そうだ。奴隷を買おう

霖空

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調理(超利)2

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 結論から言うなれば、私は彼の願いを聞き入れた。私としては、これから物を教わると言うのに、タメ口なのはいかがなものか、と思っている。しかし、ヤニックが、そんなに畏まられても困る、と言い、フェデルが、それを後押ししたこともあり、敬語はやめることになった。

 まあ、確かに彼の気持ちは分からんでもないのだ。そもそもそれが嫌で、怯えるな、と言った私が、彼の申し出を断れる道理も無く……。

 それにしても、まさか願いが、こんなことだったとは、思いもよらなかった。まるで攻略対象を落とす際のヒロインの如く、清らかな願いではないか。……もしかして、私は彼に攻め落とされようとしているのか……?

 ふと、私が敬語をやめる、と言ったときの、彼の顔を思い出した。とはいっても、彼の目は隠れているから、判断材料は口元くらいしかないのだが。確かに喜ぶは、喜んでいたが、あれは距離が縮まった、と喜んでいるというよりは、蛙が蛇から逃げ切れて安堵した時の、喜びだった。警戒が抜け切れていないところとか、まさに、〝そのもの〟である。私の何が怖いのか不明だが、警戒心くらいは解いてほしい。

 結果的には、当初の思惑通り、いや、思っていた以上に、楽に、私の望むようになったのだが、解せぬ……。なんなんだこの気持ちは……。解せぬ……。

 などと考えていると、ジャガイモの皮むきが終わった。

「あ、出来たぞ」

 そう呟くと、ヤニックがちらり、とこちらに目を向けて、頷く。

 彼は彼で、他事をしていて、物音も煩いというのに、聞いていた、と言うことは、余程、こちらのことを気にかけていたのだろう。その事で、彼の邪魔になっているのではないか、と湧いて出た弱音を振り払う。
 大丈夫だ。私も料理好きのアマチュアには負けるものの、基本的には、何をやっても小器用にこなせる。それに母親の手伝いも……母親の帰りが遅いときは、ご飯も作っていたのだから、そこまで足手まといでは、ないはず……。

「じゃあ、フェデルさんのお手伝いを、よろしくお願いします」

 彼はそういって慌しそうに他事の続きを再開した。教えてもらう側がタメ口で、教える側が敬語なのは違和感しかないが、彼が頑として、譲らなかったのだから仕方が無い。もうどうでもいいや、とぶん投げることにした

 それよりも、フェデルだ。
 私が料理をする間、待たせておくのも悪いと思い、「部屋に戻っていていいぞ」と伝えると、笑顔でさらっと、「私も学びますから、結構です」と言ってのけたのである。
 追い返したくて仕方が無かったが、彼の心象を悪くしたくない、私に出来ることなど、限られている。「まあ、いいじゃないですか」と心なしか楽しそうな、ヤニックを尻目に、私は言いくるめられたのだった。

 今まで、料理のりの字も分からなかった男が、野菜の皮をむけるはずも無く。案の定、苦戦しているフェデルの手助けを、私がする羽目になった、というわけだ。

 彼は集中しているのか、近寄っても、気がつかない。
 私が、人参を持つと、流石に気がついたのか、申し訳なさそうな目線を向けてきた。

 するり、するり、と皮を剥いていく。ジャガイモに比べれば、かなり剥きやすかったので、思ったよりも早く出来上がる。それを、ボールの中に入れると、フェデルが、ばっとこちらを向いた。
 な、なんだ?

