そうだ。奴隷を買おう

霖空

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  の在処(食うは苦の有りか)2

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 久々に見た外の景色は、なんてことは無い。ごくごく普通のものだった。

 ただ、ここ、無駄に広いなあ。
 別にいいんだけど。
 その方が目的の場所が見つかる可能性が高いし、好都合、とも言える。

 近くに森が見える。あの森、見た感じはかなり良さそう。なんか陰湿な雰囲気が漂っているけども、だからこそ、人は集まらないだろうし。実際、多分誰もいない……はず。

 しかしそれも当然の話で、そもそもあの森は選択肢に初めから入っていない。
 来たばかりの時に何度も注意をされた。

「あの森には魔物がいる」

 と。まあつまりこの世界に来たばかりの我々が安易に近づくな。とそういう事だ。

 こんな城の近くになんで魔物が溢れている森があるのかは謎だが。

 安全面では特に問題は無いらしい。
 森の周りには結界が張られていて、あの森で発生する程度の魔物ならこちら側に来れないんだとか。

 恐らく、兵士たちの実践訓練のために放置されているのではないか?と思う。
 窓から外を眺めているとたまに、兵士らしきものが森の中に入っていくのが見えるし、こんな近場に魔物を倒す練習のできる場所があるのは好都合だろう。
 話によると、あの森にはかなり弱い魔物しか現れないらしいし。

 なんともご都合主義に思えるが、実際そうなんだから仕方がない。

 多分、だけどやろうと思えば魔物たちを一掃し、森を焼くことも出来るはずだ。し、しててもおかしくない。なんせ城の近くだから。
 それでもやらない、ってことは残されてる理由がある、ってことだよね。きっと。
 まあただの推測だけど。

 ……と、そんなことはどうでもいいのだ。
 まだ死にたくない私はあの森で魔法をぶっぱなす、ことは出来ない。つまりあの森はなし。


 正面には運動場みたいなのがある。
 あれは……、ああ、騎士団が使うやつだな。真ん中の方では剣術の使える奴らが剣術の練習をしている……ああ、羨ましいことだ。

 慌てて目を逸らした。
 あんなの見てても良いことなんてないだろう。
 逸らした先にいたのは、数人の生徒たちが運動場の周りをくるくる回っていた。

 あれは……、ああ、スキルを持ってない奴らだな。まあ私もそうなのだが。
 彼らはきっとものすごく気合いがあって精神力も強いのだろう。これまた羨ましい限りだ。
 いや、羨ましい、とは違うか。

 私は……運動能力が、皆無に等しい。運動能力のうの時もない。とんでもなく運動が苦手だ。
 徒競走なんかはもうダントツにクラスでドベ。といえば分かるだろうか?

 中学なんか、リレーの練習の時、応援団長にお前本気で走れよ、と怒られたという逸話まである。
 逸話かどうかは知らないが、私は本気で走っていた。それ以来運動能力のある奴は嫌いである。

 だから…………なんて言うのは言い訳か。
 きっとああいう訓練に運動能力は関係ない。ただ、私には無理だった。どうしても頑張る気になれなかった。

 それだけの話だ。

 正直、剣術を学んでいる彼らを見ているよりも、一心不乱に走っている彼らを見ている方が、辛い。
 だから、私はやっぱり、目を背ける。
 自分の弱さから。

 ……逃げてばかりだ。



 まあどっちにしろ、あんなに沢山の人がいる前では魔術なんて使えまい。
 そんな言い訳をして、彼らに背を向けた。


 ♱


 ない。
 いい場所がない。

 騎士の練習場みたいな所を覗いて見たけれど、案の定騎士たちがわらわらいて使えるはずもなく、声をかけられそうになり、慌てて逃げてきた。

 あ、そういえば
 城の後ろ側、ってどうなってるんだろう?

 学校の裏側は、凄い暗ーい感じで、雑草がぼうぼう、オマケに生き物の墓とかがあった記憶がある。私は何気にその場所が好きだった。
 友人は怖い、と言っていたけれど。

 城も同じ感じなら、いけるかもしれない。


 無駄に大きな城をぐるりとまわり、反対側に向かう。

 そこは……。



 ビンゴ!
 やっぱり人気がない。まあ学校の時よりは陰湿な感じはないけど。
 何せ、花壇やら畑やらがあるし。

 ここなら、大丈夫……、か?
 一応キョロキョロと辺りを見回してみる。よし。誰もいないね。
 それから城の部分も……窓も隈無くチェック。どこかで誰かが見下ろしてる……なんてこともなかった。

 よし。じゃあ……。
 なんの魔術を使おうか?

 持ってきた本を開きペラペラとページを捲る。

 火……はやばいよな。燃えるし。水……だと、ウォーターカッター?は危ない。なし。雷……?論外。氷……?は水がないし……。風……?もカッターだな。カッター好きかよ。多すぎでは?なしなし。木……は良さそう。それか、土かな……?

