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運び屋『兎』の休日

幕間 初めての友達会

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 自分の街に戻ったユウヒは街に入る前にカバの召喚を解除し、門を抜けて領主邸宅に向かう。
門の前にはいつもの門番が警備に当たっていた。

「お疲れ様でーす」
「ああ、運び屋だな。領主様に取り次げばよいか?」
「お願いします」

 最近何度も領主邸宅には訪れているし、領主からユウヒを通して良いと通達も出ている。
門番はそのままユウヒを引き連れて邸宅の敷地内に歩く。
邸宅のドアを開けて中のメイドに引きつぐと、今度はメイドに連れられて執務室に向かった。
ドアを開けて入室するユウヒ。

「失礼します」
「『兎』か、無事配達できたか?」
「はい、もちろん。こちら届け先からの返事のお手紙です」
「わかった、いい仕事をしてくれたな」
「お仕事完了ですね、運び屋『兎』またご利用」
「待ってくれ」
「ください?」

 仕事の完遂を報告し、決め挨拶をしてカッコつけようとしたユウヒの礼を止める領主。
中途半端に礼をしたところでポーズ固まったまま、間抜けな声をあげるユウヒ。
そのままのポーズで顔を上げて領主を見た。

「あ、すまん……姿勢直してくれ」
「はい」

 姿勢を直しかけたところに、拝まんばかりの勢いで領主がユウヒに頼み事をした。

「頼む、娘のところに寄って行ってくれないか」
「はい?」

 領主令嬢とは会う約束をしている。
時間できたら遊びに行きたいなーと思っているユウヒだが、ここで依頼されるのは意外だった。
領主は言いづらそうに続ける。

「いや、運び屋『兎』が会いに来れるようにした、と娘に伝えてしまってな」
「はい、この前門番さんも通してくれました」

 実際伝達が行き届いている様子で、メイドや執事もユウヒの顔を見ても気にする素振りは見せなくなっていた。

「しかし、仕事の依頼ばかりで娘には結局会えていないだろう」
「そういえば、そうですね」
「ここにはよく来ている、とメイド達から聞いてしまったらしくてな」
「そうですね、隠してないですしね」

 うんうん、とうなずくユウヒを見て領主は項垂れる。

「そうすると、娘に言われるわけだ。私ばかりずるい、と」
「ずるいですか?」
「ああ、かなりこっぴどく言われたよ。お前にどうしても会いたいらしい」

 ユウヒは自分も会いたかった領主令嬢がそこまで会いたいと思っていてくれたことにちょっと嬉しくなっている。

「それじゃあ会ってきますね」
「ああ、頼む。部屋まではメイドに案内させよう」

 チリンチリン、とハンドベルを鳴らすとメイドが部屋に入ってくる。
領主がメイドに指示を出すと、またユウヒは部屋の外に連れ出された。

 前回令嬢の部屋にはバルコニーから入ったため、正面入り口から入ったことはない。
領主邸宅も執務室以外には行った事がないので、キョロキョロ見回しながらメイドについていく。
階段を登り、奥に進み、部屋の前に着いた。
コンコン、とメイドがノックする。

「お嬢様、入ってよろしいでしょうか」
「どうぞ、大丈夫よ」

 メイドが開けたドアに一緒に着いていくユウヒ。

「失礼します」
「失礼しまーす」

 メイドに続いて挨拶しながら部屋に入るユウヒ。
奥で編み物をしていた令嬢だったが、ユウヒの間伸びした挨拶を聞くとガバッと凄い勢いで振り返った。

「運び屋さん!?」
「あ、うん、こんにちは」

 勢いに押されたじろぐユウヒに構わず、令嬢は問い詰める。

「やっと会いにきてくださったのね! お父様のところばっかり来ていて私に会いに来てくれないなんて、ひどいじゃないですか!」
「ごめんね、お仕事だったんだ」
「仕事と私とどっちが大事ですの?」

 なんの夫婦喧嘩だとメイドが顔を引き攣らせているが、渦中の2人は気づかない。

「お仕事かなあ。お金は大事だよ?」
「そんな、ひどい! と言いたいところですが確かにお金は大事ですわね」

 仕事を即選んだユウヒに納得する令嬢。
ズレた夫婦喧嘩にメイドは脱力し、思わず額に手を当ててしまっている。
ただ、令嬢はその様子には気づかず、ユウヒは気づこうともしないため何事もなく会話が続いた。

