幻想の話

霖空

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それから

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 ふ、と目を覚ます。
 目の前に広がるのは薄汚い見慣れた天井だ。
 少し動くだけでギシギシと音を立てるベッド。私が倒れていたのに気付いて、ここまで運んでくれたのだろうか?
 いや、どうやって?
 子供たちの力ではそんなことは不可能だろう。誰かに頼んだのだろうか?
 ああ、それならあとからお礼に行かないといけないな……。

 よっこいしょ、と体を起こすと、抱き着かれた。
 誰だ?顔が見えない。
 程なくして、ふえーんと泣く声も聞こえてきた。
 この声は……シーナか。

 よくよく考えてみれば、見える後頭部には長い髪の毛が生えていることから性別が、体の大きさから年長組だということが分かる。
 そっと、彼女の髪に触れ、そのまま撫でる。
 シーナは埋めていた頭を上げ、こちらを見る。

「じんばいじだんだがらぁ……」
 倒れていた私に驚いたらしい。もしかして目が覚めるまでずっと付き添っていてくれたのだろうか?だとしたら申し訳ない。
 少し怒ったような顔をする彼女ににっこりと笑いかける。
「ありがとうございます。でも何も問題はありませんよ」
 シーナは涙をぬぐい、私の顔をまじまじと見つめた。
「本当に?どこか変な所とかない?」
「ええ、大丈夫ですよ」
 腕を動かしてみるが、少し動かしにくくはあるが、痛くもなんともない。

 シーナはホッと息を吐くと立ち上がろうとする私を手で制する。
「念の為にまだ寝ていて。皆に知らせてくるから!」
 そういって部屋を出て行ってしまった。

 やれやれ、相変わらずの心配性だ。そういうところがあるから、ほかの年少者に慕われているのだろうけども、なにも私にまで母親ぶらなくていいだろうに……とは思う。
 私が頼りないのか。そうか。

 何はともあれ、私は生き返ったようだ。
 この世界に生き返るなんて体験をした人は一体どれだけいるのだろう?いたとしても極僅かに違いない。なにせ教会にいてもそんな話はきたことがなかったからな。
 そんな貴重な体験をしたが、嬉しくもなんともない。

 この石の所為で……。
 腹部に触れる……が、予想していたものとは違った。

「は?」

 慌てて服を捲ってみると、
 ない。
 石がない。
 普通のお腹だ。元に戻った?
 試しに皮を引っ張ってみる。痛い。し、剥がれる様子もなく、偽物のようにも思えない。
 ……どういうことなんだ?

 与えられた、という褒美。もしかしたら、これのことだったのかもしれない。
 私が望んでいた、という点には引っかかるが、そうでないと治っている理由がわからない。
 少なくとも私が神に対して従順だ、という訳ではないし。寧ろあいつを倒してくれるものが現れたなら、喜んで協力するだろう。そんなものが存在するとは思えないが。
 そんな私を野放しにしておく理由が……いやそもそも私なら生き返らせすらしないな。
 ……駄目だ。訳がわからない。

 分からないことを何時までも考えていても仕方がない。
 それよりも、イルシオンのことだ。
 彼のことをどう子供たちに説明するのか。
 ありのままを伝えるには私の事も話さなくてはならなくなる。
 あんな非現実的なことを信用してもらえるのか。
 いや、子供たちには本当のことを伝えないほうがいいのかもしれない。イルシオンは、どこかに旅立った。とか言って……流石に無理があるか。
 死んだ、と言って受け止められるものはどれだけいるのだろう。死体すらないのだ。
 この私だって、彼が今にも現れて私の事を呼ぶのではないか。と思うほどである。

 考えがまとまらない。目覚めてすぐ、イルシオンのことを聞かれなかったのは幸いである。
 ……ん?
 何故、シーナはいなくなったイルシオンのことを話題に出さなかったのだ?
 彼の死体は……彼が悪魔なら、存在しないはずだ。
 伝承からの情報になってしまうが、悪魔は死ぬ時にその体を残さないという。故に悪魔を死んだ、と称する物は少なく、消滅したと記されることが多い。
 仮に死体があったらあったでシーナは真っ先に知らせてくれるだろう。

 私に気を使ってくれたのだろうか?目覚めたばかりの私に気苦労を掛けないように、と。
 それにしては、話していたシーナの表情に曇りはなかった。
 彼女が顔に出やすい方だとは思わないが、特別演技力があるという訳ではない。
 イルシオンとは仲が良かったようだし、そんな彼女が顔色一つ変えずに話すことは難しいのではないだろうか?

 もしかしたら、私が思っているほど長い間気を失っていたわけではないのかもしれない。
 例えば、一日も経っていなかったら……?数時間ほどなら、姿が見えなくても異常には思わないだろう。
 そう考えるのが自然かもしれない。
 それにしては体が動かしにくいが、これは生き返ったことによって体に異常が生じているのかもしれないし。
 うん。多分そういうことなのだろう。
 これでスッキリした。

 ……ではない。
 重要なことは何一つ解決していない。
 例え、今は数時間しか経過しておらず、何も言われなくとも、何れは疑問を持たれるだろう。
 何故イルシオンは帰ってこないのか?と。
 その時は……。
 その時は、やはり真実を伝えよう。
 ありのままを話そう。
 それが死んでしまった彼に対する礼儀だと思うから。
 彼の生きざまを一人でも多くの人に覚えてもらうために。
 私が、私の所為で彼が死んだ。と言われても構わない。
 いや、むしろ、そうやって責められることを望んでいるのかもしれない。そうすることで私は許されたいのかもしれない。幾ら私が許されたところで彼は戻ってこないのに……。
 ああ、私はなんて自分勝手な人間なのだろう。
 何故彼は私なんかを助けようとしたのだろう?

