上 下
45 / 58
配送履歴#6 配達物『兵隊』

第39話 敵か味方か白旗ゴブリン

しおりを挟む
 野営をした次の日の朝。
隊長より伝えられた作業再開の指示を受けて、兵士たちが作業を始めて片っ端から木を掴んでは道の脇に寄せていく。

 ユウヒは狼の遠吠えの件もあり、あたりを警戒するように依頼されていた。
とは言ってもユウヒ自身は兵士たちが作業する様子をぼんやりと見守っているだけ。メインで警戒しているのはユウヒの肩に乗った梟である。
梟はくるくると頭を回しながらあたりの気配を窺っていた。

 一時間ほどだろうか、一行が進んでいる時に梟がユウヒに声をかける。

「ゴブリン、イッタイセッキン」
「隊長さん、ゴブリンくるみたい」
「了解した。作業やめ、戦闘準備」

 隊長の指示に従い、兵士たちが武器を構えて周囲を警戒する。
ユウヒは兵士達の後ろに下がり、引き続き様子を見守った。
ユウヒの肩の上にいる梟は、薙ぎ倒された木々から少しそれた森の中をじっと見つめており、隊長はその視線の向かう先に特に注意を払っている。

 ガサガサ、と音がして森の中から一体のゴブリンが兵士たちの目の前に現れた。
緑の小柄な体躯の典型的なゴブリンだが、簡易な革鎧を装着しているところが珍しい。
出現したゴブリンを見て、兵士の一人が困惑の声を上げる。

「なんだ?」

 しかし、兵士を困惑させたのは武装していることではなく、手に剣の代わりに白い旗を掲げていることだ。
ぐぎゃ、ぐぎゃ、と白い旗を振りながら恐る恐る兵士たちに近寄ってくるゴブリン。

「待て、止まれ!」

 兵士の一人が制止するが、ゴブリンは言葉を解さずに止まらない。
騙し討ちの危険も大いにあるため、制止した兵士は構えていた剣をゴブリンに突きつけた。
するとゴブリンは、ぐぎゃ、と慌てたように立ち止まりより大きく旗を振り出す。

「どうしましょう、隊長」
「普通に考えれば降伏なのだが、ゴブリンだしなあ」

 困った兵士達と、困った様子の旗ふりゴブリン。
どうしたもんかと悩んでいるところに、ユウヒがスッと前に出てゴブリンに話しかけた。

「こんにちは」

 ぐぎゃ、とゴブリンは答えて白旗を振る。
ユウヒはその様子を見てゴブリンに尋ねた。

「何か用?」

 聞くとゴブリンは鎧の中に持っていたと思われる紙をユウヒに差し出した。

「ありがと」

 ぐぎゃ、と答えるとゴブリンは踵を返し、旗を投げ捨てて森の中に逃げ出した。

「あ、こら待て」
「いや、でも白旗振ってたぞ?」

 追うかどうかで迷う兵士達をよそに、ユウヒは渡された紙を広げて目を通していた。
隊長はその様子を見て、ユウヒに声をかける。

「知人、というか知っているゴブリンだったのか?」
「ううん、知らない子。でもあんな変なことをしてるんだったら、お使いかな、って思って」
「紙はなんだ?」
「どうぞ、兵隊さん宛かな?」

 ユウヒは書いてある内容を隊長に見せるように手渡す。
隊長が内容を見ると、そこに書かれていたのは山小屋の周辺を簡易に表した地図だった。
目指す山小屋には十人という数字が書かれており、山小屋の横にある開けたスペースにドクロマークが書かれている。
他にも、山小屋から街道や両方の街に抜ける小道が書かれ、ユウヒが薙ぎ倒して通った道も描かれていた。

 簡易ではあるが、山賊討伐をする側からすれば有用な情報ばかりが書かれた一枚の紙。
隊長と兵士達はそれを見てひとしきり唸る。

「誰がこんなものを?」

 隊長が呟くが、兵士達は答えることができない。
この紙に関して彼らが知っている情報は、白旗振って出てきたゴブリンから渡されたという事実だけである。
隊長が念の為ユウヒに尋ねる。

