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ドラコニス公爵家救済計画 3

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 魔法誓約書……これは誓約書に書かれた内容を無視して誓約を破ったりすると、死に値する程のかなり厳しい罰が下る仕組みになってる。
 
「フォッ、これで誓約が成立したのぉ」
「……」

 アルファルドが無言で紙をアヴィオール学長へ渡してる。
 
 ほんとに凄い……! アルファルドって苦労してる分しっかりしてるよ。
 アヴィオール学長に魔法誓約書まで書かせるなんて、たぶん私にはできなかったな……

 学長はまるで宝物でも貰ったみたいな顔して、折ってあった紙を慎重に開けて、食い入るみたいに中身を読んでた。

「…行くぞ、アトリクス」
「あ……、うん」

 アルファルドが私の腕を掴んで、急かすように扉へと向かって行く。
 アヴィオール学長に背中を向けて歩き始めてると、ふいに背後から声を掛けられた。

「……ところでアトリクス君。君は卒業後はどうするのかのぉ?」

 急に話し掛けられて、私は足を止めた。
 アルファルドは急かすように腕を引っ張ってるけど、学長を無視するわけにもいかないよ。

「卒業後、ですか? さぁ、どうでしょう……」

 振り返ってうやむやに話した。
 アヴィオール学長はまた机に肘をつけて両手を組んでる。

「フォッフォッ。君さえ良ければ、卒業後アカデミアの教授に推薦しようかのぉ。それだけの頭脳と知識を埋もれさせるのは、人類にとって大いなる損失となるの」
「あ、アカデミアの教授!?」

 さっきとは打って変わって落ち着いたアヴィオール学長は、すっかりいつもの冷静さを取り戻してた。

 突然すぎる意外な申し出に、私は立って学長を見たまま呆然としてる。

「フォッフォッフォッ! アカデミアは実力主義じゃ。身分や地位は一切関係ないのぉ。まぁ君には関係ないことじゃが……」
「せっかくの申し出ですが……俺、魔法はからっきしで――」
「フォッフォッ、
「……」

 朗らかな顔してるけど、ホントに食わせ者だね。
 目を細めてアヴィオール学長を見た。

 どこまで気づいているんだろう……それともただのハッタリなのか。
 読めないな。
 
「…我々の用事は済んだ。…不要な口出しは許さんっ!」
「あ、アルファルド……?」

 怒気を含んだ口調で掴んでた腕を、今度こそ強引に引っ張って、部屋の入り口へと向かった。

「フォッ、返事はいつでも構わんの。待っておるぞ……」

 扉を開けて閉まる寸前にアヴィオール学長の声が聞こえて、遠ざかっていった。

 バタンと閉まった扉を後に、アルファルドはまだ私の腕を掴んで廊下を進んでく。

「アル、ファルド? どうした?」
「……」

 ずんずん進んでいくアルファルドは全くこっちを見ないし、私の問いかけにも反応がない。

「アルファルド? ……アルファルドってば!」

 階段の下降口手前まで来て私の声にようやく足を止めた。
 ゆっくり後ろを振り返って私を見てる。

「どうしたんだよ……、怒ってるのか?」
 
 止まったまま私の腕を掴んでる反対側の手で、自分の口元を押さえてる。

「………怒る? ………俺が……?」

 よくわからないけど、何かに戸惑ってるみたいにも見えた。

「違うのか? だって、急に……」

 掴んでた腕に力が籠もる。
 アルファルドの顔を見るけど、表情は全くわからなくて……ただアルファルドの様子を伺うことしかできなかった。

「…これは……いや、……違うっ!」

「あっ…! アルファルドっ!?」

 しばらく考えてたアルファルドは私の腕からバッと手を離し、振り返ることもしないで一人で階段を下りて行ってしまった。
 
「……アル……ファルド……」

 アルファルドが去った後、私の言葉だけが響いて、辺りはシー……ンと静まり返ってる。

 なんで? 本当にどうしちゃったんだろう……私が何か気に触ることでもしたかな?