 植物を育てるくらいならまあなんともないだろう。ああ、でもそのあとの処理が困るか、じゃあ、土属性。うん。これなら行けそう。
 えーと、

「全てを統べる大いなる女神様
 どうか我々に力をお貸しください
 我が前に土の守りを」

 そう、唱えると、地面が光り、にょきにょきと土の壁が現れた。

「おお……」
 これは?成功、だよな……?
 成功だよな?

 なんだか、謎の力が抜けていくような、感覚がある。これが魔力が無くなる、ってこと?なのだろうか?

 試しに心の中で戻れ!と思ってみると、土の壁は崩れ去った。力が抜けていく感覚も無くなっている。

 おお……!凄いな、これ。
 ええと、つまり、この能力、魔法も使えるのか。今までどれだけ魔法を唱えても何も出てこなかったのは、やり方が違ったから……?なのかもしれない。

 でもこれ、ここまで来ると、どこまで出来るのかが謎である。
 当面はその実験と、あとは本探しが必要……か。その後のことは、まだ、何も考えてないけど。
 ここに居続けることは無いと思う。何もしずにずっとここにいる、なんて無駄なことはしたくない。

 自分の力で生きられるなら、それにこしたことは無いのだから……。


 ♱


「それで?昨日は何をなさっていたのですか?」
 満面の笑みでこちらににじり寄る執事。怒っているから笑みを深めているのか、はたまた話しかけるきっかけを得られて喜んでいるのかは不明だ。たぶん両方なのだろうけど。

 まあ……確かに。
 昨日は魔法に興奮しすぎてあそこに長居してしまった。結局、火属性魔法以外はすべて試してしまったわけだし。怒られても仕方がない、とは思う。

 しかし、しかしだ。
 今まで魔法が使えないと諦めきっていた私に、魔法が使えたんだぞ?あの、魔法が。
 そりゃあ、興奮して魔法ぶっ放しても仕方がないだろう。私は悪くない。悪いのは落として、あげてきた、この世界だ。

 心の中でそんな言い訳をしながら、

「なんでもないわ。ただ散歩をしていただけよ」
 そういって微笑んだ。

 すると、納得していなさそうな顔ではあったが、すごすごと彼は引き下がった。
 まあ、何の力も持っていない私が、何かを仕出かした、とは思っていないのだろう。少し長い散歩だった、と言われれば、そうだと納得するしかない。実際何かをしたわけじゃないし。

 彼は、私を監視しているのかもしれない。

 物語ではよくある話だ。
 強大な力を持っている勇者は、王国に監視される。その力を利用する為。もしくはその力を危険視しているから。
 まあ、どうだっていいんだが。

 例え監視役を兼ねていたとしても、特に私に危険度はない、と判断したのだろう。日頃の行いのお陰だ。

 ……と、今まで考えもしなかったけれど、この能力、王国側にバレたら面倒なことになるのでは……?

 どこまでできるかはまだ把握できてないけれど、例えばそれこそ〝なんでもできる〟能力だったら……?

 力があるのはそりゃ嬉しい。
 とてつもなく嬉しい。
 でもそれがバレてしまえば、きっと私なんて簡単に利用されてしまう。

 ふと、召喚された日のことを思い出す。確か、教会の奴らは私たちを奴隷にしようとしていた。
 つまり、そういうことなのだろう。
 それを指摘した王女様は悪い人には見えなかった。けれど、本当にいい人かどうかなんて分からない。あれが勇者たちの心象を良くするための自作自演だったら?

 ぶるり、と体を震わせる。
 この能力については誰にも言わないようにしなくては。
 幸いなことにまだ誰にも気づかれていない……はず。少なくとも口頭では伝えてない。

 残念なことにこの世界には、私の友達は……いない。いたら真っ先に伝えていただろうから、まあ居なくて良かった、と思わなくは無いのだが。
 寂しくない、と言ったら嘘になるだろう。けれど、こんなことは慣れている。帰りたいかと聞かれたら帰りたいが、熱烈に帰りたいかと聞かれたらそんなことは無い。

 ここに来た時に、帰るのは無理だ、と、言われて、何となく納得してしまった私がいた。
 無理だと言うのだから、きっと無理なのだろうな、と。
 手段を編み出してやる、とか。探し出してやる、とかそんなことは全く思わなかったのだ。

 あちらの世界に置いてきた家族や友達のことは確かに気にかかるし、不安だ。
 でも彼らならきっと私がいなくても、普通に……とはいかなくても、そこそこには暮らして行けるんじゃないかな。人というのはそういうものだ。

 いなくなってしまった者のことは、いつかは忘れる。忘れない方が可笑しい。
 忘れられてしまうのは寂しいが、それもやはり、仕方の無いことなのだ。

 あるか分からないものに縋るよりは、目の前のことを精一杯こなしたい。
 なんていうのもやっぱり言い訳なんだろうけど。

 ぶっちゃけた話、この能力が判明して、男に変化した経験をした私にとっては、生まれ故郷のことなんてどうでも良くなっていたのだ。
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