ばした手をそのまま下ろした。ちゃんと説明をしたかったのに、壇上で自分の正体を明かすことになってしまった。あまり驚かないオリヴァーが目を見開いていたのが印象的だった。
「はいはい、みなさん。アレクシス王子殿下が困っておいでですから、話しかけるなら順番にまずは俺に用件をお話しいただけますか」
面倒くさそうに割って入ってきたのは護衛のバルナバスだ。アレクシスの前に立つと「はい、そこのご令嬢。ご用件は?」とぐいぐい来ていた令嬢の勢いを削いでくれる。間に人が入ると急に大人しくなった令嬢たちは、そそくさと解散していく。
「殿下も適当にあしらわないと駄目ですよ」
「オリー兄様と何を話していたんだ」
「ああ、見ていたんですか。相変わらず、オリヴァー様のことが好きですねえ」
にやにやといやらしい笑みを浮かべるバルナバスにアレクシスはムッとする。
「……怒っていたんじゃないのか」
「何に?」
「俺が……、王子であることを隠していたから」
「でもそれはオリヴァー様が領地に来るって聞かされた時から、エッカルト様との約束だったじゃないですか」
エッカルトの孫であるオリヴァーになら自分が王子だと言うのも話していい、とアレクシスは言ったけれど、エッカルトは決して首を縦に振らなかった。秘密は出来る限り隠しておくべきだ、と言って、いくら可愛い孫でもそれだけは譲らなかった。時折、アレクシスの扱いに疑問を抱いていたようだが、オリヴァーもそれが並々ならぬ理由だと気付いて何も言わなかった。
ただそれが奇妙な方向だと言うのはアレクシスも察していた。言えない関係など、どこかの庶子であることが多い。他の人間ならばそれで好都合だったけれど、アレクシスにとってオリヴァーは特別だった。
「……説明してくる」
「今は聞いてもらえないと思いますけどねえ」
バルナバスはやれやれと両手を広げる。それを尻目に見ながらアレクシスはオリヴァーの後を追った。
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