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50:思いは口にして4
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「……殿下……」
スミレが呻くようにつぶやいて、頭を手で押さえている。
メルクリニは呆れたように天井を見ていた。
「こう、すれ違いが大きすぎますね……」
「殿下も、正直にお話くださったんだろうけど、これはミズリィには荷が重い」
「わたくし、テリッツ様が何を言っているのか分からなくて……」
「そうでしょうね。テリッツ殿下の立場ですと、そう言うしかなかったんでしょうけど」
スミレがぶつぶつと言いながら、口元に拳を当てる。
「思ったよりいい人なんですか……?」
それを見たメルクリニはため息をついた。
「ミズリィ、もう一度聞くが、テリッツ殿下のことが好きか?」
「……たぶん、好きではなくなりましたわ」
「それは愛してくださらなかったからか?」
「そう……ではないと思いますわ。ただ、冷たくされて、悲しくて苦しくて……」
前はあんなにときめいていたのに、それもなくなったから。
スミレとメルクリニは顔を見合わせた。
「……ううん、どう言えばいいんでしょう」
「言葉を尽くすしかないな。とは言っても、私もそういう立場にはないから合ってるか……」
「まあ、やってみましょう」
スミレは、そっと息を吐き出した。
テリッツの言っていることは、こういうことだという。
ミズリィのことは、恋愛的には好きと言えない。けれども家柄、人柄、その魔力もすべて未来の皇后としては合格だった。テリッツはそう考えていた。
「これは私の勝手な妄想ですけど、友人としてならずっと変わりなく仲良くしてくださっていたと思いますよ」
「でも、友人ではないから……」
「そうですね、婚約者としての、未来の皇太子妃としての礼儀になると思います」
もしかしたら、それを前のミズリィは勘違いしたのかも知れない。
ともかくミズリィは、未来の皇帝の伴侶としては最低限の品格を持ち合わせていたし、けして人間としては嫌いではなかったのだろう。
けれど、それ以上の期待はできなかった。
恋愛的にも好きになれないし、そしてミズリィは――以前のミズリィは努力をしていなかった。ただ微笑み、人や物事を深く考えず、ぼんやりと『テリッツ皇子の婚約者』になっていた。
スミレは苦く笑った。
「前に、ミズリィ様はおっしゃったでしょう、お人形みたいだと。まさにそれです。殿下のお立場では、ミズリィ様は自分からそうなろうとしているように見えたのかと」
「あ……」
ただ座っているだけのお人形。
――皇后の座に座ることを決められた、お人形。
「テリッツ殿下は、同じように考えて、同じ悩みを一緒に解決してくれる、そんな人が本当は婚約者として欲しかったのだろうな」
「……そんなこと、おっしゃられたことはなかったですわ」
せめて言ってくれれば、と思うのはわがままだろうか。
「殿下とか、人をよく観察する人たちは、察してしまうんですよね、目の前の人が一体どんな人間かって。以前のミズリィ様はその……そういう考えたりすることが苦手だったのでしょう?」
「ええ……テリッツ様にも言われたとおりですわ」
「ミズリィ様にそういうことは、ずいぶん昔に諦められたのだと思います、殿下は。私とイワン様も、ミズリィ様に同じことをしました。ほら、オデット様の……」
覚えている。
あのときも無性に悲しかった。
「ミズリィは単純というか、本当に前向きにしか考えないところがあるからな」
「メルクリニ様!」
スミレが慌てた。
ミズリィは少し笑ってしまった。
「そうですわね。前は、本当に良くなかったですわ。頭が良くないのは今もですし」
きっと、テリッツとは一生同じように考えられることなんてないのだろう。
こんなにも、違う人間だったのだ。
「分かるって、こんなにも気が楽になるものなのね」
「ミズリィ様……」
スミレがどことなく寂しげに目を伏せた。
メルクリニが、うん?と首を傾げた。
「……そこまで悲しむところではないと思うが」
「いえ、もう、テリッツ様とは……」
彼にはきっと呆れられている。
どう頑張っても、彼に見合うような人間にはなれないのだから。
メルクリニはしきりに首をひねった。
「テリッツ殿下がミズリィに対して期待しなかったのは、昔のことだろう?」
「え?」
「こんなにちゃんと向き合ってくださるのは、ミズリィが話を聞いてくれると思ったからだろう」
「あ……」
そういえば、よく、変わったと言われていた。
スミレも考えるように腕を組む。
「そうですね、今までちゃんとお話されなかったのに、聞かれたからといってここまでお答えくださったというのは」
「むしろ誠実だろう。もともと人をないがしろにされる方ではないけれど……」
「もちろん、『前』はこういうことを言われたことはなかったんですよね?」
「そうですわ。初めて、テリッツ様が、わたくしのことをどう思ってるかなんて……」
「ミズリィ様」
スミレが身を乗り出した。
「もう一度、ちゃんとお話するべきです。きっと、『前』のこともこれで少しは心の整理がつくはずです。そして殿下のことももっと分かるかも知れません」
「……そうかしら」
「そうです!」
「わからなければ、また誰かに聞けば良い。こういうのは相談と言うんだ、いくらでも私たちは聞いてやれるぞ」
「……本当に、テリッツ様はわたくしを嫌っていない?こ、殺そうとは……」
「ミズリィ様。大丈夫です、私たちが保証します」
スミレが、ぐっと目に力を入れてミズリィを見た。
「今は、殿下のお気持ちを知ることが大事だと思います。怖いのは、仕方がないことだと思います。でも……私たちを信じてくれませんか?」
「スミレたちを……しんじる……」
真っ直ぐな彼女の目を見て、ゆっくりと、不安が収まっていく。
ここまでミズリィに言ってくれる人も、今まではいなかった。
