そうだ。奴隷を買おう

霖空

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邂逅(病葉)2

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「えっと、ごめん。珈琲好きなのって、そんなに恥ずかしいことなの?」

 混乱から、復帰したらしいヤツカが、不思議そうな顔をする。流石、今まで出会った奴らの中でも、復帰が早い。

「だって似合わないでしょう?」
「うーん?」
「自分で言うのもなんですが、珈琲より紅茶の方が似合うと思いません?」
「あー。まあ、確かに?」

 納得させようと言ったことなのだが、納得されたらされたで、不愉快だな。
 ……あまり深く考えるのはやめておこう。精神衛生的に。

「そういう事です」

 せめてもの抵抗として、今ヤツカが考えているであろう、想像を妨害するように、声をかける。

「いや、イマイチ納得できないけど、そこはいいや。で、それが何で怒ってることに繋がる訳?」

 思惑通り、思考を進めてくれたようで、ほっと胸をなでおろす。

「怒っている、と言いますか、イライラしている、と言いますか、まあ、要するに、カフェイン依存、と言う奴です」
「カフェイン依存?」

 どうやら知らないらしい。まあ、そんな有名な話でもないからな。然し、字面から何となく意味は予測できるだろうに。うーん。面倒くさい。

「うーん。まあ、タバコみたいな物です。吸えないと、イライラしてくる、と言うような?」
「ああ、成程。薬物のカフェイン版か」

 ……こいつ。
 いや、別にいいんだが。

 ……前言撤回。態となら、殴りたいわ。

「まあ、そんなに酷くはないですけど」

 やんわりと、苦笑し、傷ついてますよアピールでもしておく。

「でもそれってヤバいんじゃね?」

 無視か。
 これも態とだろ。面倒くせえ奴。
 要は、こっちのこと突いて、何かしら吐かせようとしているのだろう。
 こっちの立場としては、失態の良い訳をしているだけだし、これ以上、掘り下げてもこっちの利益は少ないんだよな。
 別に暇だし、乗ってやってもいいのだが、どうせ、あちらにとって、利益になるような情報も手に入らんだろう。
 と言うか、理解する気のない奴に、永遠と説得しなきゃならんのが、面倒くさい。
 と言うことで逃げます。

「ええ、そうかもしれませんね。だから恥ずかしいのです」

 これ以上聞くな、と満面の笑みを添えてやる。流石に、堪えたのか、ぐ、と言葉を詰まらせた。

 この辺が良く分からない。私だったら確実に、空気を読まずに突撃している。

 まあ、そんなこと相手にされたら、一目散に逃げているだろうから、その、良く分からない所に救われているというか、感謝すべきと言うか、ちょっと詰めが甘いから、そこが面白くて、まだ、話していられるのだろうが。


「じゃあ、珈琲さえあれば、儀保さんは不機嫌ではなくなる、と?」

 相変わらず、気を持ち直すのが早い。

 と言うか、そこまで言わすほどか?そんなに不機嫌さが前面に出ているのか?いや、まあ、実際不機嫌だし、それを隠そうとはしてないのだが。
 そんな不機嫌野郎の機嫌を直させてまで、話したい、と思う心理も良く分からんな。私は嫌嫌だが、一応目的はある。だがあっちはないだろうに。もしかして暇なのか?

「ええ、まあ、そうですが、そんなことの為に、執事を呼ぶわけにもいきませんしねえ」
「それは大丈夫なんだけど、てか、ここって飲食禁止なんじゃないの?」
「あー。その辺は大丈夫みたいですよ」

 私的には、一つ前の大丈夫、の方が気になるのだが、まあ、そのうち分かるだろう。と、ヤツカの疑問を先に解消させてやることにする。

「図書館で飲食禁止なのは、本を汚さないようにする為。ですが、どうもここの本、何らかの……まあ、魔法なんでしょうけど、に保護されてて、傷はおろか、汚れ一つ付かないようになってるんですよ」
「へー。そうなんだ。流石異世界だなあ」

