僕の初恋を返せ

鹿音二号

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湯殿を出ると、ずらりとドリザンドの騎士たちが並んでいた。ヒルジットもいて、彼はいつにもまして神妙だった。

「レイリー様がお待ちです。お部屋までお供します」
「ご苦労」

グレオルは当たり前のように騎士たちに返答した。
デイルは、そういえば大事件のあとだった、と今になって思い出して、さっきの出来事を思い返していたたまれなかった。
やはり事件の対応でか、レイリーは離宮ではなく王宮の方に詰めていた。ぞろぞろと大人数で部屋まで行き。

「またしでかしたな、レオ」

部屋の机に座って、大きな影を背負っているレイリーがお待ちだった。
しでかし、という言葉にどきりとしたデイルだったが、グレオルは呑気に声を出して笑った。

「さすがレイだな」
「証言を組み合わせて、気づきました。貴方、自分を囮にしましたね」

レイリーの目が吊り上がり、美貌の圧で部屋が狭く感じる。

(あ、そっちか)

デイルも薄々気がついていた。
いきなり会場を飛び出したグレオルの奇行。従者も護衛も、王太子の行くところに絶対についていくはずなのに。それを見つからないよう、振り切る勢いで消えて、用もないはずの客室棟へ。
シャンデリアが落ちてくるとは思っていなかっただろうが、何か仕掛けてくるのを待っていたのだ。

「……デイル、今回もお手柄でした。本当に心から感謝を」
「いえ、たまたまでした」
「そのたまたまというのはどの程度数字として信用すれば……」

レイリーはふと苦笑して、圧をかけるのをやめた。

「現場を見て本当に肝を冷やしました。貴方方は見たところ怪我はなかったと報告はありましたが、衣服はボロボロで残されていましたし……怪我人も複数です。幸い、命に関わるものではないようですが」
「礼装用の分厚い生地と、マントのおかげだろうな、あれは」

グレオルはソファーに座った。

「俺はともかく、デイルが少し傷を作っている。手当てしてやってくれ」
「あ、薬をくだされば自分でしますので」

扉近くに控えていたベイディが慌てて部屋を出ていくが、そこまでではないのに。
ダーニャが、近寄ってきていた。いつのまに。
ドレスはやめて動きやすそうなワンピースに戻っていて、表情は無に近かった。

「……あたしが服を届けに行ったの。よかったね、あたしで」
「……!?」
「殴り込んでやろうかと思ったんだけど……」

うっすら笑って囁くダーニャに、冷や汗が止まらない。

「……ご、ごめん。ありがとう」

ぷい、とそっぽを向きつつ、腕をデイルに絡ませて離れる気はないようだ。

「この馬鹿のしでかしで、大きなご報告ができることを苦々しく思いますよ」

レイリーは本当に苦虫を噛み潰したような顔だった。

「例の元間諜が確保されました」
「おお!」

グレオルは喜んだ。デイルも驚いて目を見開いた。

「ああもう、その顔腹が立つな」

レイリーは舌打ちまでした。

「たまたまデイルが、お前を見つけて、奇跡的に助けてくれなかったら今頃お前は血まみれで、祝賀会が開戦のための議場になったぞ!」
「ああ……それは、そうだな」

グレオルは表情を改めて、頭を下げた。

「迷惑と心配をかけた。済まなかったレイリー、デイル、皆のもの」

面食らったのはレイリーで、一瞬黙って王太子の頭を見つめた。

「……今回限り、収穫は大きかったので、多少は、許しましょう。もう次はありません」
「ああ。もう二度としない」

真摯な目のグレオルは、いつもと違って見えた。どうとは言葉では言い表せないけれど。
レイリーは軽く息をつくと、書類を片手に立ち上がった。

「……まず、簡単な報告から始めましょう。デイルもダーニャも、座ってください」

まず、シャンデリアが落ちたことによる、祝賀会の中断。
これは老朽化による事故だということにして、グレオルが巻き込まれたことは知らせなかった。客人たちを安全に送っており、今は混乱もなく後片付けに入ろうとしている。
けが人は5人。やはり破片で切ったものが多く、侍従が1人重傷だが意識はあり、今は手当てを受けている最中だ。
そして、あの時叫んだグレオルの命令で、その声が届いた人間は全員一時拘束され、取り調べを受けた。
その中に、例の元間諜がいた。
侍従の格好をしており、どうやら日常的に城に潜り込んでいたのではないかということ。

「今は黙秘しています。そちらはおいおい調べるとして……」

レイリーは書類をめくった。

「シャンデリアが落ちたことで、設備の緊急点検をしています。予算を渋っていた財務もさすがに青くなっていまして、まあ、どんな報告が上がってくるか楽しみですね」
「レイリー、顔が笑っていないぞ」
「面白くはありませんからね。そして、落ちたシャンデリアは、どうやら支柱に細工がありました。タイミングを測って落とすには、人の手が必要でしょうから、例の男はあそこで見張っていた可能性があります」
「うーん見た覚えはないな」

グレオルは首をひねっている。レイリーは肩をすくめた。

「普通は隠れて細工するでしょう。……今のところもう1基、細工されたシャンデリアが発見されています。これは落ちた現場より南の行政棟側の廊下です」
「つまり……いくつか手を加えておいて、俺が通りかかったら落とすという偶発的な仕掛けか」
「そうなるかと。……今日この日というのは気に入りませんが、男が捕まったことは本当に良かったかもしれません」

一度失敗しても、また次があるという状態だ。
グレオルのこともだが、巻き込まれる怪我人がどれだけ増えるかわかったものではないだけに、ひやりとする。

「実際使えるのは1,2度でしょうが、もともとそういう罠をいくつか撒いて、使えそうなものを使うというようなやり方をしていましたしね」
「今日あの男が張っていた目的としては、ドリザンド使節団および王太子の王宮からの排除と、旧王侯派の結束……でしょうか」

デイルの言葉にレイリーは頷いたが、グレオルは疑問符を浮かべている。

「結束?どういうことだ」
「我々がお仲間を散り散りにしてしまったからです」

レイリーは紙を数枚、グレオルに渡す。

「悪質な派閥の貴族は処刑しましたし、貴族位剥奪にあちこち領地の没収や……まあ徹底したために、あちらはつなぎがまったくなくなったので」
「王宮で派手にやらかしてはい注目ー!このゆびとーまれ!って感じでしょうか」

ダーニャの軽い言葉に苦笑しながら、レイリーは首肯する。

「そうです。それで……」

レイリーはグレオルに説明を続けている。
ふと、デイルは自分のズボンのポケットに何か入っていることに気づいた。

「……ダーニャ、何度言ったら分かるの、報告は密書扱いじゃなくていいから暗号化しないでポケットに入れないで直接渡して」
「ええーなんかこう、隠さなきゃって気分になるんだもん」
「クセって治らないのは分かるけど……」

ポケットから取り出し、デイルは暗号化されたダーニャの報告を読んで……

「ダーニャ!早く言ってよ!」
「だってあんたお風呂でもご」
「わー!」

ダーニャの口を塞いで、デイルはちらりとグレオルを見た。彼も何となく察したらしく、目が泳いでいる。

「……どうしました、デイル」

レイリーは訝しげにしているだけで、あまり気づいていなさそうだ。良かった。

「いえ、ダーニャから今、重要なことを聞いたので」
「何ですか」

ダーニャは得意げに胸を張っている。それを横目で見ながら、デイルは笑みを浮かべた。

「最初の毒の入手経路が判明しました」

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