4 / 19
第一章 悪魔の花嫁
求婚された少女 act1
しおりを挟む
「アイツはキレていいと思う」
少年は秀麗な眉を寄せて、明るい緑の瞳を少しすがめている。
美少年だった。
金色の髪をふわりと揺らし、甘やかで繊細な、左右の均整が取れたかんばせ。細身の、白い修道士の服も相まって、天から舞い降りた天使と言われても信じるだろう。もちろん、翼は生えていないが。
冷たい石で敷き詰めた廊下を、ふたりで歩いている。コツコツと靴底が石を叩く音をアーチを組む静謐な天井へと響かせる。
少年の手には大きな鍵があった。大仰な装飾が施され、真ん中には白い光を放つ宝石が嵌っている。それを片手で放り投げては受け取り、また放り投げる。
「アイツがしてきたことに対して、この扱い!俺なら一生引きこもって出てきてやんないね」
「まあなあ、俺もそう思う」
うんざりしたような少年の言葉に、軽くうなずく男。少年より年上だが、まだ若いと言って通じそうだ。背が高く、こちらはやや粗野な印象を受ける顔で、黒髪を短く刈り上げ、青い瞳はのんきそうに前を見ている。左頬に傷跡。修道服だが、こちらは黒い。その下にさらになにか着ているのか、ごわついていた。
「言ったって聞きやしないけどな」
「それ、どっちに言ってる?」
じろりとかたわらの男を見上げる少年。男は片眉を上げて見せる。
「どっちって?」
「あいつにか、上にか」
「おっと、俺に【昼】を批判する気はないぜ?」
おどけて両手を上げて見せる男に、少年は深くため息をつく。
「そんなのどうでもいいよ!ともかく、エルドはもっと待遇を求めてもいい!」
鍵を一層高く放り上げ、少年は素早くキャッチすると、忌々しげに手の中のそれを見た。
「『寝床があればそれでいい』って。ガイア様が気を利かせて最高級のベッドを運び込まなかったら、あいつ石の上で寝てたんじゃないの!?」
「さもありなん」
男はなんだか悟った表情で目をつぶる。
少年はぶすくれたまま、数歩先に現れた、通路を塞ぐようにそびえ立つ大きな扉を睨む。
立派な装飾と、ところどころ嵌っている宝石が美しくも不穏なほど。
「まったく!どうかしてるよ、いくらエルドだって、人としての最低限の生活は送るようにしてもらわないと」
鍵を鍵穴に差し込む。
ヴォン、とおよそ無機物が立てる音ではない低音が響く。
光が。
鍵穴から高速で扉のあちこちに走っていく。
最後に中央の大きな赤い宝石が光り――
ふっと、扉が消えた、跡形もなく。
その奥に、それは、あった。
そのまま通路の行き止まりのような石組みの部屋は、素っ気なさもあって牢獄のようだった。明かり取りの口もはるか上に細く並び、今がせいぜい昼間だとわかる程度で役に立っているとは思えない。
そこに、似つかわしくないものがあった。
大きなサイズの、ベッドだった。
クイーンサイズで、清潔な白いシーツ。ふかふかとしたスプリングがきき、その上には――
一人の青年が眠っていた。
ベッドの上に白い花が敷き詰められ、そこに仰向けに、ぐっすりと眠っているらしくぴくりともしない。
腹の上に重ねられた両手。
まるで――
「あのさ、毎度思うけど、」
「言うなって」
「葬式みたい」
「言っちゃだめですよ、ハーヴィーくん」
やれやれと肩をすくめ、黒髪の男は歩いてそのベッドに近づいた。
「ほーら、エルドくん朝ですよー」
ベッドの上の青年の肩を掴んで揺さぶるけれど、ううん、と寝言をむにゃむにゃ言いながら少し体を横にしただけだ。
「エルド!起きろ!仕事だよ!」
少年も近寄り大声を出す。そのコンボでようやく気がついたのか、エルドと呼ばれた青年が唸りながら目を開けた。
黒目黒髪の、平凡な顔立ちだった。シャツとズボンという薄着で、体は鍛えているのか厚みがある。
ぼんやりした目を、かたわらに身を乗り出した二人に向けて、
「おはよ……」
「はいオハヨ!起きるぞ仕事!」
「うー……あと5分……」
「5分ですまないだろ、俺たちはともかく、悪魔は2日も3日も待ってくれないぜー」
ほらほら、と男が青年の肩を掴んで起き上がらせ、すかさず少年が近くにあったマントを羽織らせ、二人がかりで引きずり出す。
「ほら、靴!履いて!」
「ううん……」
「抱っこがいいのか、お兄さんや」
「やめてよね……」
少年がぞっとしたように呟く。大の大人が男を抱っこする図なんて鳥肌ものだ。
「……履く」
ようやく意識がはっきりしてきたのか、もそもそと靴を履き、立ち上がった。
「行くよ、聖女様がお待ちだ」
「ガイア……ああ、行く」
くあ、とあくびをして、のろのろとエルドは手を引かれて歩き出す。
