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一時の安らぎ 1

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「いつでもアートを迎え入れる準備出来てるからさ! 旦那様の隣の部屋ももう整えてあるし、卒業したらすぐに公爵家へ嫁入りしなよっ!」

 広くて綺麗になった公爵家のテーブルに晩餐を笑顔で並べながら、リタさんがまた突拍子もないこと言ってる。

 なんでリタさんがまだ料理を担当してるかって疑問だけど……、アルファルドに聞いたら一度料理に薬が盛られてたって話だった。
 それがわかってからリタさんがめちゃくちゃ怒ったらしく、アルファルドの料理はやっぱり自分が作るって全てやってるみたい。  
 だから今も使用人達はみんな下がらせて、私達だけしかいない状態。

「えっと、うん。ありがとう、リタさん」

 私もにっこり笑いながら返事を返すけど……、未だに本気で言ってるのかわからないんだよね。 

 アルファルドは知ってるからいいけど、リタさんやベッテルさんにはまだ私が女だって話してないのに、本当に男の私を迎え入れるつもりなのかな?
 とりあえずゲームのエンディング迎えるまでは下手なこと言えないから、私も差し障りない返事を返して誤魔化してるんだけど。
 
「…アトリクス、後でお前の部屋に案内する」

 席に着いて食べ始めて直ぐに、アルファルドが私に話を振ってきた。

「あぁ、それがいいね。アートの好みもあるだろうからねぇ。変えてほしいトコがあるなら遠慮なく言っとくれよ」 
「えぇ、そうでございますねぇ。後日、仕立て屋も呼んでおきましょう」

 同じく席に着いたリタさんとベッテルさんも私に向かって話してて、私は驚きに食事の手を止めて3人の方を見た。

「え……? ねぇ……あのさっ、マジで? 本気で言ってるの?!」

 思わず本音がポロッと出ちゃったよ。

 他の使用人の前だったから合わせる為に話作ってるのかと思ってたのに……、この人達は本当に男の私を迎え入れる話をしてるし。

「やだねぇ、冗談だと思ってたのかい! あはははっ……! そんな訳ないだろ? アート以外誰がお嫁に来るってのさっ」

 笑いながら言ってるリタさんに他の2人も頷いてる。
 
「いや、そう……なの……?」
「…お前が何かをする必要はない。その身一つで来ればいい」

 アルファルドの方見て確認するけど、軽めに笑って当たり前のように話してる。

「えぇえぇ。お気になさらずお越しください。我々で全て揃えさせていただきます」

 アルファルドは全部知ってるけど、リタさんとベッテルさんは私のこと何も知らない。
 なのにここまで受け入れてくれるなんてどういうこと??
 昔からの臣下であるリタさんとベッテルさんなら、普通は公爵家存続の為に反対する筈なのに。

「あ……や、ちょっと待って!? 俺って男で……しかも平民なんだよ?! そんな簡単に認めちゃっていいの!? それにアルファルドは公爵なんだよ!?」

 焦ったように疑問も込めて私の正面に並んで座ってるご老人二人を見た。
 正面の二人はまるで孫でも見てるみたいに穏やかな顔して私を見てる。

「そうさね…………昔の私らなら絶対反対してただろうね。世間体だとか体裁だなんだって馬鹿みたいなこと言って、無理矢理引き裂いてただろうよ。……でもさ、ここに来るまでに余りにも色んなことがありすぎたのさ…

「えぇ……。この偏屈な老人二人の考えが変わるには十分な程の出来事がございましたからね……。流石の年寄りも頑丈だった心が、随分、疲弊してしまいました……」

 昔を思い出すみたいに語り出したリタさんとベッテルさん。重々しく語られる言葉に、二人の心情がすごく伝わってくる。

 確かに人生観が変わるくらい、大変な毎日だったと思うよ。
 そうだよね……、アルファルドだけじゃなくて、このお2人も物凄く苦労してきたんだもんね。

「人間なんて利用価値の無くなった者には驚くほど冷たく、非情になるもんさ。私らはそれをイヤってくらい間近で見てきたからね」
「旦那様も我々も、ずっと息を潜めて生きて参りました。旦那様が皇室からアカデミアへ入学しろと通達が来た時には肝を冷やし、他の貴族からどれほど迫害を受けるのかと心配でたまりませんでしたよ」

 正面に座って真剣な顔して話してるリタさんとベッテルさんは、昨日のことみたいに語ってる。
 この二人の話が聞けるのはなんだか貴重だな。ミティストでもほとんど出て来てなかったし。

「それなのにアートはさ、初めから旦那様に偏見も持たずに……ずっと側で支えてくれたんだろう? アートがいてくれて旦那様も私らも、どれだけ救われたかわからないよ」

「その通りでございますよ。ご友人が出来たと聞かされ、旦那様のご様子が明らかに和らいでこられたことに我々も大変安心いたしました。……アートさんの存在は旦那様にとって必要不可欠なのです。どこかの貴族のご令嬢ではとても代わりなど務まりませんよ」

「……っ!」

 アルファルドの唯一の家族でもある忠臣お二人の言葉がもう嬉し過ぎちゃって、食事の場なのにウルウルして言葉に詰まった。

「それにさっ、こうして公爵家が復興できたのもアートのおかげなんだろ? 私らが何も知らないとでも思ってたのかい? 本当にさ、アートには感謝してもしきれないんだよっ!」
「えぇ、リタの言う通りです。アートさんだからこそ、我々も性別や身分など関係なく快くお迎えしたいのでございますよ」

 二人の笑顔が眩しくて、溢れてくる涙を隠すように思わず下を向いた。

 誰かに認めてもらいたくてやってた訳じゃないのに、こうして感謝される事がこんなに嬉しいだなんて思わなかった。
 
「ふ、くっ……うぅ……! リタさん……、ベッテルさん……、あ……りが……と……」
「ちょいと泣くんじゃないよ! 年取ると涙脆くなっちまうんだからさっ」

 私が制服の袖口で涙拭いてたら、リタさんまでエプロンで目頭を拭ってる。

「へへ……、ごめん。まさか二人が……そんな風に思っててくれてたなんて……思わなくて……」

 涙を拭いて笑顔で顔を上げた。

「…アトリクス」
「なんかさ、アルファルドのご両親に認められたみたいで……、めちゃくちゃ嬉しいんだ」

 本当に嬉しくて涙目でアルファルド見ながらまたニコッと笑った。
 エプロンで目頭拭いてたリタさんが鼻をすすりながら口を開いた。

「嬉しいこと言ってくれるね……。恐れ多いけど、先代の旦那様や奥様もきっと……同じように仰ってくださることだろうよ……」
「誠に……。御二方とも、旦那様の幸せを、誰よりも願っておりましたからね……」

 ベッテルさんもしみじみ話してて、スッとハンカチで目元を拭ってた。

「お二人とも、ありがとうございます。俺……アルファルドのこと、絶対幸せにしてみせます!!」

 ニコッと笑って2人に宣言した。
 
「…俺はお前がいるだけで、十分幸せだ」

 アルファルドも照れくさそうにそっぽ向いてたのに、いつの間にかこっち向いて見惚れるくらい綺麗に微笑んでる。

「っ、アルファルド……」

 思いもよらず言われた3人の言葉に、ピリピリしてた自分の心が落ち着いてくのを感じる。

 ありがとう、みんな……
 寧ろ救われたのは私の方なんだよ。

 いつもの美味しい晩餐もなんだか塩辛くて、しんみりしながら終わった。
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