「うん、デモンに本も買ってあげなきゃいけないし」
「この間の梟さん! 今日はいらっしゃらないのかしら」

 令嬢は耳を澄まし、あたりを伺うが羽音も聞こえずデモンらしき声もしない。
ユウヒはその様子を見ながら答えた。

「うん、今日はボクが疲れちゃってて。デモンはまた今度ね」
「あなたが疲れていると梟さんには会えないの?」
「デモンはボクが召喚してるからね。魔力無くなっちゃうとこっちこれないんだ」
「まあ、あなた召喚士さんだったの」

 驚く令嬢。
先日は事前にフクロウを召喚していたため、召喚する瞬間には居合わせていない。

「そうだよ。あれ? 言ってなかったっけ」
「言ってないですわ。梟さん連れた運び屋さんってだけでした」
「そっか、じゃあ今日はボクの別の友達挨拶だね」
「友達? ですの?」

 ユウヒの言葉に不思議そうな表情を見せる令嬢。
ユウヒは鞄の中にいる兎を両手で持ち上げて、椅子に座る令嬢の元に移動する。

「膝の上に乗せてもいい?」
「何をですの?」
「ボクの友達」
「わ、わかりました」

 ユウヒは身構える令嬢の膝上に兎を置くと、手をとって兎の背中に触れさせた。
プスっと鼻息をあげるが、大人しく座っている兎。

「ふわあ、なんですの? このもふもふは」
「アリス。兎だよ」
「これが噂の兎さんですの? もっふもふですわ」

 背中から頭にかけて撫でる令嬢。
兎はそれなりに気持ち良いらしく、なすがまま。

 なでなでなでなでもふもふもふもふ。

 一心不乱に兎を堪能する令嬢。
ひとしきり撫でたかと思うと顔を上げて叫ぶ。

「かわいいですわ!」
「よかった、アリスも気持ちいいみたい」

 プスっと同意するかのような鼻息を立てる兎。
いまだ手を離さず、ゆっくりと撫でながら令嬢はユウヒに問いかけた。

「はあ、かわいい……でこの子はあなたの召喚獣なの?」
「うん、そうだよ。契約してる友達」
「召喚するところも見てみたいですわね。ん?」

 令嬢が何かに気付いた様子で首を傾げる。

「この子、今召喚したのですか?」
「ううん、いつも一緒なんだ」
「何故召喚魔法で呼ばないのです?」

 問いかける令嬢にユウヒは軽く微笑みながら令嬢に打ち明けた。

「アリスとボクの契約条件は、いつも一緒にいる事。寂しがりやだからね、離れるとすぐに疲れちゃう」
「あらあら、そしたら召喚獣なのにお家には帰らないの? 甘えん坊なのね」
「そうなんだ、だから内緒にしておいてね」
「内緒ですか?」

 そう、とうなずくとユウヒは令嬢に話しかけた。

「友達の秘密ね」
「友達! ええ、はい、はい! じゃあ、じゃあ、私も何か秘密を……」
「大丈夫だよ、今度教えて。さてっと」

 ユウヒが窓の外を見ると、日が落ちてきて暗くなり始めている。
メイドが明かりを灯して部屋の中は明るくなるが、ユウヒはお暇することにした。

「お仕事終わったことギルドに報告しなきゃいけないから、今日は帰るね」
「そうですか、残念ですけどわかりましたわ。また遊びに来てくださいね」
「うん、またね」

 言うと部屋から出ようとするユウヒ。
帰ろうとしたところで、お得意様へのサービスを思いついて令嬢に近づいて声をかける。

「領主様を怒らないであげてね、ボクのお得意様なんだ」
「ええ、わかりましたわ。手加減しますわね」
「うん、それでいいや。お願いね」
「はい、ごきげんよう。また」

 令嬢が挨拶するとユウヒも挨拶。
見えてないとは思いながら手を振ると、なんとなくの雰囲気で察したのか令嬢も手を振る。

 こうして、お互い楽しく初めての友達会は無事終わったのであった。
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