「ゴブリンはこんな地図を書いたりできるのか?」
「ううん、ぐぎゃぐぎゃ言ってるだけ」
「ということは、山賊の中に内通者がいる?それとも罠か?」
「わかんない」

 言いながらユウヒは肩の上の梟に問いかけた。
梟は山小屋の方に向かって首をチョコチョコ動かしながら探知を続けている。

「デモン、ゴブリンさん達はどこいったかな?」
「ニンゲンノトコロ」
「あれ? 全員?」
「ウン。ニンゲンノ、マワリ、ゴブリン」

 白旗ゴブリン以外のゴブリンも山小屋の方に引き上げて行った様子であることをユウヒが隊長に伝える。
隊長が唸っているところに、領主が後方から兵を連れて前線まで上がってきた。
足元も悪い山道だが、動きやすく武装をしている領主は自然体で苦もなく山道を歩いてきている。

 隊長が前線に到着した領主に報告する。

「先ほど、妙なことが起こりました」
「妙なこと? 簡潔に報告せよ」
「白旗を振ったゴブリンが、討伐対象区域の地図を持ってきました」

 言われた通りにこれ以上なく簡潔に報告する隊長。
一瞬ポカンとした領主は、一瞬チラッとユウヒの方を見てため息をつくと、諦めたように隊長に再報告を求めた。

「ああ、すまん。わからんので詳細に報告してくれ」
「かしこまりました」
「え、なんでボク?」

 なぜ見られてため息をつかれたんだ、と一人憤慨するユウヒをよそに、隊長は先ほどまで起きたことを領主に報告した。
領主はすぐに決断して、方向性について隊長とすり合わせに入る。

「嘘か誠かはわからないが、もし真実ならとても有効な情報だ。この場に本隊を待機。分隊でこの地図の信憑性を確認しよう」
「了解しました。では三人ずつの分隊を作り、森の中を通って抜け道を確認するのはいかがでしょうか」
「うむ、それで良い」
「もし抜け道がある場合は、一人はここへの報告、残りは抜け道で待機させます」
「私と運び屋は本体で待機するということで良いな?」
「問題ございません」

 速やかに打ち合わせを終えて、隊長は数人の兵士をまとめて二つの分隊を作ると指示を出した。
指示を受けた兵士達は二手に分かれて、森の中に入っていく。
一方待機することになった本隊は、警戒しつつ休憩することになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜

よどら文鳥
恋愛
 フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。  フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。  だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。  侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。  金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。  父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。  だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。  いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。  さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。  お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。

異世界に来ちゃったけど、甘やかされています。

猫野 狗狼
恋愛
異世界に気がつくと転移していた主人公吉原凪。右も左もわからなかったが一つだけわかったことがある。それは女性が少ないこと!深くフードをかぶり近くにあった街に訪れた凪はあてもなくフラフラとさ迷っていたが、ふと目に付いた先にあった張り紙を見て宮廷魔術師になることを決める。 これは、女性が希少な世界に転移した凪が出会ったイケメン達に甘やかされたり成長したりする話。 お気に入り500人突破!いつも読んで下さり、ありがとうございますm(_ _)m 楽しんで頂けたら幸いです。 一週間に1〜2話のペースで投稿します。

異世界転生~創造神と魔神の使い~

田村 翔
ファンタジー
俺、一条司(いちじょうつかさ)は、高校の入学式に向かう途中で、金持っていそうな車にはねれて死んだ… …と、思っていたら、神様達から転生のチャンス!? 神様達に異能を貰って行ってきます! 小説を書くのは、初めてなのでいろいろとサポートよろしくお願いします。 色々な作品を参考にしておりますので似ているところがあるかもしれませんがご理解とご協力をお願いいたします。 閑話と書いてありますが、所々本編に影響が出ている場合がありますご理解下さい。

旦那様は妻の私より幼馴染の方が大切なようです

雨野六月(まるめろ)
恋愛
「彼女はアンジェラ、私にとっては妹のようなものなんだ。妻となる君もどうか彼女と仲良くしてほしい」 セシリアが嫁いだ先には夫ラルフの「大切な幼馴染」アンジェラが同居していた。アンジェラは義母の友人の娘であり、身寄りがないため幼いころから侯爵邸に同居しているのだという。 ラルフは何かにつけてセシリアよりもアンジェラを優先し、少しでも不満を漏らすと我が儘な女だと責め立てる。 ついに我慢の限界をおぼえたセシリアは、ある行動に出る。 (※4月に投稿した同タイトル作品の長編版になります。序盤の展開は短編版とあまり変わりませんが、途中からの展開が大きく異なります)

"寵愛"梟の贈り物

yu-kie
恋愛
梟の獣人は代々、『高貴な方々専門の配達』を家業としている。その一人娘の物語。 アズとジューンの恋が実るまでの物語。no.10~で完結予定。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

処理中です...