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第一章 悪魔の花嫁
忍び寄る足音 act6
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馬を走らせること1日弱。
近づくにつれ、段々と瘴気の匂いが濃くなる。
数体のアンデッドにも遭遇――すべてが一般人の装いで、腐敗もそれほど進んでいない。倒し、炎で浄化する――あとには灰が残るばかり。
黄昏の頃、ようやく連映珠が破壊されたと思わしき村に到着した。
ローイシティより一回り小さい、村としては大きな方だろう……だが、もうすでに、廃虚と化していた。
瘴気の匂い、アンデッド……予想はしていた。
けれど、エルドたちが目撃したのは予想を超えた状況だった。
「どういうこった……」
ドラクルはいっそ呆れたような声だった。
村は、破壊されていた。
そして、住民と思われる死体の山。
――アンデッドは、意志を持たない。ただ動き回り、生きるものに反応して襲いかかる。家が崩れるくらいに破壊するような力もないし、村のすべての住民を殺して回れるほどの目的を持った動作もせず、知能もない。
誰かが、意思を持って蹂躙した跡だった。
そしてアンデッド化した遺体はここにはいない――つまり、生きた人間はいないということだ。
「瘴気が……濃い」
鼻が麻痺しそうな、腐敗臭に似た劇臭。
鼻を押さえて、エルドはその一番濃い場所に向かう。
教会。
小さな角のような屋根と、素朴な漆喰の壁。
男がやっと一人通れる小さな扉の、その隙間から、黒い闇が湧いては消える。
「……もしや」
ハーヴィーが、腰の双剣を抜く。
ドラクルは一歩下がり、聖水と祝福した短剣を持った。
「……いちにのさん、で開けるぞ」
エルドも提げていた剣を抜く。
金装飾の柄に白い輝くような宝石。白く輝く長剣は、触れた空気すら清めている。
「いち、にの……さん!」
エルドは思い切り扉を蹴破る。
バキィ!と大きな音を立てて、板と鉄板を組み合わせた教会の扉は弱いところから砕け、蝶番は破壊された。
内側に崩れた扉の、その亀裂から、ブワッと大きな黒いものが膨れ上がった。
人の背丈の倍はある、丸くて、大きな漆黒の――
「【悪鬼】――!?」
ハーヴィーがぎょっと双剣を引きかけた。
エルドはそれを横目に、下ろした足で踏み込む。
「いや【邪鬼】……だ!」
剣を振り上げる。
同時に後ろから、短剣が飛んで、黒いものへと突き刺さり――エルドの剣の軌跡と、短剣の刺さったところからざわりと黒いものが揺らめき、粉々に飛び散る。
細かい悪魔――邪鬼が、大量に集まり大きな姿に見せていた。
教会から溢れるように次々と邪鬼が這い出る。
それを――
《消えろ、光よ、潰れよ》
『神よ、我にすべてを薙ぎ払う力を、聖なる光を。誓いを、堕し存在に鉄槌を!』
溢れたそばから消していく。
間口は狭く、剣は振り回せない。中に術を交互に放り込んで、教会の内側に巣食っている邪鬼を消滅させる。
そのつもりだった。
「……おい」
ドラクルが後ろから声をかけてくる。
「きりがないよ……」
ハーヴィーも。
数分、ずっと術を投げ続けている。
少し邪鬼の数は減ったように見える。けれど、黒いそれが薄くなり、細かい奴らがおのおの形が見えてくる程度。
教会の中は未だに黒いものがうごめいている。
「……内部に突っ込もうと思うが、どうだ」
「そうだね、邪鬼程度なら……」
ハーヴィーも異論はないらしい。
「ドラクルは……」
「俺はお留守番してるぜー」
気楽そうに彼は言うが、油断なく聖水を荷物から取り出している。まだ【夜】ではない。加護が発揮しない彼を、わざわざ危険に晒すこともない。
「分かった。警戒していてくれ」
「了解」
「ハーヴィー、行くぞ」
「ああ!」
エルドが正面に向かって走り出した。
ハーヴィーはタイミングを測って後ろについてくる。
ダッと、戸口をくぐる。
一面黒で、何も見えない。
ギィギィと不快な音が、無数に反響していた。
「ハーヴ、目をつぶってくれ!」
口の中に邪鬼が入らないように、手で覆って叫ぶ。多分、彼には聞こえているだろう。
《光よ、すべてを照らせ》
強引に、教会内部に光を呼ぶ。
白く、灼けつくような、光。
一度に、大量の邪鬼が光に負けて蒸発する。
隅には残るものの、内部は一瞬、霧が晴れたようにその風景を取り戻す。
民家とそう変わらない広さの礼拝堂。数脚しかない礼拝用の椅子が並び、正面には、祭壇――
悲鳴じみたハーヴィーの声。
「ッエルド――」
「ああ」
祭壇に、神を象るシンボルはなく、代わりだというように、力のない人間の躯が横たわっていた。
それに、走り寄る。
手が届きそうになった瞬間、再びぶわっと黒が湧く――祭壇から。
「このぉ!」
ハーヴィーが、持っていた聖水を祭壇めがけて撒く。
弧を描いた水が、ぴしゃりとその周辺に散ると、邪鬼は勢いをなくした。
『神よ、聖なる地を敷き給え、我ハーヴィー・カタルの名において、誓いを、汝の力をもって、善きものと平穏に至れ!』
ハーヴィーの、朗々と響く声にまるで圧倒されるように黒が消える。
「……」
祭壇に近寄り、もう一度聖水を撒く――その上の骸ごと。
