最強令嬢の秘密結社

鹿音二号

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40:イワンのまとめ1

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勉強会といって、この『輪舞曲』で集まるのは何度目だろう。
ただ、今日ばかりは、書籍もペンもノートも持ってきていない。

「試験終了!おめでとう」

晴れやかな笑顔のイワン。
全員ほっとしたような顔だけれど、スミレが一番、肩の荷が下りたとはしゃいでいた。

「やっぱり責任重大すぎますよ~……」
「ははっ、けど、おかげで僕は算術が、」
「聞きたくありません!結果が出てからにしてください!」

むっとスミレは唇を尖らせた。
今はともかく試験のことは聞きたくないようだった。

「そうだな……しばらくは毎晩ノートを眺めたくはないな……」
「おつかれねぇ」

メルクリニもしみじみとしてお茶を飲む。
オデットはまだ休学をしているから、最後の追い込みといって、みんなひたすらにペンを持っていたときからひとりだけ気楽そうにしていて、今日も相変わらずだった。

「うらやましいですわ!オデット・ハリセール!いいかげん復帰すべきではなくて!?」

アリッテルはぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめながら、大きな赤い目を半分くらいに閉じている。
オデットは手を伸ばしてクマの頭を撫でた。

「まあ、私がいなくてさびしい?」
「そうでなくってよ!」

クマが動いて丸い首がくりっと曲がった。
アリッテルの固有魔法は重力系の浮遊だが、その応用でくまのぬいぐるみが動いているように見えているようだ。

「同じ苦しみを味わわせたいだけですわー!」
「イジワルねえ、アリッテルはそういうところも可愛いわぁ」
「ちょ、また!離しなさい!」

アリッテルのまだ小さめの手をオデットの白い手が包む。ブンブンと振られるけれど、オデットは離す気がないらしい。
それを呆れた目で見ていたイワンは、軽く手を叩いた。

「今日は簡単な慰労パーティー、それと僕の報告を聞いて欲しい」
「報告ですの?」
「ああ、僕なりに色々考えてみたんだ」

大きなメモ用紙をテーブルの邪魔にならない場所に置き、イワンは自分のティーカップを持った。

「まだわからないことが多すぎるし、まあ……ミズリィにも理解してほしいから……」
「イワン様」

スミレは不満そうにするけれど、イワンは肩をすくめた。

「もう遠慮してる場合じゃないと思わないか?ミズリィの理解を待つのは当たり前だけど、悪いが学院上位の成績を修める君と同じ速度で話せると思うのかい?」
「それは、そうですけど」
「ええと、わたくしのことなら、大丈夫ですわ。難しい話をわたくしが理解できるかということですわね?後でどなたかに聞き直しますわ。ご迷惑でしょうけれど」
「ああ、それが良い。いくらでも教えるさ」

イワンは何も意地悪でミズリィの頭が悪いと言っているわけではないのだ。
事実は事実だ。
スミレはそれを気にしている。一緒に、同じにとしてくれるのは嬉しいけれど、そんなことではこの先やっていけなくなるのだろう。
陥れられた前世が、それを物語っているのだから。

「どうせ私もわかりませんことよ」

ところが、アリッテルもむっと口を尖らせている。

「私の年をお忘れになって?私は頭は悪い方ではなくても、圧倒的に知識や常識を知りませんわ!」
「あらぁ?何歳なの?」
「13歳ですわ!デビュタントは去年の夏ですわよ」
「……おお、それはうっかり」
「なんですのそのどうでもいいみたいな顔。ここに私の席があるのだから、ミズリィと同じくらいには面倒を見るべきですわ!」

わがままを言うようなアリッテルは、実際の年齢よりもうちょっと小さく見える。その横のオデットが少し見ただけでは年齢がよくわからない、たまに大人の女性に見えるものだから、なんだか不思議だ。
イワンが呆れたように首を振る。

「ハイハイ。別に子どもだからといって除け者にはしないさ。誰にでも聞きなよ」
「キィー!子ども子どもってー!」
「子どもじゃないか」
「デビュタントは迎えたと言いましたわよ!」
「そのくらいで。イワン、お前何をそんなにアリッテルを気にしているんだ?」

今度はメルクリニがうんざりしたように口を挟む。
ミズリィは首を傾げた。たしかに、イワンのアリッテルへの態度はここにいる誰に対してのものとは違っている。
子どもというけれども、小さな子に対してのものではないような――理由はわからないけれども。

「イワン、もうすこしアリッテルへの言葉を柔らかくすべきじゃないのかしら?」
「……っ」

ぎょっとしたようにイワンがミズリィを見た。なにか焦ったような、予想もしていないようなことが起こったような――まるで、ずっと信じていたものに裏切られたような、は大げさだけれど、そんな顔色。

「――そうねえ、たまにあなたの、アリッテルへの態度は、度が過ぎることがあるわねぇ」

みょうに低い、オデットの声。
笑っているのに、笑っていない、そんな顔でイワンをじっと見つめている。

アリッテルが息を呑んでクマのロッテリアを抱き締めた。
焦るイワンは、手を振ってぴくぴくと頬を引きつらせている。

「何を勘違いしてるのか、分からないけど!僕はアリッテルのことなんかただの子どもとして……っ」
「イワン、お口が過ぎるわね」

オデットの顔が怖い。
やんわりと微笑んでいると親しみやすく見えているのだけれども、ともと神秘的な雰囲気があるから、こうやってほほえみとも違う、圧力を感じる表情だと――かなり、怖い。

メルクリニが、向こうでしまった、という顔をしている。スミレは……なぜか、口を押さえて肩を震わせていた。
それよりも今はこれ以上オデットが怒らないようにしたほうが良さそうだ。

「オデット、オデット?アリッテルが怯えていますわ」
「はっ」

ミズリィが声をかけると、オデットはやっと我に返ったようで、うろたえたようにアリッテルを見た。
年下の少女は目を大きく開いていたものの、オデットが心配そうにクマの頭を撫でると、忘れていた瞬きをパチパチと繰り返した。

「……おびえてなんかおりませんわよ」

むう、と頬を膨らませて、クマの頭の後ろに顔を押し付けるアリッテルに、オデットは先ほどと打って変わって、ごめんなさいね、もう怒ってないわ、とおろおろと声をかけている。
一方、イワンのほうは、なんだか落ち込んでいるのだろうか。
肩を落として、額に手を当てている。

「ありえない……いや、なにかの間違いだ……」
「イワン、その、今はともかく話をすべきじゃないか?」

メルクリニの様子もなにかおかしい。気の毒そうな、心配そうな表情でイワンを見ているし、スミレは……口を隠すのをやめて、苦笑していた。

「……どうなさったの」
「いや、ちょっとした事故というか……忘れてくれ」

イワンは片手を振って、それから深くため息をつく。

「アリッテル。すまなかった。これからは子どもと侮らないように……できるだけ、する」
「できるだけですの?」
「い、いや、する」
「……わかりましたわ」

ちらりと目だけでイワンを確認したアリッテルは、しぶしぶと頷く。オデットにも大丈夫ですわ、とこれにはやんわりと笑って、クマを抱く力をゆるめたようだ。

「……ともかく、はじめよう」

イワンは憂鬱そうに、そう始めた。
こうやって、慰労パーティーと、報告会が始まった。
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