幻想の話

霖空

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たあん、たあん、と足音が響き渡る

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「あ、あの……」

 神父様……と続けようとした言葉を飲み込む。いつになく真剣な顔でどこかに行く神父様。その怖いぐらいな真剣さに、思いは言葉にならず消えていってしまったのだ。
 なんとなく。
 なんとなく。
 こっそりとついて行く。
 すると神父様は、扉を開けてどこかに行ってしまった。こんな所にどこかに通じる道があったなんて知らなかった。
 本当は勝手にこんなことしちゃいけないんだけど、でも何があるのかとても気になる。きっと、ちゃんと謝れば許してもらえるよね。
 そんなふうに心の中で言い訳しながら、扉を開けてみる。
 どうやら下に降りる階段があるらしかった。
 奥の方は真っ暗で何も見えない。
 神父様の姿も見えない。
 でも耳を澄ますと、
 たあん
 たあん
 と足音が聞こえてきた。この奥に神父様はいるのだろう。
 奥に足を踏み入れるのに、躊躇する。
 暫くの間、暗闇をぼうっと見つめていた。
 少したって、決意し、 恐る恐る地下へ足を踏み入れる。
 一段一段、足を滑らせないように気をつけて降りていった。
 無事階段を下り終わりほっと一息つく。
 よく見ると僅かに明かりが点っている。闇に慣れてしまえば、明るく感じるほどだった。
 何やら沢山の物が山積みにされている。これは、倉庫だろうか?
 神父様は……?
 見つけた。部屋の奥の方にいる。
 慌てて乱雑に置いてある荷物の後ろに忍び込み、そっと様子をのぞき込む。
 神父様は上半身裸で、鏡と向き合っていた。
 何故裸……?と思うことは無い。それよりも気になることがあったからだ。
 体に石が入り込んでいて、そこから変な黒い線みたいなものが浮き上がっている。なんだろう、あれ。
 綺麗、と言うよりはおぞましい、と感じる。何かは分からないけど。嫌な感じだ。
 しばらく鏡を覗き込んでいただろうか、神父様はそのうちに服を着直し、こちらに向かってきた。
 気づかれたのだろうか?
 じっと息を押し殺す。
 ドクン、ドクン、と自分の心臓の音と、
 たあん、たあん、と神父様の歩く足音だけが聞こえる。
 神父様はそのまま僕を通り過ぎ、元来た道を引き返して行った。
 バレていなかったらしい。
 けれど、悪いことをしてしまったような気がしてちくり、と心が痛んだ。

 ✱

「うわっと。あぶねーなおい」
 その声に意識を向けるとヘネラが皿を持っていた。手元に目を移すがそこにあったはずの皿がない。
 どうやら、僕が落とした皿を拾ってくれたらしい。
「ありがとう」
 そう礼を言うも、神父様の体にあったあの黒い線が頭から離れない。
 やっぱり嫌な予感がする。
 あれはなんなんだろう?
 もしかしたら、神父様は物語に出てくる魔王のような存在を倒したことがあるのかもしれない。その時に瀕死の魔王から受けた呪いがあれ、だとか?
 有り得る。
 だとすると、その呪いって相当やばいんじゃ……?いや、でも神父様なら、光魔法の力でその効力を押さえられているのかもしれない……。あれでも神父様って神様に嫌われているんだっけ?……あれ?

