冷めたコーヒーと寝かせたカレー

花里 悠太

文字の大きさ
上 下
1 / 3

夜明けの窓辺

しおりを挟む
 夕方。

 今日は仕事を早めに上がって帰宅できたので、夕食を作ることにする。
野菜と肉を手早く切って、炒めて鍋に放り込む。
この後カレールーを入れて煮込む。
隠し味のインスタントコーヒーを加えたら、お手製カレーのできあがりだ。
カレーだったら、彼が帰ってきたときに冷凍ご飯をチンしてかけるだけ。
手早くできるし、簡単だし、何より彼の好物だ。

 彼とこのマンションで同棲開始してから一年以上。
出会いは、私が元居た会社。
同僚だった彼からアプローチを受けて付き合い始めた。

 仕事が忙しいようで、いつ帰ってくるかわからない。
彼に帰りを聞くメッセージを送る。
なかなかタイミングが合わないが今日は夜ご飯を食べれるといいな。
彼の喜ぶ顔を思い浮かべて、コトコトする鍋の前で待つ。


 夜が来た。

 カレーが出来あがる。
市販のルーで作ったカレー。
すこし味見するが、普通に美味しい。
こういうのがいいんだと思う。
コンロの火を止めて、鍋にふたをしておく。

 カーテンを手で少し開けて、外を眺めてみる。
五階にある部屋の窓からは、暗くなって街灯で照らされるエントランスが見える。
ぽつぽつと出入りする人達を、ぼんやりと見下ろした。

 彼からのメッセージの返事が来た。

 今日は仕事が忙しくて帰れない、と書いてある。
残念、カレー作って待ってる、と返す。
ごめんね、明日の朝食べるよ、と一言届いた。

 昔の同僚にメッセージを送る。
彼は定時で帰ったと教えてくれる。
仕事じゃないのか。

 そうか、仕事じゃないのか。


 夜が更ける。

 寝ようかと思ったけど、彼のことを思うと眠れない。
夜ご飯にカレーを食べようかと思ったけど、食欲もわかなくて食べれなかった。
さっきまでいい匂いを漂わせていたカレーはすっかり冷めている。
一晩おいたカレーはおいしい、と主張する彼の顔が浮かぶ。

 やはり眠くならない。
ならばいっそ、と、お湯を沸かしてインスタントコーヒーを入れる。
マグカップから漂うコーヒーの香りを感じながら、同じ柄の空っぽのマグカップを眺める。

 眠くならない。
彼と他愛無いおしゃべりするコーヒータイムが思い起こされる。

 時間が過ぎていく。


 夜が明ける。

 結局眠れなかった。
冷めたコーヒーと、一晩寝かせたカレー。
結局帰ってこなかった。

 だんだんと明るくなっていく外から差し込む朝日の光。
眩しさに浮かぶ涙を拭いつつ、窓から入り口を眺めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

処理中です...