せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空

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 ネーロさんが、しばらくの間、動かなかったのは、影井に魔力が使えるか、確認するためだったのだろう。だがしかし、彼は魔力を出せなかった。

 影井がよろよろと立ち上がり、不格好な、ファイティングポーズを見せると、ネーロさんは攻撃を続行した。
 先程よりも遅い攻撃が、影井を襲う。それでも、影井は避けられない。

 肩の辺りに魔力の塊がぶつかった。
 ひきつった声を上げ、肩を抑える影井。

 それでも影井の目から闘志は消えていなかった。
 影井は唇を噛みしめ、肩から手を外す。

 ネーロさんが、殴りかかる。影井はぎりぎり、ネーロさんの手をかわした。……と思ったら、ネーロさんの足が振り上げられる。接触した瞬間、魔力が放出される。
 影井は、倒れた。
 しかし、また起き上がる。

 魔力を叩き込まれる。
 倒れる。
 起き上がる。

 魔力を叩き込まれる。倒れる。起き上がる。
 魔力を叩き込まれる。倒れる。起き上がる。魔力を叩き込まれる。倒れる。起き上がる。魔力を……。

 何度続けただろうか。もう、影井はよろよろで、虫の息だ。だというのに立ち上がる。
 止めるべきだ。と俺の心が叫ぶ。

 そうだ。
 今日はもう、とりあえず止めて、明日、やればいいじゃないか。そうすれば……。

 〝きっとそのうち魔力も出せるようになるから〟

 ってか?どの口が言うんだ。何の努力もなしに、身に着けた人間が。
 そりゃ、いつかは出せるようになるだろう。でもそれはいつだ?何日後?何か月後?何年後?……もしかしたら、何十年もかかるかもしれない。

 それなのに、ここで彼を止めるのは、果たして正しい選択なのだろうか?彼にはきっと、今後も、険しい道が待ち受けているだろう。なんせ、ミケ……と俺たちが勝手に読んでいる存在に目をつけられているのだから。だったら、一刻もはやく、魔力を操れるようになった方が……。
 いや、無理をしてまですることだろうか?これで明日、何かあったほうが、損害だろう。急がば回れ、という言葉もあるし。

 何より、辛そうで見てられない。
 こんな風に苦しんでいる影井を放置しておくなんて、俺には無理だ。

 影井を止めようと、彼のほうを見た。


 彼は泣いていた。
 鼻水と涙をまき散らしながら、唇をぐっと噛みしめていた。

 痛いから。だけじゃないんだろう。悔しい、という思いが、見なくたって、伝わってくる。

 ……止められない。
 あんな顔をしてる影井を、どうやって止めれば、どんな顔をして止めればいいのか。

 俺が、俺が悪かったんだ。
 まさかこんなことになるなんて、思ってなかった。軽い気持ちで。要らないお節介で。こんなにも彼が苦しむくらいなら、いっそのこと……。


 ぽん。

 背中にぬくもりを感じた。

 後ろを見ると、八束の手がそこにはあった。驚いて、彼の顔を見ると、こちらに何かを伝えたがっているように思える。
 ……これは、心を読んでくれ、ということだよな?


 〝お前が気にすることはない。これは、影井の問題だ……って言っても、お前みたいなお人よしは、納得できないよな。
 辛いなら目を背ければいい。嫌なら逃げ出したっていいんだ。止めたきゃ、止めろ。もっと自分勝手に生きたって、罰は当たらないぜ?〟

 そんなこと言われたって……。俺にはもう何が正解なのか、分からない。どうすればいいか、分からない。
 また、俺の変な行動のせいで、影井が傷ついたら……。そう思うと、何もできない。

