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いくらでも持っていけ
しおりを挟む目の前が真っ白になる。
周りの空気が、一気に変わる。
重かったのが、ふわりと軽く。
俺には少しばかり息がしにくいんだが……大したことじゃない。
「リュート」
「――!……――!」
リュートは声も出せないほど、苦しんでいる。
俺は、胸が痛い。
頼む、リュート、帰ってきてくれ。
俺の……俺のぜんぶくれてやってもいい。
美味しいと言っていただろう。
だから……
ふらりと、リュートの体が力をなくす。
倒れる……思わず抱きとめる。
「リュート……?」
じゅう、と肌が溶けている。みるみる、腕が……消えた。
「……!」
とっさに、リュートを抱えて跳躍した。
たしか、これは瘴気を祓う魔法で、瘴気……災禍は、消えるのだと。
上へと、跳びきったところで下を見ると、まだ光が消えずに残っている。広い……闇雲に逃げていたら間に合わなかったな。
リュートの腕と、足が、消えている。
「リュート!」
跳びきったら、あとは落下だ。
俺は落ちても死にはしないだろう。
リュートは……どうなる。
短くなった、俺が切った髪に触れる。
頼む、俺から何でもいい、食ってくれ。
「う……ん……」
……髪が、伸びた。
ゆっくりだが、伸びていく。
「リュート!」
「ん……ダイ……」
俺を、呼んだか。
目が開いた。
ふう、と息を吐いて、寝ぼけたような顔で、俺に抱きつこうと溶けた腕を動かした。
「ん、……ほしい……」
「ああ、いくらでも」
抱き締めてやる。
こんな空中じゃ、いつもの、あの俺が軽くなるやつができない。あれはお前もおいしいって言っていたのにな。
ああ、キスとやらを、喜んでいたな。
……どうだ、うまいか?
ちゅう、ちゅう、と音を立てて、俺の舌を吸うリュート。
ぐん、と俺の中から、何かが奪われていく。
……魔力か?瘴気はどうやらさっきの光で消えてしまったからな……
何でもいい、欲しいなら持っていけ。
ずる、と髪が長くなっていく。落下の風でバサバサ流れていく髪が、少し色が薄くなっていないか?心配だな。
俺は、この髪が気に入っている。俺に巻きつくと……そうだ、それが、うれしい。
リュートはとろん、と眠たげな顔で、ずっとキスしている。
……どんどん、俺の中の力が消えていく。
髪が伸びているし……手足も、いつの間にか生えていた。
……帰ってきた。
涙が出た。悲しい時に出るものではなかったのか。これも聞こう……誰かに。
髪が身体に巻き付いてきた。さらに吸われているのが分かる。魔力はもう空だ。何を、吸ってるんだろうな。
地上が近い――このまま俺が地面に叩きつけられても……リュートは無事だろう。
体の中身は減っていっているのに、満腹感にも似ている。
そのまま、落ちる感覚に身を任せていると――ふわっと、魔法の気配が全身を包んだ。
少しの間、落下が止まって浮いたんだろう。
だが、リュートが吸いまくっているので、魔法も吸われた。
……痛いが、さっきの魔法で勢いが削がれたな。肩を痛めたくらいか。
「龍兎!」
「リュートぉ!ダインも!」
聖女と魔道士が、どこからか走ってきているのか。足音と声。
リュートは……とろとろと目を濡らして、さっき離してしまった唇をまたくっつけてきた。
「きゃっ!」
なんだ、その、妙に高い声は、魔道士か。
ちゅう、と吸われるたびに……くらくらするんだが……目がかすむ……でも細い体は俺の腕の中にある……
ばしゃ、って。
頭から濡れた。
雨が降ってきたのか?
ぱちり、とリュートが瞬きした。
「んぅ……!?ぷぁ、あれ?うわっ」
ぱしゃぱしゃと、何度も水らしいものがリュートと俺を濡らす。
……ああ、これは、魔力ポーションか?
だいぶ回復した。
経口摂取が望ましいが、肌からでも何割かは効果があるらしいと聞いた。
……何本開けた?
リュートが、……いつものリュートが体を俺の上で起こして、周りをキョロキョロした。
全員、無事なようだな。
聖女が空き瓶をいくつも持っている……なんだ?怒ってないか?
「え?……どうしたの、これ」
「……はぁああああああ……」
聖女が、地面に座り込んだ。
足を抱えて、膝に頭を押し付けている、珍しい座り方だな。
「え、アエリアーナ?どうした?」
「どうしたもこうしたも……」
「覚えてない?リュート、第七に乗っ取られたんだよ」
「え……え!?」
大きな目を、さらに大きくするんだな。
魔道士が、目元を拭って、ぐすん、と鼻を鳴らす。
「……良かった……!ほんとに……!」
「え!?泣くなよ、クリス……松、アエリアーナまで!?」
聖女までぐすぐすいっている。
俺も、なぜかまた目が熱い。
腕の中にもう一度細い体を抱き直して、俺は……覚えている限り2度目の『泣き』をした。
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