「……分かりましたわ。殿下とまた、お話します」
スミレが呻くようにつぶやいて、頭を手で押さえている。
メルクリニは呆れたように天井を見ていた。
「こう、すれ違いが大きすぎますね……」
「殿下も、正直にお話くださったんだろうけど、これはミズリィには荷が重い」
「わたくし、テリッツ様が何を言っているのか分からなくて……」
「そうでしょうね。テリッツ殿下の立場ですと、そう言うしかなかったんでしょうけど」
スミレがぶつぶつと言いながら、口元に拳を当てる。
「思ったよりいい人なんですか……?」
それを見たメルクリニはため息をついた。
「ミズリィ、もう一度聞くが、テリッツ殿下のことが好きか?」
「……たぶん、好きではなくなりましたわ」
「それは愛してくださらなかったからか?」
「そう……ではないと思いますわ。ただ、冷たくされて、悲しくて苦しくて……」
前はあんなにときめいていたのに、それもなくなったから。
スミレとメルクリニは顔を見合わせた。
「……ううん、どう言えばいいんでしょう」
「言葉を尽くすしかないな。とは言っても、私もそういう立場にはないから合ってるか……」
「まあ、やってみましょう」
スミレは、そっと息を吐き出した。
テリッツの言っていることは、こういうことだという。
ミズリィのことは、恋愛的には好きと言えない。けれども家柄、人柄、その魔力もすべて未来の皇后としては合格だった。テリッツはそう考えていた。
「これは私の勝手な妄想ですけど、友人としてならずっと変わりなく仲良くしてくださっていたと思いますよ」
「でも、友人ではないから……」
「そうですね、婚約者としての、未来の皇太子妃としての礼儀になると思います」
もしかしたら、それを前のミズリィは勘違いしたのかも知れない。
ともかくミズリィは、未来の皇帝の伴侶としては最低限の品格を持ち合わせていたし、けして人間としては嫌いではなかったのだろう。
けれど、それ以上の期待はできなかった。
恋愛的にも好きになれないし、そしてミズリィは――以前のミズリィは努力をしていなかった。ただ微笑み、人や物事を深く考えず、ぼんやりと『テリッツ皇子の婚約者』になっていた。
スミレは苦く笑った。
「前に、ミズリィ様はおっしゃったでしょう、お人形みたいだと。まさにそれです。殿下のお立場では、ミズリィ様は自分からそうなろうとしているように見えたのかと」
「あ……」
ただ座っているだけのお人形。
――皇后の座に座ることを決められた、お人形。
「テリッツ殿下は、同じように考えて、同じ悩みを一緒に解決してくれる、そんな人が本当は婚約者として欲しかったのだろうな」
「……そんなこと、おっしゃられたことはなかったですわ」
せめて言ってくれれば、と思うのはわがままだろうか。
「殿下とか、人をよく観察する人たちは、察してしまうんですよね、目の前の人が一体どんな人間かって。以前のミズリィ様はその……そういう考えたりすることが苦手だったのでしょう?」
「ええ……テリッツ様にも言われたとおりですわ」
「ミズリィ様にそういうことは、ずいぶん昔に諦められたのだと思います、殿下は。私とイワン様も、ミズリィ様に同じことをしました。ほら、オデット様の……」
覚えている。
あのときも無性に悲しかった。
「ミズリィは単純というか、本当に前向きにしか考えないところがあるからな」
「メルクリニ様!」
スミレが慌てた。
ミズリィは少し笑ってしまった。
「そうですわね。前は、本当に良くなかったですわ。頭が良くないのは今もですし」
きっと、テリッツとは一生同じように考えられることなんてないのだろう。
こんなにも、違う人間だったのだ。
「分かるって、こんなにも気が楽になるものなのね」
「ミズリィ様……」
スミレがどことなく寂しげに目を伏せた。
メルクリニが、うん?と首を傾げた。
「……そこまで悲しむところではないと思うが」
「いえ、もう、テリッツ様とは……」
彼にはきっと呆れられている。
どう頑張っても、彼に見合うような人間にはなれないのだから。
メルクリニはしきりに首をひねった。
「テリッツ殿下がミズリィに対して期待しなかったのは、昔のことだろう?」
「え?」
「こんなにちゃんと向き合ってくださるのは、ミズリィが話を聞いてくれると思ったからだろう」
「あ……」
そういえば、よく、変わったと言われていた。
スミレも考えるように腕を組む。
「そうですね、今までちゃんとお話されなかったのに、聞かれたからといってここまでお答えくださったというのは」
「むしろ誠実だろう。もともと人をないがしろにされる方ではないけれど……」
「もちろん、『前』はこういうことを言われたことはなかったんですよね?」
「そうですわ。初めて、テリッツ様が、わたくしのことをどう思ってるかなんて……」
「ミズリィ様」
スミレが身を乗り出した。
「もう一度、ちゃんとお話するべきです。きっと、『前』のこともこれで少しは心の整理がつくはずです。そして殿下のことももっと分かるかも知れません」
「……そうかしら」
「そうです!」
「わからなければ、また誰かに聞けば良い。こういうのは相談と言うんだ、いくらでも私たちは聞いてやれるぞ」
「……本当に、テリッツ様はわたくしを嫌っていない?こ、殺そうとは……」
「ミズリィ様。大丈夫です、私たちが保証します」
スミレが、ぐっと目に力を入れてミズリィを見た。
「今は、殿下のお気持ちを知ることが大事だと思います。怖いのは、仕方がないことだと思います。でも……私たちを信じてくれませんか?」
「スミレたちを……しんじる……」
真っ直ぐな彼女の目を見て、ゆっくりと、不安が収まっていく。
ここまでミズリィに言ってくれる人も、今まではいなかった。
「……分かりましたわ。殿下とまた、お話します」
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