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配送履歴#5 配達物『容疑者』

第30話 容疑者は運び屋『兎』

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 十分と待たずに部屋に衛兵が一人を連れて入ってきた。
その人物は兄妹からも見覚えがある人物だ。

「待たせて済まない、お前たちか? カバに乗ったことがあるというのは?」
「りょ、領主様ですか?」

 入ってきたのは告知を出した主、すなわちこの街の領主だった。

「そうだ、なにぶん情報が乏しくてな。情報を直接聞きたいのだ」
「は、はい」
「で、どういう経緯でカバに乗ったのだ?」

 兄妹は役人に情報話して小遣い稼ぎ程度の感覚だったため、いきなり街のトップと話すことになるのは想像してなかった。
緊張で言葉に詰まりながら話をする。

 まずは街道沿いで兄妹たちが住む街から、隣街を目指していたこと。
道中、木の実などを採取するために街道から少し森に入ったこと。
そこでゴブリンの集団に襲われ、命からがら山小屋に逃げ込んだこと。
妹を結界石の中に残して、隣街に助けに行ったこと。

 そこまで話したところで領主が口を挟む。

「ゴブリンに襲われたのか?」
「はい、襲われました。とっていた木の実とか旅の道具などは落としてしまいました。多分取られたんだと思います」
「貴重品は?」
「旅銀などの貴重品は肌身離していなかったので何とか取られませんでした」
「そうか、それは不幸中の幸いというやつだな。話を遮って悪かった。続けてくれ」

 領主は促しながら、内心首を傾げる。

(何というか、山賊にしてはえらく詰めの甘いゴブリンだな?)

 ゴブリンに襲われた割にはそこまで大きな怪我をしているようには見えない。
山賊に狙われたにしては被害が小さい気がしている。

 そんな様子を知ってかしらずか、兄は続ける。

「はい、隣街に到着したところで、その衛兵に運び屋を紹介されました」
「運び屋、だと?」
「何でも、どこでも運ぶことができる運び屋だとのことでした。その名前は」
「『兎』か?」

 そこまで話したところで領主は口を挟む。
言い当てられた兄はびっくりしながら肯定する。

「はい、そうです。運び屋『兎』をご存知なんですか?」
「前掛けのカバンに兎がいる少女だな」
「あっています。彼女に仕事として依頼して、山小屋にいる妹を助けて、街まで連れて行ってもらいました」
「なるほど、運び屋に助けてもらった、という話だな」
「彼女のおかげで妹は無事だったんです」

 妹の肩に手を当てて涙ぐむ兄。
ただ、領主の方にはわからないことが一つあり、首を傾げながら聞いた。

「ん? 今の話のどこに、山賊のカバに乗る話があったのだ?」
「あ、いえ、あの」

 問い詰めるというより純粋に疑問に思って聞いたのだが、言葉に詰まりながら兄は説明した。

「乗ったのは山賊のカバではなくてですね。運び屋の方のカバです」
「運び屋? 何で運び屋がカバなのだ?」
「あの少女は召喚士で。カバは召喚獣のようでした」
「召喚士。なるほど」

 領主の頭には夫人の薬に薬物を混入させられそうになった時、不思議な動きで阻止した場面が浮かんでいた。
ユウヒは衛兵に挟まれていたはずなのに、気づけばメイドのそばに立っていた。
御伽話の空間転移のような、あり得ないはずの動きだったのである。

 納得いくと同時に、さらなる疑念が浮かんでくる領主。

「ん、そうすると森を荒らしたのは運び屋なのか?」
「ええっとですね。ユウヒ、運び屋は一直線に山小屋を目指しただけでして」
「一直線に?森の中を?」
「はい。えっと、その、木を薙ぎ倒しながら」
「ふむ」

 考え込み、自分の世界に入った領主はぶつぶつと呟き出す。

「……なるほどな、その手段を持っていれば短期間で密書を持ってくるのも可能か……」
「すみません、運び屋は妹を助ける手助けをしてくれただけでして。山賊の仲間じゃないです。」
「そうなんです、でもカバの情報ちゃんと持ってきましたよね」

 その様子を見て、不興をかったと思った兄と、報酬をもらえないかもしれないのを危惧した妹が領主に話しかける。
領主はその様子に気づいた様子もなくぶつぶつ呟く。

「……そうすると山小屋からこちらの町にも薙ぎ倒された場所がある? ならばいっそ道にしてしまうのはどうだろう……」
「あの、領主様、ユウヒは悪くないんです」
「あの、報酬を」
「……あの運び屋に道案内を頼めば意外と現実的に道を作ることができるかもしれんな……」

 やはり、領主は戻ってこない。
兄妹も何とか領主に話を聞いてもらおうと話続けて、場は混沌としてきた。

 領主を連れて入室してきた後無言で控えていた衛兵は、このままでは不味いと判断。
状況打破するための一手を打つ。

「領主様、報告いたします!」

 突如大声を発した衛兵に驚く兄妹。
領主はその声を聞いて、表情を引き締めて衛兵に向き直った。

「どうした!?」
「そこの者たちが困惑しております。今はお話の続きを」
「おお、すまないな。またやっていたか」

 よくあることなので慣れている衛兵によって、自分の世界から戻ってくる領主。
展開についていけない兄妹はポカーンとその様子を眺めていた。
領主は兄妹に改めて話しかける。

「有用な情報だ。感謝する。報酬を渡そう」

 金貨十枚を袋に入れて兄に渡す領主。
兄はそれを受け取って礼を言った。

「ありがとうございます」
「ただ、追加で頼みたいことがあるのだが、引き受けてもらえないだろうか」
「頼みたいこと、ですか?」

 怪訝な顔をする兄妹。
領主に仕事を依頼されるようなことに心当たりがない。
領主はちょっと悪戯を仕掛けるような笑みを浮かべて、兄妹に告げた。

「森を荒らしたと思われる容疑者をここまで連れてくる必要がある」
「……! 私がユウヒを捕まえるんですか? 無理ですよ!」
「そうではない、衛兵を向かわせる。ただ、顔がわかっているものがいないからな。面通しと道案内を頼みたいのだ」
「そんな、私にはできません」

 恩人を重要参考人として連れてくる話を裏切りと捉えて、領主の頼みを受けることを躊躇する兄。
しかし、領主が次の発言をした瞬間。

「街道を馬車で隣街に行くからな。一週間くらいはかかる。報酬は連れてきた時点で金貨五十枚出そう」
「私たちにお任せください!」
「おお、助かる。では、出発の日時などは追って伝えるから準備しておいてくれ」
「あれ?」

 食い気味に答えた妹が勝手に元気よく頼みを受け入れて、領主も任せてしまったので諦めざるを得ないのであった。

 その後、衛兵に送り出されて邸宅から退出した兄妹。
うだうだ言っている兄も、領主の仕事を請け負ったからにはやらざるを得ない。
旅支度の準備を進めるのであった。
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