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番外編

最後の依頼

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 初回の講義を終えて、講堂から出たところでアヴィオール学長に声をかけられた。

「フォッフォッ、シリウス名誉教授。見事な講義だったの。その素晴らしい魔法学を是非とも論文でまとめてほしいのだが…」

 周りにはまだ誰も居なかった。
 目が開いてるのか開いてないのかわからないけど、アヴィオール学長はしっかり私を見て言ってる。

「論文ですか…。まぁ、まとめるだけなら構いませんがね。ただ文章で理解するには難しいと思いますが」

「フォッフォッフォッ。しかしながら文字に記せば、後世にも伝わる。名誉教授の余りある魔法知識を少しでも世に知らしめたいんだの」

「……」

 私は女になってシリウスって世の中に発表してから、誰も信じていない。
 アルファルドやオクタン、エルナト先生は除いて…、全てに警戒してる。足元を掬われないように。

「ここでは周囲の声がうるさいからの、少し話をしたいんだが…、場所を変えるかのぉ」

 講義も終わって、講堂内が騒がしくなってる。

「えぇ、いいでしょう」
 
 アヴィオール学長の後に着いて、移動した。


 
 着いたのはアヴィオール学長の教授塔。最上階にあるこの部屋に来るのは何回目だろう…。

「それで…、俺に話とは何の事ですか?」

 応接セットのソファーに腰掛け、アヴィオール学長と対面に座った。

「SSS級冒険者でもある名誉教授に、折り入って依頼をしたいのだが…」

「依頼…?」

 ソファーに座ったアヴィオール学長はどこか思い詰めた顔をしてて…、手を前で組んだまましばらく考え込んでた。

「申し訳ありませんが、俺は冒険者業は引退してます。ただ、SSS級冒険者という肩書きだけは残っていますが…。ロイヤルマスターとなった今は、依頼を受ける事はしていません」
 
 悪いけどきっぱりと断わらせてもらう。
 この人が私に依頼して来るなんて珍しいけど…、こんなの受けてたらキリがないし。
 タラゼドにもタウリ経由で話はつけてある。

 アヴィオール学長はしばらく沈黙してから、また静かに話し出した。
 
「実はの…、以前に教えてもらった古代アイテムの事だがの」
「古代アイテム?…あぁ、アルキオネ神竜宝珠の事ですか?」
「わしもあらゆる手を尽くしたが…、現段階で入手する事は、不可能に近くてのぉ…」

 まぁ、そうだと思うよ。あれって結局、ゲームでも在り処はわかったのに、アヴィオール学長が手に入れる事はなかったし。
 しかもアルキオネ神竜宝珠って、アルタイル帝国にはないんだよ。目的地に行くだけでも、相当な時間がかかるからね。

「はあ…」
「それを是非とも。シリウス名誉教授にお願いしたいのじゃ」
「先ほども申し上げましたが、俺は冒険者業は引退してるんです。そうじゃなくても、SSS級の依頼報酬は超高額ですよ」
「わかっておるの。だが、しかし…、それでも、わしが生きている内にどうしても手に入れなければならんのだの…」
「………理由をお聞かせ願いますか?」

 アヴィオール学長は油断ならない人だからね。
 もし世界征服したいとか、全ての魔法属性を手に入れたいとかさ、そんなんだったら絶対お断りだよ!
 
「理由か…。今ではもう、意味などないがのぉ…。ただ、あやつの夢を…実現したいだけじゃ…」
「約束、とは…?」

「それはの、──。」






 学長室からの帰り道。

 私はとぼとぼ回廊を歩いてた。

「…アトリクスっ」

「っ、アルファルド…?」

 とっくにサークル時間になってて、周りに人は少なかった。私を探してたのか、アルファルドは走ったまま駆け寄ってきた。

「…どこに、行っていたんだ?…お前の姿が見当たらな─っ!」

 アルファルド見た途端、たまらなくなって…人目も憚らずその場で抱きついた。

「…どうしたんだ?」
「……」
「…アトリクス?」

 ふわっと香る石鹸の匂いに、胸がぎゅっと締め付けられた。

「ごめん…、アルファルド…。しばらく、家には帰れないや…。外に出てくるよ…」
「…外?どういう事だ?」
「俺の…、冒険者としての、最後の依頼だ」
「…シリウス卿の?お前、冒険者は辞めたんじゃ…」
「俺が個人的に受けた依頼なんだ」
「…一体、誰の…」

 またアルファルドにぎゅっと抱きついた。
 

 
『今はもう、ヤツも生きておらん。夢半ばで死んだ馬鹿な奴じゃ…。ヤツはずっと追い求めておった…、幻の精霊の存在を…』
 
 
 アルファルドに抱きつきながら、アヴィオール学長の言ってた言葉を思い出した。

 アヴィオール学長の旧友だった人。
 精霊って、この世界では存在しないんだ。ゲームのミティストでは話にも出て来なかった。おとぎ話とか神話クラスの夢物語。
 学長の旧友って人は、その精霊を探す旅の途中でモンスターに襲われて亡くなったみたい…。

「人って…本当にさ、わからないね…」

 その人はもう…、いないのに…。
 それでも学長は、そこまでして叶えてあげたいんだ…。

「…こっちを向け、アトリクス」

 言われて、顔だけ上をあげた。

「…そんな顔、するな…」
 
 相当しみったれた顔してるんだろうな…。

 屈んだアルファルドが私の頬に手を添えて、ゆっくり顔の角度をずらしながら近づけてきた。

「んっ…」

 触れた薄い唇の感触が心地良くて、アルファルドに抱きついたまま、夢中になって唇を合わせた。


 自分の浅はかな考えを反省してた。

 この胸に蟠る切ない気持ちを、少しでも解消したくて…、アルファルドが与えてくれる温もりに縋りついた。


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