そうだ。奴隷を買おう

霖空

文字の大きさ
上 下
23 / 51

邂逅(病葉)2

しおりを挟む
「えっと、ごめん。珈琲好きなのって、そんなに恥ずかしいことなの?」

 混乱から、復帰したらしいヤツカが、不思議そうな顔をする。流石、今まで出会った奴らの中でも、復帰が早い。

「だって似合わないでしょう?」
「うーん?」
「自分で言うのもなんですが、珈琲より紅茶の方が似合うと思いません?」
「あー。まあ、確かに?」

 納得させようと言ったことなのだが、納得されたらされたで、不愉快だな。
 ……あまり深く考えるのはやめておこう。精神衛生的に。

「そういう事です」

 せめてもの抵抗として、今ヤツカが考えているであろう、想像を妨害するように、声をかける。

「いや、イマイチ納得できないけど、そこはいいや。で、それが何で怒ってることに繋がる訳?」

 思惑通り、思考を進めてくれたようで、ほっと胸をなでおろす。

「怒っている、と言いますか、イライラしている、と言いますか、まあ、要するに、カフェイン依存、と言う奴です」
「カフェイン依存?」

 どうやら知らないらしい。まあ、そんな有名な話でもないからな。然し、字面から何となく意味は予測できるだろうに。うーん。面倒くさい。

「うーん。まあ、タバコみたいな物です。吸えないと、イライラしてくる、と言うような?」
「ああ、成程。薬物のカフェイン版か」

 ……こいつ。
 いや、別にいいんだが。

 ……前言撤回。態となら、殴りたいわ。

「まあ、そんなに酷くはないですけど」

 やんわりと、苦笑し、傷ついてますよアピールでもしておく。

「でもそれってヤバいんじゃね?」

 無視か。
 これも態とだろ。面倒くせえ奴。
 要は、こっちのこと突いて、何かしら吐かせようとしているのだろう。
 こっちの立場としては、失態の良い訳をしているだけだし、これ以上、掘り下げてもこっちの利益は少ないんだよな。
 別に暇だし、乗ってやってもいいのだが、どうせ、あちらにとって、利益になるような情報も手に入らんだろう。
 と言うか、理解する気のない奴に、永遠と説得しなきゃならんのが、面倒くさい。
 と言うことで逃げます。

「ええ、そうかもしれませんね。だから恥ずかしいのです」

 これ以上聞くな、と満面の笑みを添えてやる。流石に、堪えたのか、ぐ、と言葉を詰まらせた。

 この辺が良く分からない。私だったら確実に、空気を読まずに突撃している。

 まあ、そんなこと相手にされたら、一目散に逃げているだろうから、その、良く分からない所に救われているというか、感謝すべきと言うか、ちょっと詰めが甘いから、そこが面白くて、まだ、話していられるのだろうが。


「じゃあ、珈琲さえあれば、儀保さんは不機嫌ではなくなる、と?」

 相変わらず、気を持ち直すのが早い。

 と言うか、そこまで言わすほどか?そんなに不機嫌さが前面に出ているのか?いや、まあ、実際不機嫌だし、それを隠そうとはしてないのだが。
 そんな不機嫌野郎の機嫌を直させてまで、話したい、と思う心理も良く分からんな。私は嫌嫌だが、一応目的はある。だがあっちはないだろうに。もしかして暇なのか?

「ええ、まあ、そうですが、そんなことの為に、執事を呼ぶわけにもいきませんしねえ」
「それは大丈夫なんだけど、てか、ここって飲食禁止なんじゃないの?」
「あー。その辺は大丈夫みたいですよ」

 私的には、一つ前の大丈夫、の方が気になるのだが、まあ、そのうち分かるだろう。と、ヤツカの疑問を先に解消させてやることにする。

「図書館で飲食禁止なのは、本を汚さないようにする為。ですが、どうもここの本、何らかの……まあ、魔法なんでしょうけど、に保護されてて、傷はおろか、汚れ一つ付かないようになってるんですよ」
「へー。そうなんだ。流石異世界だなあ」

