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対話
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暫く〝音〟を聞いていると背中をトントン、と叩かれた。
背後にいたのは、影井駿。長い前髪に隠れていて表情は窺えないが、俺を呼びに来たのだろう。
ああ、もう俺の番か。
好きなことをしていると時間が短く感じる、という言葉をこれほど実感できたことはない。
〝態々呼んでくれてありがとう〟という思いを込め、小さく会釈すると〝相手も気にするな〟とでもいうかのように会釈を返してくれた。
〝音〟を奏でる一員となるべく言葉を交わすのも好きだが、今のように〝音〟のないコミニュケーションもまた趣があって良い。
言葉を交わさずとも意思の疎通できる人間は数少ない。そんな彼のことは結構好きだ。
ほっこりとした思いを抱えつつ、教室の扉の前に立つ。
そして、ガラリ、と扉を開けた。
・
扉の向こうには、茶室が広がっていた。
部屋の奥には正座をしたミューさんがいる。外国人じみた彫の深い顔に、女神のような服装をしている彼女がこの部屋にいるのはものすごい違和感だ。
「あら、貴方がこの場所を望んだのですよ?」
心外そうな顔をするミューさん。
然し、望んだ、とはどういうことだろう。
ミューさんに目をやると大きな茶飲みでお茶を飲んでいる。中身は抹茶だろうか?一口、飲んだ瞬間、顔をゆがめた。どうやら苦かったらしい。
「そんなところで突っ立ってないで、座ったらどうです?」
「あ、はい」
すこし棘のこもった口調だったのは、抹茶を飲んだ時のしかめっ面を見られたからか?だとしたら、何とも微笑ましい。
俺は畳の縁を踏まないよう、正座をする。
「ところで、私がこの場所を望んだ、というのはどういうことでしょう?」
「そんなに畏まる必要はありません。私は貴方たちを召喚の魔の手から守れなかった、ダメな管理者ですから」
彼女は、ほう、と息を吐き、茶飲みに手を付けようとしてやめる。パチンと手を鳴らすとティーカップが現れた。
やはりこの場には不似合だ。
どうも彼女は落ち込んでいるようだが、何と声を掛ければよいのか分からない。お前のせいで!!と怒鳴りつけられるほど血の気が多いわけでもないし、気にしないでください。と慰められるほど心が広い訳でもなかった。
カップの中身を飲んでいるうちに気持ちの整理がついたのだろう、彼女は再び口を開く。
「少しでもリラックスしてお話できるように、と皆さんの落ち着ける場所にその都度変化させているのです」
「なるほど」
この茶室……。そういわれてみれば見覚えがある。小さいときに通っていた茶道教室。俺のおばあちゃんが開催していたそれは決して本格的なものではなく、遊び半分で通っていたものだったけれど。俺はそれが好きだった。だからこそ、落ち着ける場所と言われてもすんなりと受け入れることができた。
「ミュー……さんは心が読めるんですか?」
「いえ、そういうわけではないのですよ。心と言ってもぼんやりとしたものが感じられるかどうかといったところなので。今こうして話していても貴方が何を思っているかは分かりません」
「そ、そうですか」
言い訳をするように次から次へと言葉を放つ彼女に少し気圧されながらも答える。どうやら俺、いや正確には〝俺たち〟に悪感情を持たれたくないらしい。
イメージと違う。世界の管理者という響きから、もっと無機質で機械的なものを想像していた。
「ところで私たちはもう、こちらの世界には戻ってこれないのですか?」
ミューさんは口にティーカップを運びかけた手をピタリと止め、目を伏せる。
不意打ちを受けた。それも致命的な。
そう言いたげな顔だ。
「……実のところ、この事態自体、想定外なので何とも言えません。貴方たちを呼び寄せた者ならあるいは……、といったところです」
「そうですか」
目を落とす。
そこには、ミューがはじめ、飲んでいたものと同じ茶飲みが置かれていた。中には泡立った緑の液体が入っている。
少し、それを口に含む。
さやかな香りと体が引き締まるような苦味が広がる。
昔はとても飲めたものではなかったけれど、今はそのどこか懐かしい味に愛着を感じている。
俺はあの時から少しは大人になれたのだろうか?
分からない。
分からないが、覚悟を決めなくてはならないのかもしれない。この世界から離れる決意を。最悪の場合に備えて。
気が付いたら、茶飲みは空になっていた。
ミューさんは俺の方を見て驚く。「すごいですね……」と聞こえたのは気のせいではないだろう。
指をパチンと鳴らすと茶飲みはまた、緑の液体で満たされた。
「では少し違う話をしましょう」
背後にいたのは、影井駿。長い前髪に隠れていて表情は窺えないが、俺を呼びに来たのだろう。
ああ、もう俺の番か。
好きなことをしていると時間が短く感じる、という言葉をこれほど実感できたことはない。
〝態々呼んでくれてありがとう〟という思いを込め、小さく会釈すると〝相手も気にするな〟とでもいうかのように会釈を返してくれた。
〝音〟を奏でる一員となるべく言葉を交わすのも好きだが、今のように〝音〟のないコミニュケーションもまた趣があって良い。
言葉を交わさずとも意思の疎通できる人間は数少ない。そんな彼のことは結構好きだ。
ほっこりとした思いを抱えつつ、教室の扉の前に立つ。
そして、ガラリ、と扉を開けた。
・
扉の向こうには、茶室が広がっていた。
部屋の奥には正座をしたミューさんがいる。外国人じみた彫の深い顔に、女神のような服装をしている彼女がこの部屋にいるのはものすごい違和感だ。
「あら、貴方がこの場所を望んだのですよ?」
心外そうな顔をするミューさん。
然し、望んだ、とはどういうことだろう。
ミューさんに目をやると大きな茶飲みでお茶を飲んでいる。中身は抹茶だろうか?一口、飲んだ瞬間、顔をゆがめた。どうやら苦かったらしい。
「そんなところで突っ立ってないで、座ったらどうです?」
「あ、はい」
すこし棘のこもった口調だったのは、抹茶を飲んだ時のしかめっ面を見られたからか?だとしたら、何とも微笑ましい。
俺は畳の縁を踏まないよう、正座をする。
「ところで、私がこの場所を望んだ、というのはどういうことでしょう?」
「そんなに畏まる必要はありません。私は貴方たちを召喚の魔の手から守れなかった、ダメな管理者ですから」
彼女は、ほう、と息を吐き、茶飲みに手を付けようとしてやめる。パチンと手を鳴らすとティーカップが現れた。
やはりこの場には不似合だ。
どうも彼女は落ち込んでいるようだが、何と声を掛ければよいのか分からない。お前のせいで!!と怒鳴りつけられるほど血の気が多いわけでもないし、気にしないでください。と慰められるほど心が広い訳でもなかった。
カップの中身を飲んでいるうちに気持ちの整理がついたのだろう、彼女は再び口を開く。
「少しでもリラックスしてお話できるように、と皆さんの落ち着ける場所にその都度変化させているのです」
「なるほど」
この茶室……。そういわれてみれば見覚えがある。小さいときに通っていた茶道教室。俺のおばあちゃんが開催していたそれは決して本格的なものではなく、遊び半分で通っていたものだったけれど。俺はそれが好きだった。だからこそ、落ち着ける場所と言われてもすんなりと受け入れることができた。
「ミュー……さんは心が読めるんですか?」
「いえ、そういうわけではないのですよ。心と言ってもぼんやりとしたものが感じられるかどうかといったところなので。今こうして話していても貴方が何を思っているかは分かりません」
「そ、そうですか」
言い訳をするように次から次へと言葉を放つ彼女に少し気圧されながらも答える。どうやら俺、いや正確には〝俺たち〟に悪感情を持たれたくないらしい。
イメージと違う。世界の管理者という響きから、もっと無機質で機械的なものを想像していた。
「ところで私たちはもう、こちらの世界には戻ってこれないのですか?」
ミューさんは口にティーカップを運びかけた手をピタリと止め、目を伏せる。
不意打ちを受けた。それも致命的な。
そう言いたげな顔だ。
「……実のところ、この事態自体、想定外なので何とも言えません。貴方たちを呼び寄せた者ならあるいは……、といったところです」
「そうですか」
目を落とす。
そこには、ミューがはじめ、飲んでいたものと同じ茶飲みが置かれていた。中には泡立った緑の液体が入っている。
少し、それを口に含む。
さやかな香りと体が引き締まるような苦味が広がる。
昔はとても飲めたものではなかったけれど、今はそのどこか懐かしい味に愛着を感じている。
俺はあの時から少しは大人になれたのだろうか?
分からない。
分からないが、覚悟を決めなくてはならないのかもしれない。この世界から離れる決意を。最悪の場合に備えて。
気が付いたら、茶飲みは空になっていた。
ミューさんは俺の方を見て驚く。「すごいですね……」と聞こえたのは気のせいではないだろう。
指をパチンと鳴らすと茶飲みはまた、緑の液体で満たされた。
「では少し違う話をしましょう」
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