 何も、したくない。

 はあ。
 ため息をつかれた。

 〝あ、ひとつ言い忘れたことがあった〟

 ……怒られるのだろうか。顔が見れない。見たくない。
 できることなら、聞きたくもない。
 だけど、それはしてはいけない気がした。

 ぎゅっと、目を固く閉じる。


 〝お前のせいじゃないからな〟


 危うく、涙が出そうになった。
 俺は、目にたまった涙を見せないように、上を見て、何度も瞬きをする。

 〝影井のためを思った、お前の行動。そのせいで、影井が苦しんでるわけじゃない。悪いのはくそったれの女神野郎だ!!!!〟

 〝な?〟

 そういって、にかっと笑った。
 こいつは、いつもほしい言葉を、俺にくれる。流石……、流石だなあ。
 八束には感謝してもしきれない。

 うん。もう大丈夫。
 そうだ。俺は俺のために、影井を止めに行く。

 感謝の言葉をかけたい所だけど、改まって言うのは照れ臭い。し、八束もそんなことを望んじゃいないだろう。だから、代わりに小声で、言う。

「女神野郎だと女か男か分かんないよ」
 八束は、一瞬、驚いた顔を見せた。

 が、

「そうだな」
 とすぐに頬を緩める。
 俺は大きく息を吸った。意思を固めるために。

「じゃあ、行ってくる」
「ああ」

 その何気ない返事が、心地よかった。


 影井たちのほうに向かって、歩く。
 また、影井が殴られた。影井はよろよろと後退し、膝をつく。
 ネーロさんが、影井に迫る。
 気が付いたら俺は走っていた。

 影井とネーロさんの間に、滑り込むように割り込む。

 訓練に集中していた影井にとっては、俺がいきなり現れたように思えたのだろう。驚いているのが背中越しにでもわかる。

 対するネーロさんは、俺に早くから気がついていたようで、不思議そうな顔をしてはいるものの、驚いてはいないようだった。

「そろそろ辞めましょう」

 俺はネーロさんの顔を見る。ネーロさんはゆっくりと頷いた。心無しかほっとしているようにも見える。

 ネーロさん騎士だ。
 部下をこんな風に鍛える場面も少なくないだろう。しかし、彼にだって心が無いわけじゃない。
 むしろ、彼自身は優しい人で、だからこそ、今までぬるま湯に浸かっていた影井を、ここまでボコボコにしたのは、相当応えた筈だ。
 それでも訓練を辞めさせなかったのは、影井の思いを汲んでいたから。

 だから、止められたことで、ほっとするのは無理もない。
 むしろ、もう少し早く止めた方が良かったかな、と少し後悔の気持ちが湧いてきたが、慌てて振り払う。


「僕ならまだやれます!」

 影井が、俺とネーロさんの間に割って入ってきた。そして、ネーロさんに縋り付く。

「お願いします!もう少しだけ……」

 ネーロさんは、困惑した表情を見せたが、すぐに引き締まった顔に戻る。

「ダメだ」
「なんでですか?!」
「そろそろ時間だからだ」

 黙り込む影井に、ネーロさんはさらに声をかける。

「俺たちは俺たちでやることがあるからな。今日のところはこれで終わりだ。よく頑張ったな」

 そして、影井の肩をぽんと叩く。すると、張り詰めていた緊張の糸が解けたのか、影井は、ふっと全身の力を抜いた。

「僕は魔力を使えるようになるんでしょうか……?」

 彼の表情は分からない。けれど、声には涙が滲んでいるようだった。
 ネーロさんはふっと笑って、そんな影井の頭を優しく撫でる。

「なれるさ。なれなかったら俺がミケの奴をぶっ飛ばしてやる」

 そんなネーロさんの言葉を聞いて、安心したのか、影井は地面に倒れた。
 咄嗟のことで俺は反応出来なかったけれど、ネーロさんは違った。
 上手いこと、影井を支え、抱っこしている。

「んー、もうちょい早く辞めとけばよかったかね……」

 苦々しい顔をしながら、肩を竦めると、こちらをちらっと見た。


「止めてくれてありがとうな、助かったわ」

 その言葉で、知らず知らずのうちに入っていた力が、抜けたのを感じられた。

「いえ、こちらこそ、無理矢理魔力の使い方を教えて貰ったりして、すいません」

 俺が頭を下げると、ネーロさんが眉を顰めるのが見えた気がした。

「そういう時は、『すいません』じゃなくて、『ありがとう』って言った方がいいと思うぞ」

 俺は、顔を上げ、じーっとネーロさんを見つめる。
 やっぱりこの人、いい人なんだろうな……。と瞬間的に思った。理論は分からないけど。

 見つめられた側であるネーロさんは、何故じっと見つめられているのか、分からなかったらしく、さぞかし、不思議そうな表情を浮かべていた。
 それがなんだか少し、面白かったけど、表には出さない。

 代わりに、満面の笑みを向けた。

「わかりました!ありがとうございます!」
「お、おう」

 少し照れくさそうにしているネーロさん。

 ざっ。ざっ。と、足音が聞こえた。
 恐らくだが、八束がこちらに来ているのだろう。
 答え合わせのために、後ろを見ると、案の定、八束がこちらに来ているところだった。
 俺の隣に立つと、同じようにお辞儀をする。

 八束が顔をあげたのを見計らって、ネーロさんは言った。

「お前らがなんでそんなに魔力を使いたかったが知らないが、まあ深くは聞かない。その代わり、人様に胸張って言えないような使い方はするんじゃねえぞ?」

 どうやら嘘はバレバレだったらしい。
 俺たちは自然と顔を見合わせてから、ネーロさんに向けて曖昧な笑みを浮かべる。

 理由まではバレていないようだ。
 魔力を、悪いことに使うつもりは全くない、以前の問題で、そもそも、魔力を使えるようにしたかったのは、俺たちのためじゃないしね。

 いや、でもまあ、理由まで分かってたら、怖すぎるか。エスパーか、そういう能力を持っている、と疑うしかなくなる。


「大丈夫です。悪用はしないですよ」

 八束が言ってくれたので、俺はそれに合わせて、こくこくと頷いた。

 その様子に満足したのか、ネーロさんは

「じゃあ、俺はこいつを部屋に運びに行くから、お前らは解散で」

 と言い残して、去っていった。
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