 もしかして私みたいな平民が、アカデミアの教授に推薦された事が不愉快だったのかな。
 
 せっかくアルファルドが学長と対峙してくれて、ポーション販売もできるようになったのに。

 胸の奥に、重くて苦い感情が流れ込んでくる。
 
 ハァ……、やっぱり、うまくいかないや……
 
 私は階段の下り口に立ったまま、しばらく動くことができなかった。


 ◇


 次の日。
 
「隣いいか? アルファルド」
「……」

 属性別の講義だから数名しか生徒はいない。
 特に今は始業前の早い時間だから、私とアルファルドくらいしかまだ講堂にいなかった。
 アルファルドは相変わらず隅の席に座って頬杖ついて外を見てた。

 ニコッと笑って、窓際を見て返事のないアルファルドの隣に普通に座った。

「昨日はありがとな」
「……」
「お前が着いてきてくれて助かった!」
「……」
「なぁ……、あの後どうしたんだ? 急に帰ってさ……」
「……」
「俺、何か気に障ることでもしたか?」
「……」

 ――全然こっちを見てくれない。

 理由はわからないけど、まだ怒ってるのかな……
 頬杖ついて窓の外ばっかり見てるアルファルド。
 まるで初めの頃に戻っちゃったみたい。

 椅子に座ってアルファルドの方をずっと見てるのに、私なんて居ないみたいにアルファルドはひたすら窓の方を向いてる。

 うまく笑顔が作れないや。

 なんでだろう……初めだって完全に無視されてて、もっとひどかったのに……

 今はこうして相手にされないことが、スゴく悲しくて虚しい。
 
「……アルファルド。……なんで……だよ……」

 どうして私を見てくれないの? なんで拒絶するの?
 他の誰でもない……貴方に嫌われることが……こんなにもツラい。

 こっちを振り向いてくれないアルファルドを見てることができなくて、机に向き直ったまま下を向いて俯いた。

 自分でもよくわからないモヤモヤした重い気持ちが私の思考を支配してて、胸がキリキリ締め付けられるみたいに苦しい。

「……っ」

 こんなに近くにいるのに、ものすごく遠くに感じる。
 私の独りよがりだったのかな……仲良くなれたと思ってたのに。

「………アトリクス」
 
 すぐ近くでアルファルドの声が聞こえたけど、私は俯いたまま顔を上げられなかった。

 やだっ……! こんな顔見られたくないよ!

 勢いよく席を立って、逃げるように講堂の入り口に向かって走り出した。

 誰もいない廊下を走って回廊まで出て、庭園を通って裏庭まで走った。

 あ……ここは、アルファルドがいつも一人で本読んでた場所だ。

 自分でも知らない内にこんなとこまで来てた。
 
 ハァ……、バカみたい。
 大したことじゃないのに、講義すっぽかして逃げてきて。

 目の前がボヤケて、我慢してた涙がポロポロと溢れてくる。
 アルファルドがいつも寄りかかってる木の下で、私も膝を抱えて蹲った。

 やっぱり私には友達になる事なんてできないのかな……?
 私は本来男じゃないし、どうしても違う感情が邪魔して……このままじゃアルファルドを傷つけちゃうかもしれないよ。

「…アト……リクス……」

 私が蹲ってるすぐ上で、息を切らした声が聞こえた。
 気配でわかってたけど、動く気にもなれなかった。

「……アトリクス」

 なんで追いかけて来たのかわからない。
 もういっそ、そのまま無視し続けてくれれば良かったのに。
 
 アルファルドは名前は呼んでくれるのに、それ以上話すことはしなくて……
 私も話す気分になれなかったから、その状態のまま黙ってた。

 少し沈黙が続いて、それでもアルファルドは戻ったりしなくて……私は諦めたみたいにポツポツと話を切り出した。
 
「……ごめん。俺……、嘘つきだ……」
「……」
「お前に、無視されても……諦めないで、追いかけるなんて言ったのに……」
「……」
「やっぱり、お前が話してくれないと……すごく、ツラい……」

 言い終わって、辺りがシーンと静まり返ってる。
 膝を抱えてうずくまってる私の横で立って話を聞いてたアルファルド。
 そのまま腰を下ろして、私のすぐ隣でアルファルドも座った。

「………すまない」

 アルファルドは謝りながら蹲ってる私の肩を抱いてて、自分の方に引き寄せてる。 

 え……?

 突然の行動に驚いて涙も止まった。  
 私の耳の直ぐ側でアルファルドの心地良い低音が聞こえた。

「…お前は悪くない。俺が……」

 アルファルドはそれ以上言葉が続かなくて、私は顔を上げて直ぐ側にいるアルファルドを見た。

「怒ってないのか?」

 アルファルドも私の方を見てて、何か言いたいのに言葉にならないような……考えてるみたいな様子だった。

「…俺にも……、よく……わからない。…だが、怒ってる訳じゃない……」
「ホントか?」
「…あぁ」

 不思議……。さっきまで絶望的な気分だったのに。

 アルファルドの一言で、胸につかえてたわだかまりが一気に払拭されて気持ちが軽くなった。
 
 まだ涙目だけど嬉しくて、間近にいるアルファルドに向かって微笑んだ。

「お前に……嫌われてなくて、良かった……」
「――」
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