最強令嬢の秘密結社

鹿音二号

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38:教室と出会い3

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「……ミズリィ様が心の広い御方だからといって、到底貴公の所業は許されないことだが?」

メルクリニが立ち上がりかけたのを、とっさにミズリィは押さえた。

「ミズリィ様」
「ここは公爵邸でも社交界でも、オラトリオでもないですわ。わたくしはただこちらに用事に来ただけですもの。たまたまお会いした方とお話しをしているだけですわ」
「ですが」
「わたくしは、不快には思っておりませんの」

メルクリニはやっと力を抜いた。

「それで、どんなことをわたくしに伝えたいのです?」
「――ありがとうございます」

深々と、床に肩から流れた髪がつきそうなほど、アートは頭を下げた。

「こちらでご覧になったことを、ずっと忘れずにいてください。この国は……最初の修道士、十修道士、初代皇帝や、その家族たちが志したものと今や大きく変わっています。傷ついた者たちが身を寄せ合って出来た集落は、富めるものと貧しきものが分かれて深い溝ができてしまった。将来、この国を統べる方の伴侶となられる方の、記憶に、この教室を残しておいてください。
そして同時に……この国以外にも目を向けてください。今は平和ですが、いずれ……」

はっと、アートは口をつぐんだ。
迷うように目を伏せて、

「いえ、いつ戦争や天変地異があるか、誰にもわからないことですから」
「……他国のしがない貴族が、帝国の公女様にずいぶんと偉そうな口をききますね」

スミレが、ぐっと声を低めて、目を吊り上げていた。

「そういう貴方こそ、ここに出入りしているのに、なにか先生を手伝っているんですか?子どもたちを眺めてるだけですか?自分の国を出てきているのに、他の国でその夢物語をお偉い方に語っているだけじゃないんですか」
「ええ、私は無力です」
「呆れました。どこかのきれいな教会の祭壇でそういう事は言ったほうが良いですよ、お金が貯まります」

びっくりして、ミズリィと、メルクリニはスミレを見ているしか出来なかった。
ほとんど初めて、こんなに怒っているスミレを見た。
迫力がすごい。小柄な少女とは思えない。

「そう、お金。お金がすべてです」

アートは、スミレの怒りを受けて、ミズリィたちのように驚いたりもしていない。冷静に……何か深く頷いている。

「いくらあってもいいのがお金ですが、あるところにはあって、ないところにはないのもお金です」
「……は?」

スミレがとうとう立ち上がって、ダン、と床を蹴る。

「さっきからふざけて、」
「お金よりも、まず美味しいものだな、って気づいたんです」
「はい?」

アートは立ち上がって、コートの裾を手で払う。

「子どもたちに食べやすいお菓子を用意して、できるだけたくさんこの教室で食べることができれば、ご飯を抜かれても次の日まで我慢できるでしょう」
「……それ、は」

言葉に詰まったスミレ。

(ご飯を抜かれる?)

ミズリィがメルクリニを振り返ると、彼女のうろたえたような目と合う。
スミレは床に視線を落とす。

「……ここで、お菓子をもらえることは大人たちも知っています。子どもしか通えないことになっていますが、お菓子を食べずに持って帰って家族にあげたり、お菓子を食べたからって食事をもらえない子もいるんです」
「あんな小さい子も……?」
「ええ、小さい子だからなおさらです。食べる量は大人より少ないですから」
「だから、食事を抜いても平気だと?」
「そんなわけありません。みんなひもじい思いをしています。けれど、それくらいしか、先生も出来ることはそれくらいだと」
「そんなことって……」
「家族全員生きたいなら、そうするしかないこともあるんです」

スミレは顔を歪めた。
泣きそうだ、と思ったら、ミズリィは彼女の肩に手を置いていた。

「そうね、見ているだけというのは……つらいわ」

ミズリィも、出来るなら、目の前の子たちにお腹いっぱい食べさせてあげたい。
出来るちからが、ミズリィにはある。
けれど、それは、スミレに外套を贈ろうとしたあの頃のミズリィと一緒だ。

「ミズリィ様……」

潤んだスミレの目がこちらを一度見て、それからぐっと唇を噛んだ。

「失礼しました、アートさん。八つ当たり、でした」
「いいえ、貴方もここにいらっしゃっていたなら……お気持ちは分かりますので」

アートはコクリと首を上下する。
うっすらと笑う彼の表情は、年齢よりもずっと落ち着いていた。

「けれど、公女殿下は本当にご立派です。今のお話の本質を理解していらっしゃる」
「本質、とは?」
「お金があっても権力があっても、出来ないことがあるということです」
「……あまりわかっていないと思いますわ。それに、以前のわたくしなら、今ごろ先生にたくさんの、それこそ食べきれないほどのお菓子を送っていたと思うわ」
「なるほど。そうですか」

ふふ、とアートはちょっとからかうように笑った。
彼はもう一度深く頭を下げた。

「公女殿下。本当に無礼を申し上げました。私は罰せられても文句は言えません。ですが、少しでも、この教室と覚えていてくだされば、そして、今の殿下のような柔軟なお考えで、将来もあらゆる物事を見ていてくだされば……」
「分かりましたわ。忘れません」

顔を上げたアートは、ほっとしたようだった。
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