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第二章
新たなる始まり
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季節は秋。だがまだまだ残暑は厳しく、日が照り付け、辺りを白く光らせて夏より暑いくらいだ。通りの石畳をジリジリと焼く日光に、店主の女将さんやアルバイトの子達が水を撒いている。軒先の窓という窓には洗濯物が風に揺れ、シーツがはためいている。その下を馬車や人が往来して、通りの樹の下で太陽から避難して昼寝を決め込んでいたりした。
「ハウエル。ちょっとこっちを頼む」と、店の中から声がかかり、やはり店先の地面に打ち水をしていた少年は「はい!」と元気よく返事をした。
ハウエル・ケント・レイストン。一五歳になる少年は、水桶と柄杓を抱えて店内に戻った。
「サンジェルド亭」と書かれた看板のこの店は飲食店で、昼下がりの今の時間帯は比較的に空いている。客はまばらで、この時間帯から酒を飲んでいる者はさすがにいないが、店内の奥の席で中年の男がこっくりと船を漕いでいた。ハウエルは男をちらりと確認してから厨房に入った。
厨房の中は火を使うので、熱気が瞬時に体にまとわりつく。厨房の中には、二十歳を少し過ぎた辺りの若い男が一人いた。
「おう。来たか。すまねえが、ちょいと買い出しに行って来てくれ。ユリアがまだ帰って来ない。必要なものはメモに書いておいた」
「ユリアさん、どうしたんですか?」とハウエルは不思議に思って聞いた。いつもならば、給仕でいる時間帯である。
「さあな。手紙を出しに行くとは言っていたんだが」
「そうですか。分かりました」
素直に頷いて、ハウエルはメモを受け取った。買い出しの途中でユリアに会えるかもしれない。そう思いながら店を出た。通りはレンガで出来た洒落た石畳で「イストーギリア通り」と呼ばれていた。馬車が緩やかに通り過ぎるのを待ち、道路を渡る。少し動いただけでも額に汗が滲み、手の甲で拭った。
幼い頃は、近場の小川で水浴びをして遊んだ。こんな暑い日には。愛しい幼馴染と二人で。故郷での大切な思い出だ。切なさにチクリと胸が痛んだが、努めて気にしないように、商店街へと向かった。
メモに書かれた品物を買い揃え、両腕に紙袋を抱えながらメモを確認していると、ポンと肩を軽く叩かれた。背後を振り返り「あ!」と声を上げる。緩く波打つ赤い髪を後ろで結い上げた女が立っていた。
「ユリアさん!」とハウエルは破顔する。
「やあ。ごめんねハウエル。私の代わりにお使い頼まれたんでしょ」
ユリアは申し訳なさそうに笑う。少し垂れ気味の優しそうな瞳は綺麗な青で、赤い髪と共に彼女によく似合っていた。
「良いんですよ。僕はアルバイトの身分なんですから。僕の仕事でもあります」とハウエルは元気に首を横に振った。厨房のヴァルは、ユリアは手紙を出しに行ったと言っていたのを思い出した。
「そう言えば、ヴァルさんが手紙を出しに行ったって……」
「ああ、そうそう。私の相棒にね」
「相棒ですか」
ハナって名前だよ、とユリアは意味ありげに笑った。良く分からなかったが、ハウエルは突っ込んでは聞かなかった。サンジェルド亭でアルバイトとして住み込みで働き始めて一月が経つ。いずれはここを去る身だ。深く親しみ過ぎてしまうのは良くない、とハウエルは考えていた。
「ハウエル。ちょっとこっちを頼む」と、店の中から声がかかり、やはり店先の地面に打ち水をしていた少年は「はい!」と元気よく返事をした。
ハウエル・ケント・レイストン。一五歳になる少年は、水桶と柄杓を抱えて店内に戻った。
「サンジェルド亭」と書かれた看板のこの店は飲食店で、昼下がりの今の時間帯は比較的に空いている。客はまばらで、この時間帯から酒を飲んでいる者はさすがにいないが、店内の奥の席で中年の男がこっくりと船を漕いでいた。ハウエルは男をちらりと確認してから厨房に入った。
厨房の中は火を使うので、熱気が瞬時に体にまとわりつく。厨房の中には、二十歳を少し過ぎた辺りの若い男が一人いた。
「おう。来たか。すまねえが、ちょいと買い出しに行って来てくれ。ユリアがまだ帰って来ない。必要なものはメモに書いておいた」
「ユリアさん、どうしたんですか?」とハウエルは不思議に思って聞いた。いつもならば、給仕でいる時間帯である。
「さあな。手紙を出しに行くとは言っていたんだが」
「そうですか。分かりました」
素直に頷いて、ハウエルはメモを受け取った。買い出しの途中でユリアに会えるかもしれない。そう思いながら店を出た。通りはレンガで出来た洒落た石畳で「イストーギリア通り」と呼ばれていた。馬車が緩やかに通り過ぎるのを待ち、道路を渡る。少し動いただけでも額に汗が滲み、手の甲で拭った。
幼い頃は、近場の小川で水浴びをして遊んだ。こんな暑い日には。愛しい幼馴染と二人で。故郷での大切な思い出だ。切なさにチクリと胸が痛んだが、努めて気にしないように、商店街へと向かった。
メモに書かれた品物を買い揃え、両腕に紙袋を抱えながらメモを確認していると、ポンと肩を軽く叩かれた。背後を振り返り「あ!」と声を上げる。緩く波打つ赤い髪を後ろで結い上げた女が立っていた。
「ユリアさん!」とハウエルは破顔する。
「やあ。ごめんねハウエル。私の代わりにお使い頼まれたんでしょ」
ユリアは申し訳なさそうに笑う。少し垂れ気味の優しそうな瞳は綺麗な青で、赤い髪と共に彼女によく似合っていた。
「良いんですよ。僕はアルバイトの身分なんですから。僕の仕事でもあります」とハウエルは元気に首を横に振った。厨房のヴァルは、ユリアは手紙を出しに行ったと言っていたのを思い出した。
「そう言えば、ヴァルさんが手紙を出しに行ったって……」
「ああ、そうそう。私の相棒にね」
「相棒ですか」
ハナって名前だよ、とユリアは意味ありげに笑った。良く分からなかったが、ハウエルは突っ込んでは聞かなかった。サンジェルド亭でアルバイトとして住み込みで働き始めて一月が経つ。いずれはここを去る身だ。深く親しみ過ぎてしまうのは良くない、とハウエルは考えていた。
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