そうだ。奴隷を買おう

霖空

文字の大きさ
上 下
14 / 51

調理(超利)2

しおりを挟む
 結論から言うなれば、私は彼の願いを聞き入れた。私としては、これから物を教わると言うのに、タメ口なのはいかがなものか、と思っている。しかし、ヤニックが、そんなに畏まられても困る、と言い、フェデルが、それを後押ししたこともあり、敬語はやめることになった。

 まあ、確かに彼の気持ちは分からんでもないのだ。そもそもそれが嫌で、怯えるな、と言った私が、彼の申し出を断れる道理も無く……。

 それにしても、まさか願いが、こんなことだったとは、思いもよらなかった。まるで攻略対象を落とす際のヒロインの如く、清らかな願いではないか。……もしかして、私は彼に攻め落とされようとしているのか……?

 ふと、私が敬語をやめる、と言ったときの、彼の顔を思い出した。とはいっても、彼の目は隠れているから、判断材料は口元くらいしかないのだが。確かに喜ぶは、喜んでいたが、あれは距離が縮まった、と喜んでいるというよりは、蛙が蛇から逃げ切れて安堵した時の、喜びだった。警戒が抜け切れていないところとか、まさに、〝そのもの〟である。私の何が怖いのか不明だが、警戒心くらいは解いてほしい。

 結果的には、当初の思惑通り、いや、思っていた以上に、楽に、私の望むようになったのだが、解せぬ……。なんなんだこの気持ちは……。解せぬ……。

 などと考えていると、ジャガイモの皮むきが終わった。

「あ、出来たぞ」

 そう呟くと、ヤニックがちらり、とこちらに目を向けて、頷く。

 彼は彼で、他事をしていて、物音も煩いというのに、聞いていた、と言うことは、余程、こちらのことを気にかけていたのだろう。その事で、彼の邪魔になっているのではないか、と湧いて出た弱音を振り払う。
 大丈夫だ。私も料理好きのアマチュアには負けるものの、基本的には、何をやっても小器用にこなせる。それに母親の手伝いも……母親の帰りが遅いときは、ご飯も作っていたのだから、そこまで足手まといでは、ないはず……。

「じゃあ、フェデルさんのお手伝いを、よろしくお願いします」

 彼はそういって慌しそうに他事の続きを再開した。教えてもらう側がタメ口で、教える側が敬語なのは違和感しかないが、彼が頑として、譲らなかったのだから仕方が無い。もうどうでもいいや、とぶん投げることにした

 それよりも、フェデルだ。
 私が料理をする間、待たせておくのも悪いと思い、「部屋に戻っていていいぞ」と伝えると、笑顔でさらっと、「私も学びますから、結構です」と言ってのけたのである。
 追い返したくて仕方が無かったが、彼の心象を悪くしたくない、私に出来ることなど、限られている。「まあ、いいじゃないですか」と心なしか楽しそうな、ヤニックを尻目に、私は言いくるめられたのだった。

 今まで、料理のりの字も分からなかった男が、野菜の皮をむけるはずも無く。案の定、苦戦しているフェデルの手助けを、私がする羽目になった、というわけだ。

 彼は集中しているのか、近寄っても、気がつかない。
 私が、人参を持つと、流石に気がついたのか、申し訳なさそうな目線を向けてきた。

 するり、するり、と皮を剥いていく。ジャガイモに比べれば、かなり剥きやすかったので、思ったよりも早く出来上がる。それを、ボールの中に入れると、フェデルが、ばっとこちらを向いた。
 な、なんだ?

「そ、それ、どうやったらそんなに早く出来るんですか?!」

 彼は興奮気味にこちらに詰め寄る。包丁を持ったままなので、危ない。と言うか怖い。

 どうやっても何も、ただ普通に剥いただけだ。皮剥きのコツなんて知らない。何度もこなすうちに早くなる。そういうものだと思っている。
 ただ、「コツなんて無い」と言い切ってしまうのは、あまりにも可哀想なので、何かそれらしいことは言えないものか、と辺りを見回す。

