黄昏のエルドラード

鹿音二号

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第一章 悪魔の花嫁

求婚された少女 act1

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「アイツはキレていいと思う」

 少年は秀麗な眉を寄せて、明るい緑の瞳を少しすがめている。
 美少年だった。
 金色の髪をふわりと揺らし、甘やかで繊細な、左右の均整が取れたかんばせ。細身の、白い修道士の服も相まって、天から舞い降りた天使と言われても信じるだろう。もちろん、翼は生えていないが。
 冷たい石で敷き詰めた廊下を、ふたりで歩いている。コツコツと靴底が石を叩く音をアーチを組む静謐な天井へと響かせる。
 少年の手には大きな鍵があった。大仰な装飾が施され、真ん中には白い光を放つ宝石が嵌っている。それを片手で放り投げては受け取り、また放り投げる。

「アイツがしてきたことに対して、この扱い!俺なら一生引きこもって出てきてやんないね」
「まあなあ、俺もそう思う」

 うんざりしたような少年の言葉に、軽くうなずく男。少年より年上だが、まだ若いと言って通じそうだ。背が高く、こちらはやや粗野な印象を受ける顔で、黒髪を短く刈り上げ、青い瞳はのんきそうに前を見ている。左頬に傷跡。修道服だが、こちらは黒い。その下にさらになにか着ているのか、ごわついていた。

「言ったって聞きやしないけどな」
「それ、どっちに言ってる?」

 じろりとかたわらの男を見上げる少年。男は片眉を上げて見せる。

「どっちって?」
「あいつにか、上にか」
「おっと、俺に【昼】を批判する気はないぜ?」

 おどけて両手を上げて見せる男に、少年は深くため息をつく。
「そんなのどうでもいいよ!ともかく、エルドはもっと待遇を求めてもいい!」

 鍵を一層高く放り上げ、少年は素早くキャッチすると、忌々しげに手の中のそれを見た。

「『寝床があればそれでいい』って。ガイア様が気を利かせて最高級のベッドを運び込まなかったら、あいつ石の上で寝てたんじゃないの!?」
「さもありなん」

 男はなんだか悟った表情で目をつぶる。
 少年はぶすくれたまま、数歩先に現れた、通路を塞ぐようにそびえ立つ大きな扉を睨む。
 立派な装飾と、ところどころ嵌っている宝石が美しくも不穏なほど。

「まったく!どうかしてるよ、いくらエルドだって、人としての最低限の生活は送るようにしてもらわないと」

 鍵を鍵穴に差し込む。
 ヴォン、とおよそ無機物が立てる音ではない低音が響く。
 光が。
 鍵穴から高速で扉のあちこちに走っていく。
 最後に中央の大きな赤い宝石が光り――
 ふっと、扉が消えた、跡形もなく。
 その奥に、それは、あった。
 そのまま通路の行き止まりのような石組みの部屋は、素っ気なさもあって牢獄のようだった。明かり取りの口もはるか上に細く並び、今がせいぜい昼間だとわかる程度で役に立っているとは思えない。
 そこに、似つかわしくないものがあった。
 大きなサイズの、ベッドだった。
 クイーンサイズで、清潔な白いシーツ。ふかふかとしたスプリングがきき、その上には――
 一人の青年が眠っていた。
 ベッドの上に白い花が敷き詰められ、そこに仰向けに、ぐっすりと眠っているらしくぴくりともしない。
 腹の上に重ねられた両手。
 まるで――

「あのさ、毎度思うけど、」
「言うなって」
「葬式みたい」
「言っちゃだめですよ、ハーヴィーくん」

 やれやれと肩をすくめ、黒髪の男は歩いてそのベッドに近づいた。

「ほーら、エルドくん朝ですよー」

 ベッドの上の青年の肩を掴んで揺さぶるけれど、ううん、と寝言をむにゃむにゃ言いながら少し体を横にしただけだ。

「エルド!起きろ!仕事だよ!」

 少年も近寄り大声を出す。そのコンボでようやく気がついたのか、エルドと呼ばれた青年が唸りながら目を開けた。
 黒目黒髪の、平凡な顔立ちだった。シャツとズボンという薄着で、体は鍛えているのか厚みがある。
 ぼんやりした目を、かたわらに身を乗り出した二人に向けて、

「おはよ……」
「はいオハヨ!起きるぞ仕事!」
「うー……あと5分……」
「5分ですまないだろ、俺たちはともかく、悪魔は2日も3日も待ってくれないぜー」

 ほらほら、と男が青年の肩を掴んで起き上がらせ、すかさず少年が近くにあったマントを羽織らせ、二人がかりで引きずり出す。

「ほら、靴!履いて!」 
「ううん……」
「抱っこがいいのか、お兄さんや」
「やめてよね……」

 少年がぞっとしたように呟く。大の大人が男を抱っこする図なんて鳥肌ものだ。

「……履く」

 ようやく意識がはっきりしてきたのか、もそもそと靴を履き、立ち上がった。

「行くよ、聖女様がお待ちだ」
「ガイア……ああ、行く」

 くあ、とあくびをして、のろのろとエルドは手を引かれて歩き出す。
 通路に3人が消えても、ベッドから花の香が立ち上り、数日の間、この【獄屋】に漂うことになる。

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