 言いながら、立ち上がり、徐に本を手に取ったかと思うと、ページを、引き、裂こうとした。が、何らかの力による抵抗を受けているらしく、本が破れることはない。

「ほんとだ」

 ……こいつ、私が嘘をついていたら、どうするつもりだったんだ。いや、まあ、そんな意味の分からん嘘はつかないけども。

「じゃあ、珈琲を用意させてもらうね」

 言いながら、持っていた本を机に置く。それから、何もない場所へ、手を伸ばした。
 かと思うと、手が、ある場所を境に、消え、現れた時には、珈琲を入れるための道具を持っていた。

 ほーん。成程。
 そういう能力持ちだった訳か。
 然し、珈琲セットを自在に出し入れできる職業って何なんだ?……給仕?
 何はともあれ、戦闘系の職業ではなさそうだ。フォルちゃんの望みが僅かばかし増えた、ってとこかね。それと暇そうなのも納得だわ。戦闘系の、使える職業持ってたら、今頃、修行三昧だろうからな。

 コンロっぽい物を取り出し、火をつける。その上に、小さな薬缶を……、つまり、湯を沸かしてるわけだな。
 と言うか、こいつ、珈琲入れられるのか?

 元から、入れられる……ようには見えないから、能力のお陰だったりするんだろうか?まさか、入れられるように、練習した、って訳ではあるまいだろうに。
 だったら、司書たる私にも何らかの恩恵があっても良いだろうに……。今まで本を読んだ中では、特に、速度が速くなった、とか、理解度が前より良くなってる、とかは感じられないな。

 どうやら、お湯が沸騰したらしい。
 用意してあった、粉に、お湯を注ぐ。こぽこぽ、という音とともに、珈琲の香りが漂ってきた。
 ふむ。良い香りだ。
 心が落ち着くというか、今までの苛々が、洗われていくような……。

 っていかんいかん。これでは本当に薬中か何かみたいではないか。
 実際それに近い物ではあるのだろうが、外見だけでも取り付くろえなくなったら、御仕舞いだろう。

 それにしても、入れる所作に迷いがない。これ、練習してたとしたら、結構な回数入れてるんじゃないか?自分で入れて、適当に飲んでるだけだから、偉そうなことは語れないのだが、私が入れているときとは、明らかに何かが違う。何と言うか、洗練された、って言葉がピッタリで……ああ。フェデルが入れてる時に、近いのか。
 なんだ?奴らがイケメンだから、そう感じるのか?

 ぼーっと見ていた私の視線が気になったのか、ヤツカがこちらを見て笑いかけてきた。
 こっち見んな。ただ、珈琲と真摯に向きあってろよ。

「なんか、雰囲気柔らかくなった?」

 そのお前の一言で、機嫌が急降下したことを自覚しろ。
 何度繰り返せば、気が済むのだろうか?あっちだって鈍感な訳ではない。その無駄な一言の所為で、さっきから、会話が上手く成り立っていないことを、ん?
 これ、もしかしたら、態とじゃないのかもしれないな。
 意識して、やってるわけではなく、条件反射的な物だとしたら。それなら、まあ、仕方がないだろうし、それに一々目くじら立てるのも、大人げないだろう。

 態となら、こちらも徹底的に、交戦させてもらうが。
 大人げなかろうが、子供っぽかろうが、関係ない。売られた喧嘩は買うだけだ。

 現状では、どっちかなのか、まだわからないのが、厄介なところだ。
 まあ、少し落ち着いたし、態とではない可能性が見えてきたから、適当にあしらうだけに、留めておこう。
 そう結論付けた結果、先程の発言は、無視させてもらう事にする。

 何となく話しづらくなったのか、その後は何も話しかけられなかった。
 それから、数秒後、コトリ、と目の前にカップが置かれた。フェデルが出してくるような、豪華なティーカップではなく、前の世界でよく見たような、親近感の沸くような形の奴だ。
 ま、元の世界の住人なら、確かにこっちの方が良いだろうな。私は飲めればどうでもいいが。

「あ」
「ん?何かあった?」

 カップに口を付けようとしたその瞬間、気になることができて、つい声を上げる。
 ヤツカは、まあ、私が不機嫌だからさっさと、珈琲を飲んでほしいのだろう。この期に及んでなんだ、と思っているに違いない。顔には出ていないけれども。
 そんなことはどうでもいい。
 気が付いたのが、口を付ける前でよかった。