 すると、人参の皮が見えた。それもただの人参の皮ではない。桂剥きでもしたかのような、薄く、螺旋状に剥かれた皮が捨ててあったのだ。

 何だこりゃ。
 よく見ると、彼の持っている人参も、びろーんと一繋ぎになった皮がぶら下がっていた。
 そりゃこれだけ丁寧な仕事をしていたら、時間も掛かるわ。とか、包丁触りたてでよく、ここまで細かい仕事が出来るな。とか、そういえば、ばりばりの初心者に最初にさせることが、皮剥きっておかしくない……?しかも何の説明もなしに……。まあこの様子を見るに、いきなり皮剥きでも、技術的には問題なかったんだろうけど……。とか、とにかく色んな思考が浮かび上がり、まとまらない思考を吐き出すように、息を吐いた。

「何故この剥き方をしようと思ったんだ?」

 私が飽きれた声を出すと、フェデルは不思議そうな顔をした。何が悪いのか、本当に分かってないのだろう。

「知り合いが、皮を剥いているのを見たことがあったので、その真似をしました」
「因みに何の皮」
「リンゴです」

 だ、そうだ。まあそれしか見たことが無いのなら、仕方が無いのかもしれない。寧ろ、見ただけで、リンゴの皮むきの如く、きれいな桂剥きが出来るとは……。これで、私より早く終わっていたら、私は形無しである。

「とりあえず、その剥き方はやめよう」
「……?はい」

 フェデルは不思議そうな顔をしながらも、素直に頷く。
 私はそんな彼に、こちらを見るように伝える。

「こうして、上と下を切り落とした後は、ヘタの部分から下に向かって、皮を剥いていく。それができたら、次は隣だ」

 ちらり、とフェデルのほうを見ると、彼は真剣な面持ちで、私の手の中の人参を見ていた。

「この時に、無理して皮を繫げようとしなくて良い」

 態と、皮を薄く剥いていき、ぶちっと千切る。フェデルは残念そうな顔をしているが、そんな気持ちがあるから、作業に時間が掛かるのだろう。

「そもそも、これは食べるために皮を剥いてるのであって、大会に出る……とかテストがある……って訳じゃないんだから、皮が無けりゃいいんだよ。無けりゃ。確かに、皮が薄いほうが、食材が無駄にならないかもしれないけどさ、それで遅くなってたら元も子もない。だから、皮が分厚くなっても、途切れ途切れになっても、早ければいいんだ」
「……なるほど」

 欲しかった物とは、違う方向のアドバイスだったのだろう。少し不服そうな顔をしている。
 まあ、さっき私が言ったことなんて、幾ら、彼が料理を見たことが無いとは言え、思いつかないはずも無い。優秀な彼なら、なおさら。
 それでもやらなかった、と言うことは、彼は完璧にこなすことに、重きを置いていたのだろう。その気持ちは分からないではない。私だって完璧に出来ることなら、やりたい。そういった気持ちに区切りをつけることは、いいことなのか、悪いことなのか。分からないけれど、今この時においては、区切りを付けてもらわないと困る。

 なんて。態々言わない。言わなくても、分かるだろうから。
 やらなくてはならない。それは分かっているけど、やりたくない。そんな時にやれ、と言われると、余計にやりたくなくなる。そういうものだろう。
 もしかしたら、その言葉に後押しされて……、やる気が沸く人種もいるのかもしれないけど。私は、とてもやる気をなくすタイプである。だから、言わない。

 私が何か言わなくても、自分でけりを付けたのだろう、フェデルはふう、と息を吐くと人参を掴んだ。
 私も作業を再開する。

 彼のほうを見てみると、やはり、作業効率は上がったようで、私と同じくらいの速さで皮を剥いている。……早いな。器用な奴め……。
 私の弟とは正反対だ。あいつはただ、胡瓜を輪切りにするだけなのに、手を切っていたからなあ。それだけでなく、いろんな場面で不器用さを発揮していた訳だが。
 この器用さを少し分けて欲しいくらいだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

超文明日本

点P
ファンタジー
2030年の日本は、憲法改正により国防軍を保有していた。海軍は艦名を漢字表記に変更し、正規空母、原子力潜水艦を保有した。空軍はステルス爆撃機を保有。さらにアメリカからの要求で核兵器も保有していた。世界で1、2を争うほどの軍事力を有する。 そんな日本はある日、列島全域が突如として謎の光に包まれる。光が消えると他国と連絡が取れなくなっていた。 異世界転移ネタなんて何番煎じかわかりませんがとりあえず書きます。この話はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~

トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。 旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。 この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。 こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処理中です...