そうだ。奴隷を買おう

霖空

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駆ける(賭ける)

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 ふと、思い立ったことがあり、立ち上がる。
 その物音で、フェデルはこちらをを向いた。

「どうかなさいましたか?」
「走りに行こうかと思って」
「……」

 あっけに取られた彼は、思わず声を出しそうになり……それを必死に飲み込む。ここで声を出さないあたり、成長しているようだ。
 然し今回に関して言うならば、そんなにおかしなことは言ってないと思うのだが……。

「何故そんなことを……?」

 然し反応は変わらないようだ。驚きすぎると、人は語彙力を失うのだろうか?
 あまり何度も驚いた経験がないから分からないな……。どちらかと言うと私は、驚かせる側の人間だし、驚かせられるのも好きではない。
 人を驚かせることは好きだし、今の彼の反応も、面白いから、私としてはよいのだが。

「何故……?体力が欲しいから、以外に理由があるのか?」
「いえ、まあ、それ以外に理由はあるとは思いますけど……。でも、確かに普通の理由ですね」

 反論はしたものの、私の言いたいことは伝わったのだろう。理解は示す。というか、反論をしたのも、彼が頭を冷やすための、時間稼ぎだったのかもしれない。
 意図的なのか、偶然なのか、不明だが、彼は冷静な思考を取り戻したらしく、難しい顔をしている。まだ納得出来ていないのだろう。まあ、あれだけの説明で納得できるほうがおかしい。……のだが、面倒くさい。
 混乱した頭で、適当に頷いてくれれば楽だったのに。
 彼が補足を求めているような顔を向けてくる。

 何故私がこんなことを言い出したのか。
 簡単な話だ。私の能力で体力があ上がる気がしなかったのだ。
 剣術、とか、魔法、なら、専門の書物があるのは、確認出来ている。ただ、体力値を上げる本って、どんな本なんだ?探せば、体力のつけ方が載った本はありそうだ。だが、それを持って、果たして体力が増えるのかどうか、と言う問題がある。

 例えば、魔法なら、そこに書かれている呪文が使えるようになるのだが、鍛え方の書いてある本は、鍛え方が書いてあるだけなのである。つまり、腹筋が正しく出来るようになる、と言う可能性もなくはない。それでは、本を持っていてもあまり意味はないだろう。戦闘中に腹筋が出来ても、大して役に立たなさそうだ。

 それだけではない。
 仮に、体力をつける方法で、体力がついたとしよう。
 確かに、戦闘をする上で、体力は必要になるだろう。しかし、必ずしもなくてはいけないか?と聞かれると、疑問である。
 と言うのも、本に触れていないと、私の能力は発動しない。しかし、体に本を括りつける、という荒業を行っても、触れられる量には限りがある。だから、その辺、取捨選択が必要になる。
 そんな中で、体力をあげる余裕(本が体に触れるリソース的な意味)があるのか?ないとは言わないが、剣術のような、直接的に戦闘に関わる様な技術よりは、優先順位が低い。だからこそ、鍛えておいて損はない……と思う。

 あとはまあ、唯一希望があるのが、体力なんだよなあ。運動音痴な私が幾ら、剣術を覚えようと、初歩の初歩で躓くのは目に見えている。然し不思議なことに、体力だけは人並みなんだよなあ。これが。
 恐らくだが、体力を鍛えるのに、才能は必要ないんじゃないだろうか?それか、運動神経とは別の才能が必要……とか。
 何にせよ、体力は努力でどうにかなりそうなので、頑張ろうと思ったわけである。

 と、ここまでが理由なのだが、すべてを彼に話すわけにはいかない。話せば、王国に筒抜けになってしまう可能性があるからだ。そうなると、戦力として数えられ、訓練や、戦闘に明け暮れる日々……なんて事になりかねない。それだけは阻止しなければ。

 そのために何か、それらしい理由をでっち上げなくてはならないのだが……。

「……筋肉が欲しかったんだ」
「それなら、走るより、筋トレをしたほうが、良いのではないでしょうか」

 冷静に返されてしまった……正論である。仕方ない。ほかの理由を考えるか。無論、先程の発言は撤回しない。嘘はついてないからな。筋肉をつけたい、と言うのも粉う事なき本音だ。

「勿論、それもやる。ただそれよりも、体力が欲しいんだ」
「何に使うんですか?」
「……料理」
「料理ですか?」

 フェデルは意外そうな顔をする。……そういえばこいつ、なよなよしていそうな割には、料理のとき、普通に動いてたよな。
 執事なんてやってるくらいだ。体力はあるのかもしれない。
 ……と言うかあるんだろう。今日の動きを見る限りは。

 弱そうにしか見えないんだけどなあ。うらやましい限りである。
 だからこそ、料理には意外と体力がいることに気がつかないのかもしれない。今日やったのは、皮むきだけだ、と言うのもあるだろう。
 いい、理由だと思ったんだが。