 ……いや、この思考はやめよう。私が自らを貶めれば貶めるほど、彼の死を貶めてしまっていることになる。
 ぶんぶんと首を振ると同時に扉が開かれた。

「え?何やってんの?」
 きょとんとこちらを見ているのはヘネラだ。
 その視線には憐みが混ざりこんでいる。頭がおかしいと思われてしまったのかもしれない。

「いえ、少し考え事を……」
「へえー」
 冷めきったヘネルの視線がずきずきと体に突き刺さる。
 にっこりと笑いかけてみたが、冷や汗が出てきた。

「まあ、いいや。それで?調子はどう?」
 ヘネルはそのまま歩を進め、椅子にドカリと座り込む。
 その最中にも私から目を離すことはなく、窺うような目線が向けられていた。
 口調や態度にはあまり出ていないが、彼なりに心配してくれているのだろう。

「何の問題もありませんよ」
 ニコリと笑いかけると、ちっと舌打ちが聞こえた。

「なんだ、いつも通りじゃねえか、心配して損したぜ……」
 かなり小さな声ではあったが、たしかにそういった。微笑ましい気持ちになったが、触れないことにしよう。うん。

「じゃあ、俺はこれで」
「ちょっと待ってください」
 呼びとめられ、何事かと扉に伸ばしかけた手を止める。

 はじめに伝えるのは彼にしようと思っていたのだ。
 最年長だけあってしっかりしているし、人の生き死にについては割り切って考えられるところがあるから、彼なら受け止められるだろう、と。
 シーナもしっかりとしているが、彼女は優しすぎるのだ。この事実を受け止めきれるかどうかという点には少し不安がある。

 いつも絶やさないようにしていた笑顔を消し、彼の方を見る。
 いつになく真剣な表情の私に何かを感じ取ったのか、彼は茶化すことなく私が口を開くのをじっと待っていた。
 私はそんな彼に感謝し、呼吸を整える。
 よし。覚悟を決める。
 大きく息を吸い、私は声を発した。

「イルシオンの事なんですが」
「誰だよそれ」



 ……は?
「いや、えっと、彼ですよ。少し前に私が拾ってきた……」
「何言ってんだ?そんな奴いないだろ?まさか、頭でもぶつけたのか……?」
 ヘネルは昨日の晩御飯はなんだったか覚えてるか?と聞いてくる。
 ……どういうことだ。
 彼をじっと観察してみるが、おかしなところはない。
 魔法で操られている、という様子もない。
 私は飛び上がり、扉を開けた。

「おい!どこに行くんだよ!!」
 とヘネルの叫び声が聞こえるが、それ所ではない。走っている途中、子供たちとすれ違う。
「あ、神父様!」
 声を掛けてくれた子に笑いかけるが、私は今、うまく笑えているのだろうか。

「イルシオンという言葉に聞き覚えはありますか?」
 誰か一人でもいい。反応してほしい。そんな私の願いも空しく、子供たちは顔を見合わせるばかり。
 誰一人として、知っている、と声を上げる者はいない。
「安静にしててって言ったのに……」
 シーナがポツリと呟く。ああ、あれは怒っているな。そう頭のどこかが訴える。然し、時間が惜しい。彼女を宥める暇はない。一刻も早く彼を知っている人を見つけたかった。
「悪いですが、少し出かけてきます、用事を思い出したので」
 そう言い残して、彼女の言葉を聞かず、家を飛び出した。
 後でどれだけでも怒られよう。だから今だけは……。

 ✱

 結局、村人全員に尋ねたが、誰も知らなかった。
 彼のことを覚えてなかった。
 私は頭がおかしくなってしまったのだろうか?あれは私が見ていた、夢だった?
 いや、そんなはずはない。
 駄目だ駄目だ。私までも彼の存在を否定してしまっては、彼はどうなるというのだ。
 思い出せ。神の言葉を。
 奴は確かこういっていた。
 彼の存在を抹消しなくてはならない、と。
 抹消……というのはつまり、こういうことだったのか……?
 人々の記憶までも消し去り、起こった異常をなかったことにする。

 では私は。私は何故覚えている……?
 望み、か。
 確かに彼の記憶が消えるのならば、私はその記憶を保持することを望むだろう。
 呪いを消すことよりも、だ。
 なるほど。そういうことだったのか……。
 そう、いう……。

 は。
 はははははは。



 馬鹿にするのも大概にしろ。
 彼が、彼が、
 存在しなかった。そういうことにされてしまった。
 そんなことが許されるわけがない。そんなことをされて、黙っていられるはずがない。
 今に見てろ。
 馬鹿にするなら、勝手にすればいい。
 誰も訪れない安全圏で精々、余裕ぶって待っていろ。
 いつか必ず、奴に、世界に、彼の存在を認めさせてやる。
 どうしても認めないというのならば、私が……殺してやる。
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