最強令嬢の秘密結社

鹿音二号

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51:思いは口にして5

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テリッツに手紙を書くと、すぐに返信が来た。

言い過ぎたことを悔やんで、また、ちゃんと話せる機会をくれたことに感謝するという文が添えてあった。
手紙は、気遣いに溢れている。

(信じてもいいのかしら……)

こうやって、気を使ってくれるほどには、ミズリィは嫌われていないと。

1週間後の学院が休みの日に、また皇家の馬車に乗って輪舞曲へと向かう。
緊張して、ろくに馬車の中では話せなかった。テリッツも無理に話そうとせず、まるで見守ってくれているような気がする。

エスコートされ店に入ると、イワンたちと初めて店に来た時よりお客の姿を見かける。
どうやら、噂を上書きする方法がうまく行ったようだ。

「誠にありがたいことに、例の代理人たちは来なくなりました」

輪舞曲を皇子が利用したという噂が社交界に広まった。
ただ利用しただけではすぐには噂が広まることはないけれど、協力者が夜会などで囁くと早さが変わるそうだ。数日であっという間に輪舞曲というティーサロンは皇子のお気に入りという話はあちこちで聞かれるようになり、敏感な貴族は輪舞曲を利用するようになった。

今回はさらにアピールして、噂を定着させる。

「よかったです。では、今度の皇宮の茶会の菓子をそちらのパティシエがご用意してくださいませんか?」
「な、なんと」
「本当に気に入りましてね。茶葉もどこのものかお聞きしたいですね」
「なんとも光栄なことです……!ありがとうございます!」

テリッツの笑みはいつもの通りで、何を思っているかはやはり分からなかった。けれど、騙したりする人ではないから、次の皇宮の茶会は輪舞曲のパティシエのお菓子が並ぶだろう……とても楽しみだ。

やはりオーナーの茶は香り高くて美味しい。
深々と礼をして、オーナーは退室した。

「前回は、君を不安にさせてしまってすみません」

しばらくお茶を楽しんだあと、ぽつりとテリッツが呟いた。
めずらしく、いつもより沈んだ表情のような。

「言葉を尽くしたつもりが、かえって誤解を招いたような気がするのです」
「……いえ、テリッツ様のお言葉を理解できなかったわたくしのせいですわ。帰ったあと、一生懸命考えたのですけれど……」

お茶会でのことだし、スミレたちは自分たちが相談を受けたことは伏せたほうがいいと言った。
はたして、『あくまでミズリィが一生懸命考えた結論』という嘘は通じるのか分からないけれど。

「もし、わたくしが、殿下の友人でしたら、ずっと仲良くしてくださいましたか?」
「……ええ、もちろん」
「テリッツ様は、わたくしとこの先ずっとパートナーとしていてくださるのですか?」
「それは――」

言い淀んだテリッツに、また臆病なミズリィはどきりとした。
けれど、すぐに、テリッツは話した。

「そのつもりです。そして以前よりも、君のことは好ましく思っています。よりはっきりと、未来の帝国と、君とのことを想像できるほどには」
「未来の帝国……」

それは、嫌な言葉だった。
ミズリィはその未来にたどり着けなかったし、スミレたちの予想では帝国は悪い方向へと向かわせられている。

けれど、テリッツは、未来を信じている。

彼は、少しの間ミズリィを見つめて、

「君は、どうしたいのですか?」
「え?」
「ずいぶん前から、私を避けていましたよね」
「あ……」
「最初は嫌われたのだと思いました。君は、私を恋愛対象としていたことは知っていましたし、それを黙って何もしない私に熱が冷めたのかと思いましたが……どうも違う」
「えっと……」

かなりドキドキし始めたミズリィ。
前世では貴方に裏切られました、とは言えるわけもない。

(スミレ助けて)

……どうしても友人のことを頼りたくなる。
これでは、いけない。また前と一緒になってしまう。

何か言わなければ、と口を開く。

「……わたくしは、テリッツ様が何を考えているかわからないのです」
「はい」
「それで……怖くなってしまって……」
「……君にとって、本当の私は異質な人間だったようですね」

テリッツが苦笑した。

「私は、皇帝となるように育てられた皇子です。何よりも先に帝国のことを優先します。以前の君にはそんな事を言っても無駄だと、最初から口にしはしていませんでした。もちろん、私の気持ちも」
「ええ、……だから、婚約者として大事にされていると思っていたのに、そうではなかったので……」
「君をないがしろにしていた……ということですね。それは謝らなければなりません。申し訳ありませんでした」

頭を下げられ、ミズリィ驚いてしまった。

「テリッツ様!?お顔を上げて」
「いえ、これだけは謝らせてほしい」

数十秒クリーム色の頭を見て、ミズリィは途方に暮れた。さっきとまた違うドキドキに息が詰まりそうになりながら。

「そのうえで、ミズリィ、君はどうしたいのでしょう」

顔を上げたテリッツは真剣な水色の瞳だ。

「この婚約は皇家とペトーキオの約束事です。おいそれと変更はできません。ですが、君がどうしてもというのなら……解消という手段もあるのです」
「……それは、考えたことは、実はあるのですわ」

そして考えても、自分がどうしたいかは分からなかった。

「自分でも、よくわからないのです……」

それはたぶん、自分がテリッツの婚約者をやめた姿が思いつかないからだ。ずっと、彼の隣にいたから。
やっぱり悲しくて、苦しい。
どうして前世の最期は、あんな冷たい目で見られなければならなかったのか。

頭の中がぐるぐるして、答えが出ない。
言葉をなくしたミズリィを見て、テリッツは優しく微笑んだ。

「……分かりました。今は保留ですね」
「え……?」

顔を上げると、テリッツはカップを持ち上げたところだった。

「正式な婚姻はミズリィが学院を卒業したあとです。それまでに、心を決めてくだされば良いかと」
「そう……なのですか?」
「焦っても良いことはないと思います。一国の未来を担うということは、それは大変なことですから、悩まれるのも当然です」
「テリッツ様も……悩まれたのですか」
「今もずっと悩んでいます」

そうなのか。
ミズリィが恋して眺めた彼は、いつも、皇子だった。
それは、悩んでいる姿を見たことがないからだ。

(きっと、努力されていたのね……)

やはり、テリッツは皇子だった。
ようやく、彼の本当の姿が見えてきた。

「……お言葉に甘えて、考えさせていただきます」
「私も、あなたに決めてもらえるよう、精進します」

そう言ってもらえるだけで、ミズリィの心は温かくなる。

やっと見てもらえた。
そう、思えた。
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