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第1話 兄と妹の思い
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俺は神も仏も信じていない。もし神様がいるとしても、それは他の人のところだ。俺のところに来たことはないし、気が狂うほど祈っても、俺の願いを一つだって叶えてはくれなかった…。
願いを叶えてくれるならもう神様じゃなくてもかまわない、どんな代償があってもいい…。頼むから…俺から妹を奪わないでくれ…
妹が入院している病室で俺がそんなことを考えていると、不意に妹から声をかけられた。
「なんで私だけ、こんな病気になっちゃったんだろうね? 遺伝性が強いんだってこの病気…」
病室のベットの上で、妹の真波が俺をじっと見て、そう呟く。
「遺伝じゃなくても、この病気になることもあるんだぞ」
俺は妹の言葉に内心ギクリとしながら、今日も苦しい言い訳を繰り返す。
黒目がちな大きな瞳に、背中まである長くサラサラな黒髪。今にも溶けて消えてしまいそうな雪のように白く透き通った肌。この儚げなほど美しい少女が、俺の妹の真波だ。
妹は俺と血が繋がっていないことを知らない。病気で亡くなった伯母の赤ちゃんを、俺の両親が引き取ったからだ。俺が3歳のときに1歳の妹を引き取ったので、俺は自分に妹が出来た日の感動をよく覚えている。仲の良い兄妹として育ち、妹は俺にべったりのブラコン美少女に成長した。
だがある日、妹が発病した。伯母と同じ病気だった、治療法のない難病が遺伝したのだ。
俺と両親は愕然とした。でも話合って「たまたま妹がその病気になってしまっただけ」それで押し通すことに決めた。自分だけが家族と他人だと知れば、妹が傷つく。それだけは絶対に避けたかった…。
ところが利発な妹は、おかしい?と察っしているのだろう、たまにこんな風に聞いてくる。
「お兄ちゃん、週末は来れないんだよね?」
「ごめんな、大事な用事があるんだ。父さんと母さんは来るから、お兄ちゃんがいなくても泣くなよ」
俺はそう言って、妹の頭をぐりぐりと撫で回す。
「泣かないよ!? いくつだと思ってんのバカ! 用事って、まさかデートじゃないよね?」
嫉妬丸出しで、じとりとした疑いの目を向けてくる妹の真波。
「そんなわけないだろ、彼女いないのに!?」
「そっか、そうだよね! お兄ちゃんは、彼女いない歴=年齢だもんね!」
ホッとしたように、嬉しそうにぷークスクスと笑い出す妹。
「生まれ変わったら、お兄ちゃんの恋人になってあげるよ、さみしい兄の救済のために」
「何いってんだバカ、もうすぐ退院だろ。元気になったら、イケメン彼氏候補でも家に連れて来い、俺がダメ出ししてやるから全員!」
妹の真波はもうすぐ退院予定だ。だが病気が治っての退院ではない。「余命わずかなので、後はご自宅で」というやつだ。だが妹にはそのことは伝えていない…。
そんな妹が『生まれ変わったら』…なんて口にするのを聞いて、俺の心臓は抉られるように痛んだ。
「なにそれ! 全員ダメ出しされたら、ずっと彼氏できないじゃん! バッカじゃ…」
器用に怒りながら笑う妹の真波。だが突然ゴホゴホと咳き込む。
「大丈夫か真波!?」
「ゴホッ…お兄ちゃんがバカなこと言うからむせただけ。お詫びにジュース買ってきて!」
俺は慌てて妹の背中をさする。
難病というのは治す手術も薬も存在しない病気のことだ。あるのは病気の進行を抑える薬だけ。だが薬は副作用が強く、服用すると今度は副作用にも苦しむことになる…。
なのに妹の真波は、俺にも両親にも辛いとか苦しいとか泣き言を言わなかった。身体は元気ではないが、心はいつだって明るく笑顔を絶やしたことがない。
「わかった、わかったから…もう喋らずに寝てろ!」
背中にクッションを当てベットに上半身を起こしていた妹。俺は妹をベットに寝かせると、病院の売店に行こうと病室の入り口のほうへと歩き出す。すると俺の後ろ姿に、妹が声をかけた。
「迷惑かけてごめんね…毎日お見舞いにこなくても大丈夫だよ、受験生なんだから…」
「フッ、妹よ、俺にかかれば高校受験など余裕だ!」
俺は中二病を患った男子のような口調で、ポーズをキメながら返答する。実際は大学共通テストの模試の結果も悪かったが、そんなことは今はどうでもいい。
すると、それを見た妹の真波が可笑しそうに破顔した。そのままでも可愛いが、妹は笑うとさらに可愛い。不意打ちの笑顔に、俺の心臓がトクンと撥ねた。
ほんのりと染まる頬を見られないように、妹に背を向け病室のドアに手をかけた時。
「大好き…、お兄ちゃん」
ふいに漏れた妹の言葉が耳に響いて、ドキンとして俺の足が止まる。
「ハイハイ、真波は俺の大好きな妹だよ(棒読み)」
俺は照れ隠しに、振り返らずに手だけ振って棒読みで答えた。
ほんのりどころか顔が真っ赤になってしまい、振り返ることが出来なかったのだ。いつもの他愛のないやり取りのはずなのに。なぜか『大好き…』って言葉がいつまでも耳から離れない。
「もう~お兄ちゃん、心がこもってない~! 罰としてプリンも追加ね!」
俺の背中に向けて、ムキ~!と怒った声で注文を増やす妹の真波。