通路に3人が消えても、ベッドから花の香が立ち上り、数日の間、この【獄屋】に漂うことになる。
少年は秀麗な眉を寄せて、明るい緑の瞳を少しすがめている。
美少年だった。
金色の髪をふわりと揺らし、甘やかで繊細な、左右の均整が取れたかんばせ。細身の、白い修道士の服も相まって、天から舞い降りた天使と言われても信じるだろう。もちろん、翼は生えていないが。
冷たい石で敷き詰めた廊下を、ふたりで歩いている。コツコツと靴底が石を叩く音をアーチを組む静謐な天井へと響かせる。
少年の手には大きな鍵があった。大仰な装飾が施され、真ん中には白い光を放つ宝石が嵌っている。それを片手で放り投げては受け取り、また放り投げる。
「アイツがしてきたことに対して、この扱い!俺なら一生引きこもって出てきてやんないね」
「まあなあ、俺もそう思う」
うんざりしたような少年の言葉に、軽くうなずく男。少年より年上だが、まだ若いと言って通じそうだ。背が高く、こちらはやや粗野な印象を受ける顔で、黒髪を短く刈り上げ、青い瞳はのんきそうに前を見ている。左頬に傷跡。修道服だが、こちらは黒い。その下にさらになにか着ているのか、ごわついていた。
「言ったって聞きやしないけどな」
「それ、どっちに言ってる?」
じろりとかたわらの男を見上げる少年。男は片眉を上げて見せる。
「どっちって?」
「あいつにか、上にか」
「おっと、俺に【昼】を批判する気はないぜ?」
おどけて両手を上げて見せる男に、少年は深くため息をつく。
「そんなのどうでもいいよ!ともかく、エルドはもっと待遇を求めてもいい!」
鍵を一層高く放り上げ、少年は素早くキャッチすると、忌々しげに手の中のそれを見た。
「『寝床があればそれでいい』って。ガイア様が気を利かせて最高級のベッドを運び込まなかったら、あいつ石の上で寝てたんじゃないの!?」
「さもありなん」
男はなんだか悟った表情で目をつぶる。
少年はぶすくれたまま、数歩先に現れた、通路を塞ぐようにそびえ立つ大きな扉を睨む。
立派な装飾と、ところどころ嵌っている宝石が美しくも不穏なほど。
「まったく!どうかしてるよ、いくらエルドだって、人としての最低限の生活は送るようにしてもらわないと」
鍵を鍵穴に差し込む。
ヴォン、とおよそ無機物が立てる音ではない低音が響く。
光が。
鍵穴から高速で扉のあちこちに走っていく。
最後に中央の大きな赤い宝石が光り――
ふっと、扉が消えた、跡形もなく。
その奥に、それは、あった。
そのまま通路の行き止まりのような石組みの部屋は、素っ気なさもあって牢獄のようだった。明かり取りの口もはるか上に細く並び、今がせいぜい昼間だとわかる程度で役に立っているとは思えない。
そこに、似つかわしくないものがあった。
大きなサイズの、ベッドだった。
クイーンサイズで、清潔な白いシーツ。ふかふかとしたスプリングがきき、その上には――
一人の青年が眠っていた。
ベッドの上に白い花が敷き詰められ、そこに仰向けに、ぐっすりと眠っているらしくぴくりともしない。
腹の上に重ねられた両手。
まるで――
「あのさ、毎度思うけど、」
「言うなって」
「葬式みたい」
「言っちゃだめですよ、ハーヴィーくん」
やれやれと肩をすくめ、黒髪の男は歩いてそのベッドに近づいた。
「ほーら、エルドくん朝ですよー」
ベッドの上の青年の肩を掴んで揺さぶるけれど、ううん、と寝言をむにゃむにゃ言いながら少し体を横にしただけだ。
「エルド!起きろ!仕事だよ!」
少年も近寄り大声を出す。そのコンボでようやく気がついたのか、エルドと呼ばれた青年が唸りながら目を開けた。
黒目黒髪の、平凡な顔立ちだった。シャツとズボンという薄着で、体は鍛えているのか厚みがある。
ぼんやりした目を、かたわらに身を乗り出した二人に向けて、
「おはよ……」
「はいオハヨ!起きるぞ仕事!」
「うー……あと5分……」
「5分ですまないだろ、俺たちはともかく、悪魔は2日も3日も待ってくれないぜー」
ほらほら、と男が青年の肩を掴んで起き上がらせ、すかさず少年が近くにあったマントを羽織らせ、二人がかりで引きずり出す。
「ほら、靴!履いて!」
「ううん……」
「抱っこがいいのか、お兄さんや」
「やめてよね……」
少年がぞっとしたように呟く。大の大人が男を抱っこする図なんて鳥肌ものだ。
「……履く」
ようやく意識がはっきりしてきたのか、もそもそと靴を履き、立ち上がった。
「行くよ、聖女様がお待ちだ」
「ガイア……ああ、行く」
くあ、とあくびをして、のろのろとエルドは手を引かれて歩き出す。