「あの、入れてもらってなんですけど、量が、多いかなあ、と」

 これは、純粋に私のミスなので、素直に申し訳なさそうにしておく。
 多分、私が珈琲を好きだ、と言ったから、大きめのカップに入れてくれたのだろうが……。ウン。コンナニノメナイ。

「ん?あ、もしかして、猫舌?」

 いや、何故そう思う。素直に受け取れ。
 イケメンの癖に、気が利くのか、気が利かんのか、分からん奴だ。

「いえ、熱ければ熱いほど好きな質ですが」
「それはそれで極端だな……」

 ぼそりと言われた。素が出てるぞ。素が。

「ええと、単純にですね、嚥下力が低いと言いますか、一度に飲み込む量が少ないんです」
「ふうん、そんなことがあるのか」
「ですので飲むのに時間がかかりますし、その間に冷めてしまうので、手間ですが、何度か入れるのが良いのかな、と」

 って言うか、別に自分で入れてもいいし。
 言い方しくじったか……?まあいいか。入れてくれるなら、こっちが楽出来てラッキー、ってだけだし。


「そのカップ冷めないけどね」
「あ?」

 何?冷めないってどういうことだ?冷めにくい、と言うのとは違う……んだよな?え?これもしかして特殊なカップだったのか?
 ……魔法、的な?え?このカップが?

 じぃーーっと、カップを見てみるが、変わったところはない。てか、どういう仕組みなんだ?
 うんうんと考え込んでいると、つんつん、と肩を叩かれた。

「あの、所で、さっき、物凄いどすの聞いた声、出してませんでした?」

 少し怯えたようなヤツカの声に、ふと冷静になって、記憶を巻き戻す。
 うん。そうね。
 うん。

「え?気の所為ですよ」

 できうる限りの全能力を駆使して、満面の笑みを浮かべておいた。
 ま、そこ突っ込む勇気は中々でないだろう。まだ出会ったばかりだし。
 バレたらバレたで別に、こっちが話しやすくなるだけだし。……と言うことで反省はあまりしていない。

「ところで、冷めない、と言うのはどういうことなのでしょう?このカップの中の珈琲は、永遠に冷めないのでしょうか?仕組みは?もしかして魔法ですか?え?どこで入手したのでしょう?」
「あー、うん。うん」

 どうも情報量に混乱しているらしい、ヤツカは、気が付かない振り、をするか、先送りをすることに決めたのだろう。小さく首を振って、得意そうな笑みを浮かべた。

「そうそう。これは、魔道具、と言って魔法が込められているんだ。だから、永遠に温かさを維持してくれる。どこで入手したか、って聞かれると困るけど、まあ、俺の能力だね」

 最後の方は、わざとらしく、それこそ、歯がキラーンと輝きだしそうなどや顔を見せつけてきた。
 私は、それこそ何も考えずに、彼の両手を握る。
 その瞬間、僅かに顔が引き攣ったのを見逃さなかった。

 いや、何も考えずに、と言うのは語弊があるかもしれない。
 興奮して、彼の手を握ろうとしている私は確かにいた。ただ、それだけではなく、それを眺めている私も中にはいた訳で。そいつが、なんか面白そうだから、ゴー。とサインを出したから、結果的にこうなっているのだ。

 全てが計算ずくだった訳ではない。何度か適当に何となく行動したことも、思い付きで行動したこともあった。だから、運が良かったこともあるのだろう。
 考えうる限り、最良の結果が出ている。
 そんな気がした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

超文明日本

点P
ファンタジー
2030年の日本は、憲法改正により国防軍を保有していた。海軍は艦名を漢字表記に変更し、正規空母、原子力潜水艦を保有した。空軍はステルス爆撃機を保有。さらにアメリカからの要求で核兵器も保有していた。世界で1、2を争うほどの軍事力を有する。 そんな日本はある日、列島全域が突如として謎の光に包まれる。光が消えると他国と連絡が取れなくなっていた。 異世界転移ネタなんて何番煎じかわかりませんがとりあえず書きます。この話はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~

トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。 旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。 この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。 こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処理中です...