「ハイハイわかったよ、近くのコンビニまで行ってくるよ」
俺はそう言って足早に病室を出る。
振り返らなくても妹が今どんな表情をしているのかわかる。唇を突き出して不満そうにアヒル口をしている妹の顔が浮かんで、思わず口元が綻ぶ。
願いを叶えてくれるならもう神様じゃなくてもかまわない、どんな代償があってもいい…。頼むから…俺から妹を奪わないでくれ…
妹が入院している病室で俺がそんなことを考えていると、不意に妹から声をかけられた。
「なんで私だけ、こんな病気になっちゃったんだろうね? 遺伝性が強いんだってこの病気…」
病室のベットの上で、妹の真波が俺をじっと見て、そう呟く。
「遺伝じゃなくても、この病気になることもあるんだぞ」
俺は妹の言葉に内心ギクリとしながら、今日も苦しい言い訳を繰り返す。
黒目がちな大きな瞳に、背中まである長くサラサラな黒髪。今にも溶けて消えてしまいそうな雪のように白く透き通った肌。この儚げなほど美しい少女が、俺の妹の真波だ。
妹は俺と血が繋がっていないことを知らない。病気で亡くなった伯母の赤ちゃんを、俺の両親が引き取ったからだ。俺が3歳のときに1歳の妹を引き取ったので、俺は自分に妹が出来た日の感動をよく覚えている。仲の良い兄妹として育ち、妹は俺にべったりのブラコン美少女に成長した。
だがある日、妹が発病した。伯母と同じ病気だった、治療法のない難病が遺伝したのだ。
俺と両親は愕然とした。でも話合って「たまたま妹がその病気になってしまっただけ」それで押し通すことに決めた。自分だけが家族と他人だと知れば、妹が傷つく。それだけは絶対に避けたかった…。
ところが利発な妹は、おかしい?と察っしているのだろう、たまにこんな風に聞いてくる。
「お兄ちゃん、週末は来れないんだよね?」
「ごめんな、大事な用事があるんだ。父さんと母さんは来るから、お兄ちゃんがいなくても泣くなよ」
俺はそう言って、妹の頭をぐりぐりと撫で回す。
「泣かないよ!? いくつだと思ってんのバカ! 用事って、まさかデートじゃないよね?」
嫉妬丸出しで、じとりとした疑いの目を向けてくる妹の真波。
「そんなわけないだろ、彼女いないのに!?」
「そっか、そうだよね! お兄ちゃんは、彼女いない歴=年齢だもんね!」
ホッとしたように、嬉しそうにぷークスクスと笑い出す妹。
「生まれ変わったら、お兄ちゃんの恋人になってあげるよ、さみしい兄の救済のために」
「何いってんだバカ、もうすぐ退院だろ。元気になったら、イケメン彼氏候補でも家に連れて来い、俺がダメ出ししてやるから全員!」
妹の真波はもうすぐ退院予定だ。だが病気が治っての退院ではない。「余命わずかなので、後はご自宅で」というやつだ。だが妹にはそのことは伝えていない…。
そんな妹が『生まれ変わったら』…なんて口にするのを聞いて、俺の心臓は抉られるように痛んだ。
「なにそれ! 全員ダメ出しされたら、ずっと彼氏できないじゃん! バッカじゃ…」
器用に怒りながら笑う妹の真波。だが突然ゴホゴホと咳き込む。
「大丈夫か真波!?」
「ゴホッ…お兄ちゃんがバカなこと言うからむせただけ。お詫びにジュース買ってきて!」
俺は慌てて妹の背中をさする。
難病というのは治す手術も薬も存在しない病気のことだ。あるのは病気の進行を抑える薬だけ。だが薬は副作用が強く、服用すると今度は副作用にも苦しむことになる…。
なのに妹の真波は、俺にも両親にも辛いとか苦しいとか泣き言を言わなかった。身体は元気ではないが、心はいつだって明るく笑顔を絶やしたことがない。
「わかった、わかったから…もう喋らずに寝てろ!」
背中にクッションを当てベットに上半身を起こしていた妹。俺は妹をベットに寝かせると、病院の売店に行こうと病室の入り口のほうへと歩き出す。すると俺の後ろ姿に、妹が声をかけた。
「迷惑かけてごめんね…毎日お見舞いにこなくても大丈夫だよ、受験生なんだから…」
「フッ、妹よ、俺にかかれば高校受験など余裕だ!」
俺は中二病を患った男子のような口調で、ポーズをキメながら返答する。実際は大学共通テストの模試の結果も悪かったが、そんなことは今はどうでもいい。
すると、それを見た妹の真波が可笑しそうに破顔した。そのままでも可愛いが、妹は笑うとさらに可愛い。不意打ちの笑顔に、俺の心臓がトクンと撥ねた。
ほんのりと染まる頬を見られないように、妹に背を向け病室のドアに手をかけた時。
「大好き…、お兄ちゃん」
ふいに漏れた妹の言葉が耳に響いて、ドキンとして俺の足が止まる。
「ハイハイ、真波は俺の大好きな妹だよ(棒読み)」
俺は照れ隠しに、振り返らずに手だけ振って棒読みで答えた。
ほんのりどころか顔が真っ赤になってしまい、振り返ることが出来なかったのだ。いつもの他愛のないやり取りのはずなのに。なぜか『大好き…』って言葉がいつまでも耳から離れない。
「もう~お兄ちゃん、心がこもってない~! 罰としてプリンも追加ね!」
俺の背中に向けて、ムキ~!と怒った声で注文を増やす妹の真波。
「ハイハイわかったよ、近くのコンビニまで行ってくるよ」
俺はそう言って足早に病室を出る。
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