黄昏のエルドラード

鹿音二号

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第一章 悪魔の花嫁

忍び寄る足音 act1

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「公爵領の、教会からの連絡が途絶えたと」

「どういうことです?連絡というと……定時の?」

 朝と夕、小さな教会はそれぞれ直轄の教会へと連絡を入れる決まりだ。
 魔導具……その中でも永久祝福という特殊な祝福を施したもので、転移礼拝堂などはそれにあたる。
 連映珠は複数の水晶玉がセットで、映像と音声をタイムラグなしに任意の水晶玉へ送れるものだ。1分という短い時間しか使えないが、教会では様々な場所でそれを利用して大きな組織の運営に役立てていた。

「もちろん、定時が遅れたというわけではないんですよね」

 聞いたのは念のためにだろうが、ハーヴィーもそれどころではないだろうわかっているらしい。定時の連絡は最重要事項で、これを怠るのはまずありえない。
 そして、この教会の慌てようは、それだけではないことを示している。
 ベイク司教はいよいよ顔を青くしている。

「はい。ここの術師によると――完全破壊、されていると」
「なん、……」

 ハーヴィーは絶句した。エルドも、ドラクルも衝撃を受けている。
 永久祝福の魔導具は、壊そうと思っても壊せるものではない。

「そのせいで、クヴェイヴ王国全体で教会の連絡網は不安定な状況だそうで。転移礼拝堂を使いつつ、今状況を確認するとともに、ぜひ、貴方がたをお迎えしたいと」
「もちろんです」

 ハーヴィーは即答した。
 転移方陣で、すぐに隣国の教会へ。
 風景が切り替わった瞬間、エルドの鼻にかすめたのは、据えた匂い。

(……におうな)

 瘴気が、近い。

「ようこそ、お呼びだてして申し訳ありません」

 礼拝堂に整然と並んでいたのは、司教服の痩せた初老の男と、その後ろに神官が10名近く。
 一様に緊張した顔だった。

「さらなる神の加護を授けられることでしょう。私は、このクヴェイヴ教会のロビンソン司教です」
「ハーヴィー司祭です。ご挨拶はその辺で、状況はどうなってますか」
「対策室を立てました。そこへの道すがらお話いたします。――」

 連絡が途絶えたと分かった後、ロビンソンはすぐに本山への連絡を取ろうと思ったが、ほとんど連映珠は使えなかった。慌てて使いを転送、同時に隣国へ到着している対悪魔兵器と名高いエルドとハーヴィーたちの応援を要請。
 一時間も経っていないが、ひとつ分かったことが。

「公爵領の……特に公爵の城がある土地に一番近い教会からの連絡がかろうじてありまして。なんでも、アンデットが、出没しているらしいと……」
「なんだって」

 一体何が起こっている。

(いや、むしろ、最初のハーヴィーの懸念が当たって……?)

 【悪魔】の可能性が出てきた――しかも、【デーモン】級の。

「様子を見させに、神官を向かわせましたが……その、この時間であります……」

 ロビンソン司教の苦悩は、顔に現れて額にシワが増える。
 エルドは足を止めた。焦りが背中を押す。

(間に合わない)

 ロビンソンが言うように、もう昼の領域は過ぎようとしている。
 昼の神が隠れて、昼の領域が去り、夜の領域になれば――【昼の加護】はまったく効果をなくす。
 
「悠長に対策してる場合じゃない。もう――【黄昏】なんだ」
「エルド」
「ここは【昼の教会】の国だろう、【夜の教会】の規模が、モンスター相手に耐えられるものだとは思えない。もうあと……一時間で、【夜】の領域なんだ」

 言いながら踵を返す。

「司教!転移礼拝堂の再度許可をくれ!」

 言い捨てて、走って元の礼拝堂に戻ると、遅れてやってきたハーヴィーたちと、すぐに姿を見せた司教が息を付きながら待機していた司祭に指示をする。

「――ガラロックの教会へ……」
「エルド!むやみに動いていいの」

 ハーヴィーが気にしていることはエルドにも分かる。

「だが、【軛】が長いんだ」
「え?あっ」
「教皇様だっけか?そういう決定」

 ドラクルが、持ち物を確かめながら、口を挟む。

「つまり、用心してたってことだな、昼の教皇様も」

 封印を解かれ、外に出られるエルドだが、制限がある。
 許可された一定期間を過ぎると、再度封印状態に陥るような【軛】――エルドに聖女がかけた加護術だ。
 これを受け入れることで、エルドはハーヴィーたちを伴って、悪魔の出現する場所で活動できる。
 今回は――軛をかけられたときから思っていたが、期間が長い。
 つまり、今のこの状況を、最高司祭である教皇は、見越していたのだろう。

「……予言って、聖女様しかできないよな?」

 ひくりと頬を引きつらせて、ハーヴィーが言った。エルドは頷く。

「だから、占術だ、ああいうのって極めるとすごいらしいからな」

 感心するほど、正確に当てることも。
 今回なら、詳細は分からなくても凶事の結果が出れば、あの教皇は取れる手段として、エルドを長い間教会の外で働かせる想定をするだろう。
 そういう、抜け目のない人だった。

「ハーヴィー司祭、準備が整いました!場所はガラロックの教会、ですが、それも最寄りではないのです。ローイシティという街を目指してください」
「転移礼拝堂があるギリギリの場所ということですね」
「はい。その教会の司祭に知らせることができませんでしたが……どうか!」
「分かりました!そちらも大変でしょう……」
「ああ、悪い!知らせは逐一総本山に入れてくれ!」

 方陣が作動しはじめて、慌ててエルドはロビンソンへ叫んだ。

「本山から俺たちに知らせが届くから――」

 風景が切り替わる一瞬、司教は頷いた。


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