最強令嬢の秘密結社

鹿音二号

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45:イワンのまとめ6

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メルクリニがため息をつきながら、ずいぶん冷めてしまったお茶のカップを持った。

「しかし、本当に何も分からないな。この話し合いは本当に必要か?……あっ」

今まで考えてきたことを理解しているかすら分からず、ちょっと恥ずかしかったミズリィにメルクリニが気付いた。
つまり、これほかでもないミズリィための催しなのだ。
おろおろとした彼女に、スミレはからかうように笑う。

「すみません、私も聞きたいことがあるので。主にイワン様にですが」
「おお、いいよ。大きな真珠の話だな」
「ごほん、ごほっ」

メルクリニは気まずそうだ。ミズリィは彼女にそっと最後のフルーツタルトを譲った。
オデットが首を傾げた。

「その、大きな真珠というのは、聞き覚えがあるような気がするわねぇ」
「ええ、オデット様のネックレスのもじりです」

イワンがフォークをおいて、メモを取り上げた。

「真珠とか、言葉についてはなんでも良かったんだ。後で説明する。スミレが僕に言いたかったのは、僕がミズリィに危機を知らせるためにしたのが、資産凍結だっていうんだろ?」
「ちょっと違う気がしますが……そうとも言えます」

スミレが天井を見上げてすこし考えた。

「実際、どの段階でミズリィ様の冤罪が確定したのか分からないので。資産凍結自体はおそらく絶対にされていたでしょう。イワン様おひとりで出来る権限をお持ちだったのかも分からなくて……」
「うん、僕一人じゃ無理だな。家と、業務の関係者全体の承認が必要で、仮に出来たとしても、皇家が説明を求めてくる可能性がある」

彼はメモを数枚、引き出して手元に置く。

「難しい手続きだよ、説明すると日が暮れるから、適当に言うけれど……今言ったように、僕が仮に当主になっていても、僕一人でペトーキオ公爵令嬢の資産を凍結なんて出来ることじゃない。正当な理由と、必要な証拠がいる。1日や2日でできることでもないし……それで、考えたんだけど」
「ふんふん」

オデットが興味深そうに聞いている横で、ミズリィはなんとなく聞いているだけで、さっぱり分からなかった。黙ってシロップが浸ったケーキを口に入れた。美味しい。

「僕がしたかもしれないのは、たくさんの書類をミズリィ宛に届けたことだけかもしれない。一番複雑な手続きを取って、一番ミズリィがたくさん書類を読まなければならない方法を選択しただけ」
「たくさん……?」

ミズリィはふと引っかかった。

「いえ、手紙は一つだけでしたわ。その、内容は……覚えていないのですけれど」
「ええ?おかしいなあ」

びっくりしたように、イワンの薄い茶色の目が丸くなる。

「絶対そうだろうと思ったんだけど……うーん……サインはした?」
「ええ、手紙を預けた執事が、必要だからといってきて……」
「ちなみに、何枚?」
「5枚……だったかしら」
「ううん、圧倒的に足りない」

イワンは思いきり顔をしかめて、腕を組む。

「なんでかっていうと、そういう複雑にすればするほど、手続きに時間がかかるから、時間稼ぎに使ったんだと思うんだよ。きっと皇宮の裁判も手続きもやったはずさ」
「皇宮の裁判……?」

どんなものかは知らないが、そんなことは行われなかったはずだ。

イワンはため息をついた。

「それもか。資産凍結を皇宮に反対する弁論だよ。ミズリィが納得できなければ、そこで主張することができる。それを開くためにまた時間がかかるから、絶対にさせるように僕なら提案するけど……」

スミレがふと口を開いた。

「あの、手紙を預けた執事さんって、以前お屋敷で会ったあの方ですか……?」
「え?……いいえ?あのときはすでに別の人に変わっていたわ。スミレが会った執事は、配置換えで本邸……領地の方へ行った……はず」

「もしかしてと思うのですが、手紙を預かった執事がなに手を加えた……とは、考えられませんか?」

「え、そんな……!?」
「ああ、そうかもな」

驚いたミズリィとは違って、イワンは納得したようだった。

「メイドの件もおかしいと思ってたんだ。使用人たちが、なにか邪な思惑で公爵家で働いていた……っていう可能性も考えた」
「なぜ……」
「もちろん、君を陥れたやつの間者ってことだね」
「かんじゃ?」

とある人物……この場合は、ミズリィを陥れようとした人間に通じているか雇われて、公爵邸に使用人として紛れ込んだという。

「……もとから、わたくしたちのために働いてくれているわけではなかったのですね……」

なんだか、むなしい。
気の毒そうな顔をしたスミレが、

「ミズリィ様。執事や、他の人達がいつ頃来たとか覚えていませんか?」
「いいえ……使用人の入れ替わりは多い気がしていたの。でも……何も思わなかったの、いつ頃か、なんて、気にしたこともありませんでしたわ……」
「……確か、公爵夫人は、ご療養で領地へ行っていらっしゃるのよね?家のことが誰がやっていらっしゃるの」

オデットの言うことは、良く分からなかった。

「家のこと?」
「……この場合、ミズリィがしなければならないわ」

オデットは、いつものくすぐるような笑みを浮かべている。けれど、言葉は重く感じられた。

「私も母が亡くなったときに、家のことは代わりに全部やりなさいと言われているの。その後義母がいらっしゃったから、そちらの仕事になったけれども」
「家の……何をするの?」
「こりゃ、重症だな」

イワンが顔をひきつらせた。

「基本、家門の当主がするのは領地経営と、それにまつわるお金や事業といった外向きの仕事だ。伴侶の夫人や、家の女性たちは自分たちの使うお金の計算、使用人の采配や彼らの面倒を見る責任、そういうのをやるんだよ」

つまり、

「今も、あのときも、私がやらなければならないことを誰かがしていた……?」
「そういうことだね」

本当なら、ミズリィがしなくてはならない仕事を、誰かに任せきりにしていた。
前なら、自分にはできないと、そう思って気にもとめなかっただろう。
けれど、今はそれがいかに無責任か、分かっている。

「今も、ですわね……誰かが代わりにしてくださっているのね。わたくし、お父様にお聞きしますわ」

誰が代わりを務めてくれているのか。
そして、少しでもいい、ミズリィができることがあればさせてほしい、と。

「そうだね、それがいい。……」

イワンが頷いた。
けれども、すぐに何かを考えるそぶりをする。

「イワン?」

声をかけると、はっとイワンは我に返った。

「あ、ああ。ともかく、ミズリィが少しでも家政に携われば、変なやつも手を出しにくいだろう。やってみればいい」
「問題は、私たちが公爵家のことについては口出しできないことねえ」

オデットは頬に手を当てて、ふう、と息をつく。
イワンは真剣になる。

「……そうだな。ミズリィ、僕たちは公爵家そのもののことについては手助けできない。君の目や行動だけが頼りだ」
「え、ええ」
「今は、どうなのか分からないけれど……今後異変が起こることは考えられる。気をつけてほしい」
「ええ。がんばるわ。……これは、わたくしの家族たちのことですもの」

これはミズリィがしなければならないこと。
そして、今後の、幸せに生きるという目標のために必要なことだ。
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