 言いながら、立ち上がり、徐に本を手に取ったかと思うと、ページを、引き、裂こうとした。が、何らかの力による抵抗を受けているらしく、本が破れることはない。

「ほんとだ」

 ……こいつ、私が嘘をついていたら、どうするつもりだったんだ。いや、まあ、そんな意味の分からん嘘はつかないけども。

「じゃあ、珈琲を用意させてもらうね」

 言いながら、持っていた本を机に置く。それから、何もない場所へ、手を伸ばした。
 かと思うと、手が、ある場所を境に、消え、現れた時には、珈琲を入れるための道具を持っていた。

 ほーん。成程。
 そういう能力持ちだった訳か。
 然し、珈琲セットを自在に出し入れできる職業って何なんだ?……給仕?
 何はともあれ、戦闘系の職業ではなさそうだ。フォルちゃんの望みが僅かばかし増えた、ってとこかね。それと暇そうなのも納得だわ。戦闘系の、使える職業持ってたら、今頃、修行三昧だろうからな。

 コンロっぽい物を取り出し、火をつける。その上に、小さな薬缶を……、つまり、湯を沸かしてるわけだな。
 と言うか、こいつ、珈琲入れられるのか?

 元から、入れられる……ようには見えないから、能力のお陰だったりするんだろうか?まさか、入れられるように、練習した、って訳ではあるまいだろうに。
 だったら、司書たる私にも何らかの恩恵があっても良いだろうに……。今まで本を読んだ中では、特に、速度が速くなった、とか、理解度が前より良くなってる、とかは感じられないな。

 どうやら、お湯が沸騰したらしい。
 用意してあった、粉に、お湯を注ぐ。こぽこぽ、という音とともに、珈琲の香りが漂ってきた。
 ふむ。良い香りだ。
 心が落ち着くというか、今までの苛々が、洗われていくような……。

 っていかんいかん。これでは本当に薬中か何かみたいではないか。
 実際それに近い物ではあるのだろうが、外見だけでも取り付くろえなくなったら、御仕舞いだろう。

 それにしても、入れる所作に迷いがない。これ、練習してたとしたら、結構な回数入れてるんじゃないか?自分で入れて、適当に飲んでるだけだから、偉そうなことは語れないのだが、私が入れているときとは、明らかに何かが違う。何と言うか、洗練された、って言葉がピッタリで……ああ。フェデルが入れてる時に、近いのか。
 なんだ?奴らがイケメンだから、そう感じるのか?

 ぼーっと見ていた私の視線が気になったのか、ヤツカがこちらを見て笑いかけてきた。
 こっち見んな。ただ、珈琲と真摯に向きあってろよ。

「なんか、雰囲気柔らかくなった?」

 そのお前の一言で、機嫌が急降下したことを自覚しろ。
 何度繰り返せば、気が済むのだろうか?あっちだって鈍感な訳ではない。その無駄な一言の所為で、さっきから、会話が上手く成り立っていないことを、ん?
 これ、もしかしたら、態とじゃないのかもしれないな。
 意識して、やってるわけではなく、条件反射的な物だとしたら。それなら、まあ、仕方がないだろうし、それに一々目くじら立てるのも、大人げないだろう。

 態となら、こちらも徹底的に、交戦させてもらうが。
 大人げなかろうが、子供っぽかろうが、関係ない。売られた喧嘩は買うだけだ。

 現状では、どっちかなのか、まだわからないのが、厄介なところだ。
 まあ、少し落ち着いたし、態とではない可能性が見えてきたから、適当にあしらうだけに、留めておこう。
 そう結論付けた結果、先程の発言は、無視させてもらう事にする。

 何となく話しづらくなったのか、その後は何も話しかけられなかった。
 それから、数秒後、コトリ、と目の前にカップが置かれた。フェデルが出してくるような、豪華なティーカップではなく、前の世界でよく見たような、親近感の沸くような形の奴だ。
 ま、元の世界の住人なら、確かにこっちの方が良いだろうな。私は飲めればどうでもいいが。