「そ、それ、どうやったらそんなに早く出来るんですか?!」

 彼は興奮気味にこちらに詰め寄る。包丁を持ったままなので、危ない。と言うか怖い。

 どうやっても何も、ただ普通に剥いただけだ。皮剥きのコツなんて知らない。何度もこなすうちに早くなる。そういうものだと思っている。
 ただ、「コツなんて無い」と言い切ってしまうのは、あまりにも可哀想なので、何かそれらしいことは言えないものか、と辺りを見回す。

 すると、人参の皮が見えた。それもただの人参の皮ではない。桂剥きでもしたかのような、薄く、螺旋状に剥かれた皮が捨ててあったのだ。

 何だこりゃ。
 よく見ると、彼の持っている人参も、びろーんと一繋ぎになった皮がぶら下がっていた。
 そりゃこれだけ丁寧な仕事をしていたら、時間も掛かるわ。とか、包丁触りたてでよく、ここまで細かい仕事が出来るな。とか、そういえば、ばりばりの初心者に最初にさせることが、皮剥きっておかしくない……?しかも何の説明もなしに……。まあこの様子を見るに、いきなり皮剥きでも、技術的には問題なかったんだろうけど……。とか、とにかく色んな思考が浮かび上がり、まとまらない思考を吐き出すように、息を吐いた。

「何故この剥き方をしようと思ったんだ?」

 私が飽きれた声を出すと、フェデルは不思議そうな顔をした。何が悪いのか、本当に分かってないのだろう。

「知り合いが、皮を剥いているのを見たことがあったので、その真似をしました」
「因みに何の皮」
「リンゴです」

 だ、そうだ。まあそれしか見たことが無いのなら、仕方が無いのかもしれない。寧ろ、見ただけで、リンゴの皮むきの如く、きれいな桂剥きが出来るとは……。これで、私より早く終わっていたら、私は形無しである。

「とりあえず、その剥き方はやめよう」
「……?はい」

 フェデルは不思議そうな顔をしながらも、素直に頷く。
 私はそんな彼に、こちらを見るように伝える。

「こうして、上と下を切り落とした後は、ヘタの部分から下に向かって、皮を剥いていく。それができたら、次は隣だ」

 ちらり、とフェデルのほうを見ると、彼は真剣な面持ちで、私の手の中の人参を見ていた。

「この時に、無理して皮を繫げようとしなくて良い」

 態と、皮を薄く剥いていき、ぶちっと千切る。フェデルは残念そうな顔をしているが、そんな気持ちがあるから、作業に時間が掛かるのだろう。

「そもそも、これは食べるために皮を剥いてるのであって、大会に出る……とかテストがある……って訳じゃないんだから、皮が無けりゃいいんだよ。無けりゃ。確かに、皮が薄いほうが、食材が無駄にならないかもしれないけどさ、それで遅くなってたら元も子もない。だから、皮が分厚くなっても、途切れ途切れになっても、早ければいいんだ」
「……なるほど」

 欲しかった物とは、違う方向のアドバイスだったのだろう。少し不服そうな顔をしている。
 まあ、さっき私が言ったことなんて、幾ら、彼が料理を見たことが無いとは言え、思いつかないはずも無い。優秀な彼なら、なおさら。
 それでもやらなかった、と言うことは、彼は完璧にこなすことに、重きを置いていたのだろう。その気持ちは分からないではない。私だって完璧に出来ることなら、やりたい。そういった気持ちに区切りをつけることは、いいことなのか、悪いことなのか。分からないけれど、今この時においては、区切りを付けてもらわないと困る。

 なんて。態々言わない。言わなくても、分かるだろうから。
 やらなくてはならない。それは分かっているけど、やりたくない。そんな時にやれ、と言われると、余計にやりたくなくなる。そういうものだろう。
 もしかしたら、その言葉に後押しされて……、やる気が沸く人種もいるのかもしれないけど。私は、とてもやる気をなくすタイプである。だから、言わない。

 私が何か言わなくても、自分でけりを付けたのだろう、フェデルはふう、と息を吐くと人参を掴んだ。
 私も作業を再開する。

 彼のほうを見てみると、やはり、作業効率は上がったようで、私と同じくらいの速さで皮を剥いている。……早いな。器用な奴め……。
 私の弟とは正反対だ。あいつはただ、胡瓜を輪切りにするだけなのに、手を切っていたからなあ。それだけでなく、いろんな場面で不器用さを発揮していた訳だが。
 この器用さを少し分けて欲しいくらいだ。
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