その横でハーヴィーは祈りを捧げていた。
遺骸の服装は、司祭のそれだった。
近づくにつれ、段々と瘴気の匂いが濃くなる。
数体のアンデッドにも遭遇――すべてが一般人の装いで、腐敗もそれほど進んでいない。倒し、炎で浄化する――あとには灰が残るばかり。
黄昏の頃、ようやく連映珠が破壊されたと思わしき村に到着した。
ローイシティより一回り小さい、村としては大きな方だろう……だが、もうすでに、廃虚と化していた。
瘴気の匂い、アンデッド……予想はしていた。
けれど、エルドたちが目撃したのは予想を超えた状況だった。
「どういうこった……」
ドラクルはいっそ呆れたような声だった。
村は、破壊されていた。
そして、住民と思われる死体の山。
――アンデッドは、意志を持たない。ただ動き回り、生きるものに反応して襲いかかる。家が崩れるくらいに破壊するような力もないし、村のすべての住民を殺して回れるほどの目的を持った動作もせず、知能もない。
誰かが、意思を持って蹂躙した跡だった。
そしてアンデッド化した遺体はここにはいない――つまり、生きた人間はいないということだ。
「瘴気が……濃い」
鼻が麻痺しそうな、腐敗臭に似た劇臭。
鼻を押さえて、エルドはその一番濃い場所に向かう。
教会。
小さな角のような屋根と、素朴な漆喰の壁。
男がやっと一人通れる小さな扉の、その隙間から、黒い闇が湧いては消える。
「……もしや」
ハーヴィーが、腰の双剣を抜く。
ドラクルは一歩下がり、聖水と祝福した短剣を持った。
「……いちにのさん、で開けるぞ」
エルドも提げていた剣を抜く。
金装飾の柄に白い輝くような宝石。白く輝く長剣は、触れた空気すら清めている。
「いち、にの……さん!」
エルドは思い切り扉を蹴破る。
バキィ!と大きな音を立てて、板と鉄板を組み合わせた教会の扉は弱いところから砕け、蝶番は破壊された。
内側に崩れた扉の、その亀裂から、ブワッと大きな黒いものが膨れ上がった。
人の背丈の倍はある、丸くて、大きな漆黒の――
「【悪鬼】――!?」
ハーヴィーがぎょっと双剣を引きかけた。
エルドはそれを横目に、下ろした足で踏み込む。
「いや【邪鬼】……だ!」
剣を振り上げる。
同時に後ろから、短剣が飛んで、黒いものへと突き刺さり――エルドの剣の軌跡と、短剣の刺さったところからざわりと黒いものが揺らめき、粉々に飛び散る。
細かい悪魔――邪鬼が、大量に集まり大きな姿に見せていた。
教会から溢れるように次々と邪鬼が這い出る。
それを――
《消えろ、光よ、潰れよ》
『神よ、我にすべてを薙ぎ払う力を、聖なる光を。誓いを、堕し存在に鉄槌を!』
溢れたそばから消していく。
間口は狭く、剣は振り回せない。中に術を交互に放り込んで、教会の内側に巣食っている邪鬼を消滅させる。
そのつもりだった。
「……おい」
ドラクルが後ろから声をかけてくる。
「きりがないよ……」
ハーヴィーも。
数分、ずっと術を投げ続けている。
少し邪鬼の数は減ったように見える。けれど、黒いそれが薄くなり、細かい奴らがおのおの形が見えてくる程度。
教会の中は未だに黒いものがうごめいている。
「……内部に突っ込もうと思うが、どうだ」
「そうだね、邪鬼程度なら……」
ハーヴィーも異論はないらしい。
「ドラクルは……」
「俺はお留守番してるぜー」
気楽そうに彼は言うが、油断なく聖水を荷物から取り出している。まだ【夜】ではない。加護が発揮しない彼を、わざわざ危険に晒すこともない。
「分かった。警戒していてくれ」
「了解」
「ハーヴィー、行くぞ」
「ああ!」
エルドが正面に向かって走り出した。
ハーヴィーはタイミングを測って後ろについてくる。
ダッと、戸口をくぐる。
一面黒で、何も見えない。
ギィギィと不快な音が、無数に反響していた。
「ハーヴ、目をつぶってくれ!」
口の中に邪鬼が入らないように、手で覆って叫ぶ。多分、彼には聞こえているだろう。
《光よ、すべてを照らせ》
強引に、教会内部に光を呼ぶ。
白く、灼けつくような、光。
一度に、大量の邪鬼が光に負けて蒸発する。
隅には残るものの、内部は一瞬、霧が晴れたようにその風景を取り戻す。
民家とそう変わらない広さの礼拝堂。数脚しかない礼拝用の椅子が並び、正面には、祭壇――
悲鳴じみたハーヴィーの声。
「ッエルド――」
「ああ」
祭壇に、神を象るシンボルはなく、代わりだというように、力のない人間の躯が横たわっていた。
それに、走り寄る。
手が届きそうになった瞬間、再びぶわっと黒が湧く――祭壇から。
「このぉ!」
ハーヴィーが、持っていた聖水を祭壇めがけて撒く。
弧を描いた水が、ぴしゃりとその周辺に散ると、邪鬼は勢いをなくした。
『神よ、聖なる地を敷き給え、我ハーヴィー・カタルの名において、誓いを、汝の力をもって、善きものと平穏に至れ!』
ハーヴィーの、朗々と響く声にまるで圧倒されるように黒が消える。
「……」
祭壇に近寄り、もう一度聖水を撒く――その上の骸ごと。
その横でハーヴィーは祈りを捧げていた。
遺骸の服装は、司祭のそれだった。
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