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第二章 レイヴン・レイヴ

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 言い合いはちょっと激しく聞こえたが、美少女二人の絵面では単なるじゃれ合いだった。
 俺の方はというと、チカがいくら軽いとはいえ腕が痺れてきて、話に参加するどころではなくなってしまった。耳だけ傾けながら視線を泳がせていると、前方ではひっそりと戦闘が開始していてあっと声を漏らす。
「いつの間に」
 それは戦闘と言って良いのやら。
 圧倒的な物量に攻めあぐねる迎撃の側。通常の敵と違って攻撃を受けても仰け反ったり足が止まったりしないアンデッドがひしめいているのだ。打撃や斬撃ではろくに効果を上げられず、小競り合いでもしているレベルだった。
「あははっ、いつかの俺と同じになってら。けどそのワリには落ち着いてんな」
「バンセーもっと近よれ!」
 顔を戻すと、チカが小瓶へと懸命に手を伸ばしていた。一歩出るとようやく手が届いて歓喜の声を上げる。
「やたっ」
「あん、もう」
 さして悔しくなさそうに女性は吐息する。
「おい、チカ……なんだかやばいぞ」
 俺の注意喚起に、間の抜けたやり取りをしていたはずの二人の表情が、ゆっくりと切り替わった。あたりを取り巻く空気まで変わり、思わず声音を抑える。
「戦線がここまでさがって来た。って言うか今、俺たちを通りすぎてった」
 それだけではない。木々のあいだを抜けて侵攻していた犬狼型アンデッドに、完全に取り囲まれていた。さっきの三人パーティは優位な場所まで退避したのか、もう姿はない。
 チカを降ろしてやるが、すぐには立ち上がれそうにない。
「これは予想以上にまずそうだ」
 いきなり危急に陥って、思わずそうこぼして青ざめる。前から大型のアンデッドが近付いてきて慌てて首をめぐらせるが、横と後ろには犬狼型アンデッドのハウンドが回りこんでいた。
「で、でかいぞ……まずすぎる」
 正面には長い腕をずるずると引きずりながら、十数体もの木偶ゴーレムが時間をかけてすぐそこまで侵攻してきていた。それらはアンデッドの中でもとりわけ醜悪な、死体接合木偶フレッシュゴーレムだった。同じ発音の新鮮フレッシュのイメージが先行して笑いを誘うビジュアルを連想していたのだが、五メートルを越える巨体とあいまって実際に目にすると放送禁止級にグロテスクな外見だった。
「殺戮王も形無しね」
 あくまで緊張感のない声に、とうとう苛立ちが芽生える。
「そんなこと言われても! 俺なんか武器もないんだぞ!」
 そう言えば武具の装備ってどうやるんだ? 武器の換装、つまり入れ換えをなんとなくノリでやっちゃったけど、改めて考えてみるとどうやったものか見当がつかない。もう一度試そうにも、どうやるんだ。
「あら、あるわよ」
「なにがっ……!」
 感情のままに声を荒げそうになるが踏みとどまる。彼女の落ち着き払った微笑に毒気を抜かれたのだ。
 一歩横にずれて、彼女は言う。
「見なさい」
 彼女の向こう側から姿を現したのは数匹のハウンドだった。よりにもよって、ふらふらと立ち上がるチカに向かって襲い掛かったところだ。
 危ない。頭で考えるよりも先に体が動いていた。
 右腕を真横に伸ばして、える。
「殺戮王ッ 『ウィンガー・エッジ』ッ!」
 黒い雷条が腕から伸びるのを、確認もせずにそれを振るう。束ねてはねとなった龍髯りゅうせんがチカを掬い上げた。残影が実像となって何匹ものハウンドを弾き返すと、危険な存在だと察知してハウンドは距離をとった。チカを地面に降ろすと翅はほどけて、編みこまれる前の龍髯に戻って収納される。
「でた」
 自分の意思で出現させることができた装具に驚いてしまう。
 服装もヴィダ=ロッソの年季の入ったぼろぼろの套衣姿に変わっている。中身からだは俺のままだったが、これならショコ・ラ=ファリエールと肩を並べられる気がした。
「ね? あるじゃない」
 魔女、そう呼んで差し支えない氷の微笑で、彼女は続ける。
「そうそう。たった今あなたの今後が決定的になったわよ」
「……俺、もしかしてレイヴンこっちで戦わなきゃいかないのか?」
「ココに命を救ってもらっておいて冷たい言い草ね」
「それは……」
 閉口する俺に、さらに辛辣な言葉が続く。
「恩人に後ろ足で砂をかけるまねを平然とできるなんて、ケモノにも劣るわ」
 人を小ばかにした笑いを浮かべる彼女に何も言い返せなかった。けど、何も考えずに戦火に身を投じられるほど馬鹿ではない。
 戦場に立てば殺されるかも知れない。
 おいそれと命を懸けて闘えって言うほうがどうかしていないか?
「賢帝ナハトに誓った再戦の約束だって、口からでまかせってことね」
「やめろよ、マリエール」
 制止の声は、膝を着いたチカからだった。衰弱した彼女は小瓶の開封に手間取って、ようようにして薬液を喉に流しこむ。
「あら、本人は言い返さないもの。自覚があるんじゃなくって?」
「やめろって。オレは別に、助けて欲しいからバンセーを助けたんじゃねぇよ」
「恩を無視できる理由にはならないわね」
「オレの代わりにオマエが怒る理由もないだろ」
「私が気に入らないの。あなたがこんな男を、実はとても頼りにしていることが」
「ばっ――ナニ言ってやがる! そんなことないだろッ!」
 それまでの押し殺した声音から、急にチカのトーンが上がった。
「助けて欲しいなんて思ってないって言ってンだよ!」
「それにこれは確定事項よ。今、思ったことをそのまま口にする『私』も。一時間四十三分後にはもう、どっぷりはまっている『彼』も、ね」
「くっくっ……」
 なぜだろう、俺は込み上げるままに笑いをこぼす。口に手をやったときにはもう手遅れだった。
「く、ははっはははははっ」
 まるで見てきたかのような物言いに、混乱している自分さえ見透かされている気がして自嘲に顔が引きつった。
「ワケワカンネ。俺がハマるって? ずいぶんきっぱりと断言するんだな、あんた」
 少し癇に障った。正直なところ態度が気に入らなくって、不機嫌にうめく。それでも彼女は変わらずに、どころかむしろ上機嫌に微笑んだ。
「そうね。そう言えばまだ名乗ってなかったかしら」
 幽鬼のような足取りで、すっとこちらへ踏み出す。そのすぐ後ろを、ハウンドが横に通り抜けていった。なんでもないような動きだったが、完全な死角から飛び掛かってきた敵をかわしたのだと気付いた。
「でもココから聞いているでしょう?」
 その動きは、まるで後ろに目でもついているようだった。
「チカからって――うおっ!?」
 俺のすぐ横からにょっきりと牙王ガオウが伸び、ハウンドの頭部を跳ね飛ばしていた。断末魔の声もなく、ハウンドは蒸発するように掻き消える。
 消滅するのは絶命した証拠だ。
 チカは牙王を旋回させてかつぎなおし、手の平の下で獰猛どうもうな笑みとともに声をこぼす。
「ノンキにじゃれ合ってンじゃねぇよ。戦闘中だぞ、風詠かぜよみの」
「ふふ。久しぶりね、その名前」
 俺は口をあんぐりとあけて、得意げに目を細める女を見る。
「風詠み……って、そうかこいつが、つむぎの妖精!」
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