「あ」
「ん?何かあった?」

 カップに口を付けようとしたその瞬間、気になることができて、つい声を上げる。
 ヤツカは、まあ、私が不機嫌だからさっさと、珈琲を飲んでほしいのだろう。この期に及んでなんだ、と思っているに違いない。顔には出ていないけれども。
 そんなことはどうでもいい。
 気が付いたのが、口を付ける前でよかった。

「あの、入れてもらってなんですけど、量が、多いかなあ、と」

 これは、純粋に私のミスなので、素直に申し訳なさそうにしておく。
 多分、私が珈琲を好きだ、と言ったから、大きめのカップに入れてくれたのだろうが……。ウン。コンナニノメナイ。

「ん?あ、もしかして、猫舌?」

 いや、何故そう思う。素直に受け取れ。
 イケメンの癖に、気が利くのか、気が利かんのか、分からん奴だ。

「いえ、熱ければ熱いほど好きな質ですが」
「それはそれで極端だな……」

 ぼそりと言われた。素が出てるぞ。素が。

「ええと、単純にですね、嚥下力が低いと言いますか、一度に飲み込む量が少ないんです」
「ふうん、そんなことがあるのか」
「ですので飲むのに時間がかかりますし、その間に冷めてしまうので、手間ですが、何度か入れるのが良いのかな、と」

 って言うか、別に自分で入れてもいいし。
 言い方しくじったか……?まあいいか。入れてくれるなら、こっちが楽出来てラッキー、ってだけだし。


「そのカップ冷めないけどね」
「あ?」

 何?冷めないってどういうことだ?冷めにくい、と言うのとは違う……んだよな?え?これもしかして特殊なカップだったのか?
 ……魔法、的な?え?このカップが?

 じぃーーっと、カップを見てみるが、変わったところはない。てか、どういう仕組みなんだ?
 うんうんと考え込んでいると、つんつん、と肩を叩かれた。

「あの、所で、さっき、物凄いどすの聞いた声、出してませんでした?」

 少し怯えたようなヤツカの声に、ふと冷静になって、記憶を巻き戻す。
 うん。そうね。
 うん。

「え?気の所為ですよ」

 できうる限りの全能力を駆使して、満面の笑みを浮かべておいた。
 ま、そこ突っ込む勇気は中々でないだろう。まだ出会ったばかりだし。
 バレたらバレたで別に、こっちが話しやすくなるだけだし。……と言うことで反省はあまりしていない。

「ところで、冷めない、と言うのはどういうことなのでしょう?このカップの中の珈琲は、永遠に冷めないのでしょうか?仕組みは?もしかして魔法ですか?え?どこで入手したのでしょう?」
「あー、うん。うん」

 どうも情報量に混乱しているらしい、ヤツカは、気が付かない振り、をするか、先送りをすることに決めたのだろう。小さく首を振って、得意そうな笑みを浮かべた。

「そうそう。これは、魔道具、と言って魔法が込められているんだ。だから、永遠に温かさを維持してくれる。どこで入手したか、って聞かれると困るけど、まあ、俺の能力だね」

 最後の方は、わざとらしく、それこそ、歯がキラーンと輝きだしそうなどや顔を見せつけてきた。
 私は、それこそ何も考えずに、彼の両手を握る。
 その瞬間、僅かに顔が引き攣ったのを見逃さなかった。

 いや、何も考えずに、と言うのは語弊があるかもしれない。
 興奮して、彼の手を握ろうとしている私は確かにいた。ただ、それだけではなく、それを眺めている私も中にはいた訳で。そいつが、なんか面白そうだから、ゴー。とサインを出したから、結果的にこうなっているのだ。

 全てが計算ずくだった訳ではない。何度か適当に何となく行動したことも、思い付きで行動したこともあった。だから、運が良かったこともあるのだろう。
 考えうる限り、最良の結果が出ている。
 そんな気がした。
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