そうだ。奴隷を買おう

霖空

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回漕された海藻1

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 その後、皮剥きをしたり、皿を洗ったり、ヤニックの料理を眺め、それを、時々手伝わせて貰ったり、と、暫く働いた。
 それから、一通りの仕事も終わったので、少しだけ調理器具を拝借して、部屋に戻る。

 調理場でやっても良かったのだが、ヤニックにあれこれ聞かれても面倒だしな。フェデルは回避不可能だが……まあ、一人でも減ってくれた方が楽である。
 それに、この世界には、小型のコンロのような物もあるらしい。科学は発展していないが、それ以外の……有り体に言えば魔法?が発達しているのだ。
 そのコンロらしき物は、魔法が使えるか否かに関係なく、魔力さえあれば、触れるだけで使えるらしい。

 実の所、調理場にあるコンロを小さくしただけで、構造的には同じらしいが、まだ、ヤニックの所で、火をつけた事は無いからな。
 かと言って、火をつけさせろ!とヤニックに押しかける訳にも行かないだろう。物事には順序というものがあるのだ。曲がりなりにも、師事を受けている?事に……なるのか?まあ少なくとも私はそう思っているから、あまり無茶な事を言うつもりは無い。

 それはそれとして、コンロ自体には知的好奇心がそそられるし、何より、同じ性能のものなら、小型の物の方が、技術的に高性能だろう。

 という訳で、現在小さな鍋に水を入れ、それなりの大きさにカットした昆布をつけてある。
 分量?全くもって分からないので目分量だ。

 思わぬ空き時間ができてしまったが、コーヒーを飲みながら、読書をする時間も時には必要だろう。ここ最近は忙しくて、本を読む時間も減ったしな。
 それでも空き時間を使って、常人よりは遥かに、読書している事はさておき。

「……ところでそれ、結局、何なんですか?」

 部屋についてから、此方をちらちら見ていたフェデルが、ついに口を開いた。ずっと説明してもらえるのを待っていたが、とうとう、我慢の限界を迎えたのだろう。声を掛けられなければ、このまま、有耶無耶にしようとしていたので、その決断は間違ってはいないのだが。
 此方としては、ずっと黙って突っ立っていて欲しかった。

 態と聞こえる様に、少し大げさに、ため息を吐く。少しでも申し訳なく思って、今後、疑問を口にするのを、躊躇すれば良いと思ってのことだが、あまり効果はないんだろうな……。

「あれは昆布だよ。かい……まあ、海に生える草?みたいなのを乾燥させて出来た代物だ。水につけた後、少し加熱すると、出汁が出る」
「ええと、それは前の世界?の食べ物の話ですよね……?」

 ふむ。つまり、前の世界の昆布と今目の前にある物が、同じとは限らない。と言いたいのだろう。実際、さっきまでの私も同じ事を言ったしな。
 百聞は一見に如かず。説明するより見えた方が早いだろう。
 私は、今まで読んでいた本のあるページを見せた。

「この本を読んでわかったが、あれが昆布である確率は極めて高い。と言うか、ほぼ断言してもいいだろう」

 この言葉に、フェデルはずいっと身を乗り出して、本を覗き込んだ。
 そこに記載されていたのは、アハシマの食文化。鍋の中に入っている黒い物体と、そっくりなイラストに、説明が書かれていた。内容を読むと、日本の昆布と全く同じ。名前まで同じである。

 ……そう言えば、野菜やら果物の名前も、同じ名称の物が多いよな。たまに、聞いた事も、見た事もない物体は見かけるが……。
 翻訳が、前の世界と近い物質に変換してくれているのだろうか?それにしたって、色も、味も、形も、何もかも同じ、と言うのは、可笑しくないだろうか?
 仮にここが地球とは全く違う世界だとして、全く同じ過程を得て、殆ど変わらない進化を遂げた、という事になるよな?
 そんなこと、有り得るのだろうか?
 たまたま1つの生物が似るくらいなら、そこまで不審がることでも無いかもしれない。しかし、量が異常だ。人為的な何かを感じざるを得ない。

 例えば、この世界か、元の世界、何方かが、何方かを真似て作った、とか。若しくは、元の世界のパラレルワールドがこの世界だ、とか。

 それならば、納得できるんだがな……。

「ええと、つまり、その本に載ってる、アハシマという国の昆布と、主様の知っている物がそっくりだ……という事ですか?」

 む、すっかり考え込んで、フェデルを放置してしまっていた。

 ……まあいいか。フェデルだし。

「そういう事だな」

 もっと言うと、他にも見たことあるような物がチラホラ見えるが、そこまで説明しなくてもいいだろう。
 こんな、大きいとも言えない、遠い地の本を読んでる奴が、クラスの中にいるとは思えないが、(現に私も今探して始めて読んだくらいだ)ホームシックになってる輩にとっては、喉から手が出る程欲しい情報ではないだろうか?
 いや、まだ、そこまで、日本食が恋しくなる程の時間は経ってないか。

「あ、分かりました!これをご飯としてお出しして、勇者様達に振る舞うんですね?!」
「いや、そんな事する訳ないじゃないか」
「え?」

 いや、え?はこちらのセリフである。何故、なんの利益もないのに、この珍しい食料品を分け与えなければならないのだ。
 そもそもあんな大人数に食わせたら、すぐに昆布が無くなるだろうが。

「い、いやでも、それって、勇者様方の故郷の味なんですよね?」
「まあ、確定はしてないし、個人差はあると思うが、少なくとも、懐かしくはあるんじゃないか?」
「そ、それに、我が国では、王の権力を持ってしても、アハシマの食品を集めるのは難しいと思いますが……」
「それで?」
「……」

 何かを言いたげなジトーっとした目で、見つめられてしまった。いや、ジト目をしたいのは、こちらである。
 本日二回目の溜息を吐いた。

「確かに同郷の者達ではあるが、それ以上でもそれ以下でもないよ。彼らは。何か公正な取引があるなら兎も角、なんのメリットもないのに、珍しい食品を、むざむざ溝に捨てるような真似はしない」
「溝……」

 心做しかドン引きされた気がする。
 そんなに仲が良くもない奴の胃袋の中に入るのだから、溝も同然だろう。最終的に排泄物になって出てくる訳だしな。

「……いや、一応、学友なんですよね?」
「仲のいい奴が居たら、分けたかもしれないが……ここに来てから、今まで私をつけていたお前なら分かるだろう?」
「つけて………………なるほど」

 ドン引きの表情から、哀れみの篭った視線に変化した。

 言い訳ではないのだが、去年は、いたのだ。それなりに仲のいい者達が。だが、今年は、彼女達の中で誰一人として同じクラスにならなかった。
 去年、仲の良い者が出来たのも、一人読書をしていた私に、話しかけてきた猛者がいたからだ。去年のあれは奇跡だった。そして奇跡は、そう何度も起こらないから、奇跡というのである。
 結果、私はずっと一人で読書をしているという、傍から見たら何とも憐れな存在になってしまった訳だ。まあ、私は別にそれでも構わないのだが、このクラスで異世界に飛ばされるとなったら、話は別だ。
 ぶっちゃけ、一人で来るより、怠い状況になっているのではなかろうか。さっさと帰りたい。帰れなくとも、取り敢えず、この集団、及び、フェデルから離れたい。

「それにだ。仮に提供するとしても、今だと早すぎる」
「どういう事です?」

 ぎゅっと、顔のパーツを中心部に集めている。見ていると、労いたくなるような表情だ。
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