 神父様ならあれが何か知っているかもしれないけど、勝手に後をつけた手間、なかなか言い出しにくい。
 それに、あの線を確認するのに、わざわざ地下まで行っていた。……ということはあまり僕たちに知らせたいことではなかったのかもしれない。その場合、聞いても教えてくれないだろう。
 っと。
 肩に衝撃を受け、左を見る。
「……い!おい!やっと気付いたか……」
 ヘネルが肩を小突いたらしい。
 また皿を落としたのかと手元を見るがちゃんと皿はある。
 ホッと息を吐くと溜め息を吐かれた。
「何ホッとしてんだよ。さっきから全然手動いてないぞ?ボーっとしてるしさ」
「ご、ごめん」
「なんか悩みがあるなら言ってみろよ」
 不機嫌そうな声色に再度左を見る。ヘネルはこちらを見ようとしない。
 心配してくれてる……んだよね?
 それは嬉しい。
 嬉しいけどヘネルが知っているようには思えない。うーん。まあ、一応聞いてみようか。
「体の中に石が埋め込まれる呪いとかって知ってる?」
「なんじゃそれ」
 あ、これ知らない奴だ。
 知らないなら神父様の態度含めてあまり詳しいこと言わない方がいい気がする。けど、ヘネルは好奇心を瞳に宿らせ見てくる。ここで話を切り上げるのはないよなあ。
「埋め込まれた個所から黒い線がこう、生えてくる……みたいな?」
「うーん。俺は知らないけど、神父様に聞いてみれば?」
 やっぱそうなるよなあ。やっぱり直接聞いた方がいいのだろうか……?にこにこ笑って誤魔化される気が……。
「それか、図書館で調べるとか。お前偶に行ってるんだろ?」
「それだ!!ありがとう!!」
 僕はヘネラの手をぎゅっと握った。
 さっき聞いても意味なさそうとか思ってごめん!やっぱりヘネラは頼りになる。
「あー、悩みが解決したようでよかったよ。ところでなんでその呪い?が気になったんだ?」
 ヘネルはなんだか、微妙な顔をしている。
「え、えっと、なんとなく?」
「ふーん?」
 何処か勘繰るような視線で見られる。こ、これは怪しまれている……。目を合わせないように顔を伏せた。
「まあ、いいや。ところで氷つくってくれない?」
「え、皿は……?」
 といったところで気が付く。
 流しに皿が一枚もない。すべて洗い終わっているようだった。
 殆どヘネルに洗わせてしまったらしい。
「ごめん!!」
 頭を下げると、気にするなというように手を振った。
「それより氷」
 バケツをこちらに突き出すヘネル。
 皿洗いはすべて任せてしまったのだ。ここで仕事をするべきだろう。
 ぎゅっと目を閉じ、氷ができるようイメージする。
「うお、おもっ」
 目を開けると、ヘネラはバケツを床に置いていた。中は予想以上にたくさんの氷で埋まっている。
「流石にこれは多すぎだろ、どーすんだ、これ」
 やってしまった。なんで僕は言われたことも出来ないのだろう……。頑張ろうとする気持ちが空回っているのかな……。やっぱりまだまだいろいろと経験不足で誰かの役に立つことは出来ないのかもしれない。
「作りすぎた分はあとで溶かしておくよ。使う分だけ持っていって」
「溶かすなんて、勿体ない!」
「勿体ない?」
 興奮した様子で捲し立てるヘネラに首を傾げる。
「お前は簡単そうに作るけど、お前みたいに魔法がホイホイ使える奴なんてそうそういないんだからな」
「……じゃあ、僕にも役に立てることがあるってこと?」
「役に立てること……?」
 次はヘネラが首を傾げた。
「なんでそういう話になったのかわかんねーけど、お前が来てから、まあ、楽にはなってるんじゃないの?」
 そっぽを向きながら、少しはね。と付け加える。
 そっか。そういえば魔法が使える人はそう多くないって聞いたことがある。すっかり忘れてたけど。
 そこでなら何かできることがあるかもしれないってことか。いや、きっとある。
 うん。なんだか元気が出てきた。
 これもヘネラのお陰だ。やっぱりヘネラは凄い。
 流石、孤児院の中の最年長だけあって僕なんかよりもずっとしっかりしてる。

「そうだ、いいこと思いついた」
 氷を見てニヤリと笑う。
「え?何の話?」
「氷の使い道だよ。いい方法を思いついたんだ」
「何に使うの?」
「それは……」
 ヘネラは口に指を当てて、片目を閉じた。
「秘密!」
 そしてバケツをよっこらしょと持ち上げる。
「大丈夫!俺に任せとけって!」
 そう言ってそのまま立ち去って行ってしまった。
 あれは、悪い事を考えてる時の顔だった。ヘネラはいつもはしっかりしてるけど、偶にとんでもないことをするからな……。大丈夫……なんだろうか……。大丈夫だよね?うん!ヘネラが大丈夫と言うんだからきっと大丈夫なんだろう!
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