通路に3人が消えても、ベッドから花の香が立ち上り、数日の間、この【獄屋】に漂うことになる。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
異世界冒険記 勇者になんてなりたくなかった
リョウ
ファンタジー
何の変哲もない普通の男子高校生であった細井幸太は、地球とは異なる世界ハードリアスに転生をした。
異世界ハードリアスは多種多様な人種が住まう世界だった。人種間にはもちろん確執があるのだが、情勢の欠片すらも知らない幸太はその身一つで異世界である人物を救う。
その人物こそが──
これは幸太が零から一へ、一から伝説へとなる物語。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
お願いだから俺に構わないで下さい
大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。
17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。
高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。
本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。
折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。
それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。
これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。
有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
異世界帰りの勇者は現代社会に戦いを挑む
大沢 雅紀
ファンタジー
ブラック企業に勤めている山田太郎は、自らの境遇に腐ることなく働いて金をためていた。しかし、やっと挙げた結婚式で裏切られてしまう。失意の太郎だったが、異世界に勇者として召喚されてしまった。
一年後、魔王を倒した太郎は、異世界で身に着けた力とアイテムをもって帰還する。そして自らを嵌めたクラスメイトと、彼らを育んた日本に対して戦いを挑むのだった。
バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話
紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界――
田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。
暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。
仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン>
「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。
最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。
しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。
ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと――
――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。
しかもその姿は、
血まみれ。
右手には討伐したモンスターの首。
左手にはモンスターのドロップアイテム。
そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。
「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」
ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。
タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。
――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる