せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空

文字の大きさ
上 下
4 / 115

対話

しおりを挟む
 暫く〝音〟を聞いていると背中をトントン、と叩かれた。
 背後にいたのは、影井駿。長い前髪に隠れていて表情は窺えないが、俺を呼びに来たのだろう。
 ああ、もう俺の番か。
 好きなことをしていると時間が短く感じる、という言葉をこれほど実感できたことはない。
 〝態々呼んでくれてありがとう〟という思いを込め、小さく会釈すると〝相手も気にするな〟とでもいうかのように会釈を返してくれた。
 〝音〟を奏でる一員となるべく言葉を交わすのも好きだが、今のように〝音〟のないコミニュケーションもまた趣があって良い。
 言葉を交わさずとも意思の疎通できる人間は数少ない。そんな彼のことは結構好きだ。
 ほっこりとした思いを抱えつつ、教室の扉の前に立つ。
 そして、ガラリ、と扉を開けた。

 ・

 扉の向こうには、茶室が広がっていた。
 部屋の奥には正座をしたミューさんがいる。外国人じみた彫の深い顔に、女神のような服装をしている彼女がこの部屋にいるのはものすごい違和感だ。

「あら、貴方がこの場所を望んだのですよ?」
 心外そうな顔をするミューさん。
 然し、望んだ、とはどういうことだろう。
 ミューさんに目をやると大きな茶飲みでお茶を飲んでいる。中身は抹茶だろうか?一口、飲んだ瞬間、顔をゆがめた。どうやら苦かったらしい。

「そんなところで突っ立ってないで、座ったらどうです?」
「あ、はい」
 すこし棘のこもった口調だったのは、抹茶を飲んだ時のしかめっ面を見られたからか?だとしたら、何とも微笑ましい。
 俺は畳の縁を踏まないよう、正座をする。

「ところで、私がこの場所を望んだ、というのはどういうことでしょう?」
「そんなに畏まる必要はありません。私は貴方たちを召喚の魔の手から守れなかった、ダメな管理者ですから」
 彼女は、ほう、と息を吐き、茶飲みに手を付けようとしてやめる。パチンと手を鳴らすとティーカップが現れた。
 やはりこの場には不似合だ。
 どうも彼女は落ち込んでいるようだが、何と声を掛ければよいのか分からない。お前のせいで!!と怒鳴りつけられるほど血の気が多いわけでもないし、気にしないでください。と慰められるほど心が広い訳でもなかった。
 カップの中身を飲んでいるうちに気持ちの整理がついたのだろう、彼女は再び口を開く。
「少しでもリラックスしてお話できるように、と皆さんの落ち着ける場所にその都度変化させているのです」
「なるほど」
 この茶室……。そういわれてみれば見覚えがある。小さいときに通っていた茶道教室。俺のおばあちゃんが開催していたそれは決して本格的なものではなく、遊び半分で通っていたものだったけれど。俺はそれが好きだった。だからこそ、落ち着ける場所と言われてもすんなりと受け入れることができた。

「ミュー……さんは心が読めるんですか?」
「いえ、そういうわけではないのですよ。心と言ってもぼんやりとしたものが感じられるかどうかといったところなので。今こうして話していても貴方が何を思っているかは分かりません」
「そ、そうですか」

 言い訳をするように次から次へと言葉を放つ彼女に少し気圧されながらも答える。どうやら俺、いや正確には〝俺たち〟に悪感情を持たれたくないらしい。
 イメージと違う。世界の管理者という響きから、もっと無機質で機械的なものを想像していた。

「ところで私たちはもう、こちらの世界には戻ってこれないのですか?」
 ミューさんは口にティーカップを運びかけた手をピタリと止め、目を伏せる。
 不意打ちを受けた。それも致命的な。
 そう言いたげな顔だ。

「……実のところ、この事態自体、想定外なので何とも言えません。貴方たちを呼び寄せた者ならあるいは……、といったところです」
「そうですか」

 目を落とす。
 そこには、ミューがはじめ、飲んでいたものと同じ茶飲みが置かれていた。中には泡立った緑の液体が入っている。
 少し、それを口に含む。
 さやかな香りと体が引き締まるような苦味が広がる。
 昔はとても飲めたものではなかったけれど、今はそのどこか懐かしい味に愛着を感じている。

 俺はあの時から少しは大人になれたのだろうか?
 分からない。
 分からないが、覚悟を決めなくてはならないのかもしれない。この世界から離れる決意を。最悪の場合に備えて。
 気が付いたら、茶飲みは空になっていた。
 ミューさんは俺の方を見て驚く。「すごいですね……」と聞こえたのは気のせいではないだろう。
 指をパチンと鳴らすと茶飲みはまた、緑の液体で満たされた。

「では少し違う話をしましょう」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

スキル【アイテムコピー】を駆使して金貨のお風呂に入りたい

兎屋亀吉
ファンタジー
異世界転生にあたって、神様から提示されたスキルは4つ。1.【剣術】2.【火魔法】3.【アイテムボックス】4.【アイテムコピー】。これらのスキルの中から、選ぶことのできるスキルは一つだけ。さて、僕は何を選ぶべきか。タイトルで答え出てた。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

ゴミスキルでもたくさん集めればチートになるのかもしれない

兎屋亀吉
ファンタジー
底辺冒険者クロードは転生者である。しかしチートはなにひとつ持たない。だが救いがないわけじゃなかった。その世界にはスキルと呼ばれる力を後天的に手に入れる手段があったのだ。迷宮の宝箱から出るスキルオーブ。それがあればスキル無双できると知ったクロードはチートスキルを手に入れるために、今日も薬草を摘むのであった。

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

元公務員が異世界転生して辺境の勇者になったけど魔獣が13倍出現するブラック地区だから共生を目指すことにした

まどぎわ
ファンタジー
激務で倒れ、そのまま死んだ役所職員。 生まれ変わった世界は、魔獣に怯える国民を守るために勇者が活躍するファンタジーの世界だった。 前世の記憶を有したままチート状態で勇者になったが、担当する街は魔獣の出現が他よりも遥かに多いブラック地区。これは出現する魔獣が悪いのか、通報してくる街の住人が悪いのか……穏やかに寿命を真っ当するため、仕事はそんなに頑張らない。勇者は今日も、魔獣と、市民と、共生を目指す。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

異世界無宿

ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。 アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。 映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。 訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。 一目惚れで購入した車の納車日。 エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた… 神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。 アクション有り! ロマンス控えめ! ご都合主義展開あり! ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。 不定期投稿になります。 投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。

処理中です...