「そう。皮を剥いている間、ずっと立ってただろう?それだけじゃなく、料理では力仕事が多いんだ」
「……なるほど。主様、体力なさそうですからね」

 ……失礼だと、怒るべきなのか、何故分かったのか、と驚くべきなのか。どちらも実際に感じている本物の感情なのだが、どちらを出すべきか悩めるほどには、大きな感情ではない。
 そこまで大きな感情でないなら、出す必要もないだろう。と判断し、結局は何も言わなかった。代わりに、フェデルのほうを見る。

「と言うことで、行ってくる」
「では私もついていきます」

 ……ここでもついてくるのか。そうだろうと思ってはいたが、実際についてこられると、一縷の希望さえ、打ち砕かれ、絶望的な気持ちになる。
 嫌そうな顔を向けてみるも、効果はなし。それどころか、笑顔を返される始末だ。
 はあ、とわざとらしくため息をついてみたが、これも無意味だろう。私は彼の顔を確認もせずに、部屋を出てしまったから、実際のところは分からないが……。


 ♱


 あつい。苦しい。何なら痛い。わき腹の辺りが。超やめたい。やめたいけど、後ろに走ってる奴が、なんか、あの、あれ。
 ……後ろにいるのは、フェデルだ。走り始めた当初から、ピッタリとついてきている。
 後ろを見る余裕はない。と言うか余裕があったとしても、後ろなんて見れないだろう。見てたら、なんと言うか、怪しすぎる。いかにも警戒してますよ~といっているような物だ。
 ……いや、そうでもないのか?私が彼を警戒しているから、そう思ってしまうのかもしれない。

 持久走の時を思い出してみるといい。
 話したい場合にも、後ろを見るもんな。それに、追いつかれるか気になる時も、後ろを見るよな。
 まあ、今更そんなことに気づいた所で、もう後ろを向く体力さえ惜しい。つまり後ろを向く余裕などない!ってこれさっきも思ったな。大事なことなので二回……いや、大事なことじゃねえし。

 だから、私は後ろを向けないのだが、それでも気配でなんとなく、彼が涼しげな顔で走っているのが分かる。なにせ、聞こえてくる物音は一定で、リズムを刻んでいるようだ。それに、気配が、常に一定の距離から発せられている……様な気がする。

 フェデルも男だし、やはり体力はあるのだろう。それは分かっている。分かっているが、ここでやめるのも悔しいではないか。きっと彼は私がやめたところで、何も言わないだろう。表情も変えなさそうだ。それでも。
 心の中で、〝なんだ。こんなものか〟と思われそうで……。思われないかもしれないけど。
 実際に思われているかどうか、は問題じゃない。そんな風に見える、と私が思う事が問題なのだ。

 その所為で、足を止めることが出来ない。こんなにも疲れているのに。こんなにも苦しいのに。
 ……フェデルのほうから、休もう、と言い出してくれないかな。ないよな。だって、多分見た目だけでは私が疲れている、なんて分からないだろうから。これも意味の分からない、プライドの所為だ。これ以上、走れば、取り繕うことも難しくなるだろうけども、今はまだ、辛うじて、きつくないふりをしている。……はずだ。

 だから、自分からやめるしか選択肢はないのだが。なかなか、踏ん切りがつかない。
 せめて、きっかけがあればなあ。

 ……あ。人だ。それも、使用人っぽくない。……勇者、もとい、クラスメイトだろうか?
 この時間帯は、みんな訓練を終え、部屋で休んでいる者が多いらしい。では訓練をしない者はなにをしているか、というとそもそも外に出ないようだ。
 だから、クラスメイトとの遭遇率は低いはずだった。低い、と言うだけで、全く会わないと言うわけではない。現にこうして、遭遇しかけているのだから。
 だが今、方向転換をすれば、あちらに気付れずに済みそうだ。この時間帯に走ると言い出したのも、クラスメイト出会わないためである。
 この情報は、本来、散歩をするために得た物だったが、こんな所で役に立つとは思わなかった。

 そこまでして、クラスメイトを避けるのは、面倒くさいからだ。話すのは勿論、走っている姿を見られるなんて、もってのほかである。絶対に嫌だ。出来ることなら、冒険者になるまで、極力かかわりたくない。なってからも、無関係を貫き通したい。
 そう思っているからこそ、今この時も、〝逃げなくては〟と反射的に思えた。反射に脳が追いついた後も、その判断は変わらない。むしろ、これで走るのを終える、口実が出来て嬉しいとさえ思えた。

 乱れている呼吸を整える為に、多めに息を吐く。
 はあ。

「帰るぞ」

 吐いたお陰か、声を上ずらせずに言うことが出来た。

「分かりました」

 急な中断にも拘わらず、驚いた様子も見せずに彼はついてくる。
 これでは、言い訳が出来ないではないか。まあ、自分の心の中で出来ればそれで十分なのだが。
 出来ないよりは、出来たほうが良いに決まっている。然し自分から言い出すのも、なんか違うと思うので、言いはしないけども。

 無駄話をしなかったことが功を奏したのか、人影に気付かれることなく、その場を立ち去ることが出来た。
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