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3-5 スコット侯爵領
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祖父に課された毎日の訓練も卒なくこなせるようになって早三ヶ月。季節は夏真っ盛りだ。ギラギラと照りつける太陽に立っているだけで汗が流れてくる。南東部に位置するスコット領は冬場こそ雪など滅多に降らず温暖でとても過ごしやすいが、夏場は王国内でもかなり気温が高くなり日中の行動は制限され、余裕がある人は避暑に北部へ逃げていく。
しかしアランとバルナバスはまだスコット領に滞在している。いつまで居るのかと聞くのは早く帰れと言っているようで聞けずじまいだ。むやみやたらと敵を作らないためにも、オリヴァーは二人に対して出来るだけ平等に親切に接していた。
オリヴァーが朝の訓練を終えて城に戻ると城内はいつになく慌ただしかった。
「殿下が入る客間の布団は新しいものに変更して。あの方は好き嫌いが多いから食事には十分に気を付けて」
矢継ぎ早に祖母の指令が飛んでいく。彼女がそんなふうに指示を出しているのは見たことがない。ピリピリとした空気に話しかけられずにいると、ようやくオリヴァーの存在に気づいた祖母が「オリー。もう終わったの?」と優しく声をかけてくれた。
「はい。朝の訓練は終わりました。慌ただしいようですが、何かあったんですか?」
オリヴァーがそう尋ねると祖母は困ったように頬に手を当て、
「ルドルフ殿下が避暑にこちらへ来られるそうなの」
と、言った。
――避暑。一時的に涼しい場所に移ること。夏の暑さを避けること。
思わず言葉の意味を反芻してしまうほどに驚いた。
「ひ、避暑、ですか?」
未だ言っている意味が分からず、口元が引きつってしまう。
「ええ。王都よりもこちらのほうが暑いのにねえ」
スコット領は海に面しているのもあって夏場の観光地としても人気である。しかしルドルフは泳ぐのが苦手で海水浴なんてもっての外だ。避暑するならば北部の方が良いはずなのに、わざわざここへくる理由が分からない。
それにルドルフは王都からあまり出たことがない。前回での人生でもそうだった。以前、スコット領は農地と海しかないと酷くコケにしていて、自分が馬鹿にされているわけでもないのにとても腹が立ったのを覚えている。そんな認識だったのにわざわざここまで来ると言うことは、オリヴァーが領地に来たこともあって少しずつ前とは変わってきているのだろうか。
「それでいつ来られるんです?」
「明日だそうよ。いきなりで困るわよねえ」
ほとほと困った顔をしている祖母を見て、ヒッと悲鳴を上げそうになった。かなり怒っている。祖母は穏やかで優しい人ではあるが、怒らせるとあの祖父ですら慄くぐらい怖い人だ。一国の王子相手に説教などしないだろうが、それでも苦言ぐらいは言いそうである。嫌味でないだけマシだろうか。
「お祖父様からも話があると思うから、執務室へ行ってくれる?」
「分かりました」
この領地で平穏な生活を送るにはまだまだ時間がかかりそうだ。
しかしアランとバルナバスはまだスコット領に滞在している。いつまで居るのかと聞くのは早く帰れと言っているようで聞けずじまいだ。むやみやたらと敵を作らないためにも、オリヴァーは二人に対して出来るだけ平等に親切に接していた。
オリヴァーが朝の訓練を終えて城に戻ると城内はいつになく慌ただしかった。
「殿下が入る客間の布団は新しいものに変更して。あの方は好き嫌いが多いから食事には十分に気を付けて」
矢継ぎ早に祖母の指令が飛んでいく。彼女がそんなふうに指示を出しているのは見たことがない。ピリピリとした空気に話しかけられずにいると、ようやくオリヴァーの存在に気づいた祖母が「オリー。もう終わったの?」と優しく声をかけてくれた。
「はい。朝の訓練は終わりました。慌ただしいようですが、何かあったんですか?」
オリヴァーがそう尋ねると祖母は困ったように頬に手を当て、
「ルドルフ殿下が避暑にこちらへ来られるそうなの」
と、言った。
――避暑。一時的に涼しい場所に移ること。夏の暑さを避けること。
思わず言葉の意味を反芻してしまうほどに驚いた。
「ひ、避暑、ですか?」
未だ言っている意味が分からず、口元が引きつってしまう。
「ええ。王都よりもこちらのほうが暑いのにねえ」
スコット領は海に面しているのもあって夏場の観光地としても人気である。しかしルドルフは泳ぐのが苦手で海水浴なんてもっての外だ。避暑するならば北部の方が良いはずなのに、わざわざここへくる理由が分からない。
それにルドルフは王都からあまり出たことがない。前回での人生でもそうだった。以前、スコット領は農地と海しかないと酷くコケにしていて、自分が馬鹿にされているわけでもないのにとても腹が立ったのを覚えている。そんな認識だったのにわざわざここまで来ると言うことは、オリヴァーが領地に来たこともあって少しずつ前とは変わってきているのだろうか。
「それでいつ来られるんです?」
「明日だそうよ。いきなりで困るわよねえ」
ほとほと困った顔をしている祖母を見て、ヒッと悲鳴を上げそうになった。かなり怒っている。祖母は穏やかで優しい人ではあるが、怒らせるとあの祖父ですら慄くぐらい怖い人だ。一国の王子相手に説教などしないだろうが、それでも苦言ぐらいは言いそうである。嫌味でないだけマシだろうか。
「お祖父様からも話があると思うから、執務室へ行ってくれる?」
「分かりました」
この領地で平穏な生活を送るにはまだまだ時間がかかりそうだ。
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