上 下
5 / 19

第五話 神託〜いっかいめ〜

しおりを挟む

聖女が王座の間で、一同に集まった貴族たちに、とても信じられないようなことを告げたのは、偽聖女事件から1週間経ったころだった。

「近々、リングエベルの森に魔物の異常発生が起こるという神託がくだりました」
「神託……!?」
「それほどまでの聖女であらせられるのか」
「いや、一度追放された身だ、気を引こうと必死なのかも……」
「しかし、イシス様だぞ」
「皆のもの、静まりなさい」

ベアフレートの声に、ぴたりとひそひそ話は終わった。

「イシスよ、神託なるものは一体どのようなものか詳しく教えてくれ」
「承知しました、陛下」

一礼して、イシスは説明し始める。

「神託とは、神からのお告げです。決まった運命や未来に起こりうる予言とも言えるでしょう。主に聖なる者としての格が高い司祭や修道士、聖女に起こることと文献にはあります。しかし、ごくまれであり、教会が把握しているかぎりではこの100年、神託はないということです」

「今回そなたが受けた、そういった魔物の大氾濫なども過去にはあったのか?」
「ございます。そして、どれも放置すれば国ひとつ滅ぶような大氾濫だったと」

またざわざわと騒ぐ臣下たちを国王は手を振り鎮めた。

「その他は?」
「吉兆もございます。聖女が生まれたというお告げや、教会を建てたところ疫病が消えた、貧困にあえぐ村に、お告げ通りの場所を掘ると熱い水が湧き出て、その湯に浸かれば病気が癒えると噂が広まり、今では栄えた街になったとか。逆に、今回のような不幸も告げられます。
街を吹き飛ばすような大嵐や、火山の噴火、地面が揺れて小国が壊滅した、などというものも」

「なるほど。では、お告げとはそなたにどのような形で行われたのだ?」
「夜、眠っている私に神は話しかけてくださった……のだと思います。声などは聞こえませんでした。ただ、頭の中に言葉が残って……起きたときにはっきりと、リングエベルの森の魔物が異常発生すると、分かりました」
「抽象的ではあるな。お姿が見えたりはしなかったのか」
「はい。過去のものすべて、とは言いませんが、文献に残っているお告げを受けた者たちと同じような現象です。ですから、私は確信しました」

実のところ、そんなに自信があるわけではない。
神からの直接のお言葉なんて信じられない。自分が真の聖女だからといって、ありえないと言いたい。
けれど、不思議な感覚だった。
言葉だけははっきりと頭に残っていて、信じきっている自分がいる。
そして、文献には同じように神託を受けた者たちが、この感覚に近いことを一生懸命言葉に直して書き残してくれていた。
それに、自信があるなしではなく、それが本当だった場合、この国の危機であるということのほうが重要だった。

(間違いだったら、私の失敗だけでいいわ。本当だったら、目も当てられない)

そしてこの神託を、国王はどう考えるかだ。

「近々と言うが、いつ頃それは起こるかは分かっているのか」
「いいえ、具体的な日数は……けれど、逼迫した事態だということはなんとなく、分かります」
「そうか。では、早急に討伐軍、及び防衛軍の編成を指示する」

ここで、控えていた貴族から一歩前に出る者が。

「発言のお許しを、陛下」
「許す」
「恐れながら。今一度聖女様の発言を教会へ照会するべきでは。お若い女性であり、妄想や空想を現実と思い込むことも多々ありますからな」

なにやら小馬鹿にしたような顔つきで、王の前に立つイシスを見てくるので、無視してやった。
国王はしたり顔だった。

「うむ。もう教会へは報告し、正式な回答を得ておる。神託は、聖女が受けたことといい、過去のことを鑑みても本物である可能性は高いという」

当たり前である。
こんな重要なこと、たった今思いついたようにお披露目をするわけがない。
イシスはお告げを受けてすぐさまベアフレートに相談したし、王太子から報告を受けた国王は寵臣と密談して、教会へはまっさきにこの奇跡の知らせを送った。
何を期待していたのか、小娘の空想、と決めつけていた貴族は顔色をなくした。

「な、なんと、先に仰ってくだされば……」
「うっかりしておった。なにせこの国に数々の貢献をしてくれた聖女イシスの誠意を疑うものなどいるとは思わなくてな」

訳:聖女と教会、それと真に受けた国王を馬鹿だと言ったな。
絶句し青くなった貴族は宰相のブラックリスト入だろう。

「国防に関わることだ、可能性がある以上備えずにはいられまい。魔物の大氾濫など起こらぬのなら、変わらずの平和を神に感謝すれば良いこと」

1週間後。討伐軍が森に着いて防衛線を築いた次の日に、突如魔物が群れをなして襲ってきた。
四方に配置した軍と、聖女イシス、それに教会から派遣された聖女ペトラの尽力により、森からほとんど魔物は溢れず。三日三晩討伐軍は剣をふるい、魔法を放ち、聖女らが祝福と浄化、治癒を駆使し、リングエベルの森は平定された。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

嘘はあなたから教わりました

菜花
ファンタジー
公爵令嬢オリガは王太子ネストルの婚約者だった。だがノンナという令嬢が現れてから全てが変わった。平気で嘘をつかれ、約束を破られ、オリガは恋心を失った。カクヨム様でも公開中。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

妹の妊娠と未来への絆

アソビのココロ
恋愛
「私のお腹の中にはフレディ様の赤ちゃんがいるんです!」 オードリー・グリーンスパン侯爵令嬢は、美貌の貴公子として知られる侯爵令息フレディ・ヴァンデグリフトと婚約寸前だった。しかしオードリーの妹ビヴァリーがフレディと一夜をともにし、妊娠してしまう。よくできた令嬢と評価されているオードリーの下した裁定とは?

処理中です...