上 下
110 / 392

ドラコニス公爵家 6

しおりを挟む
'

 楽しくて美味しい晩餐も終わって、浴槽を借りてお風呂へ入らせてもらった。
 お風呂も質素だったけど、ちゃんと石鹸も置いてあって、これがアルファルドの匂いかと興奮しちゃったよ。
 この石鹸てアルファ商会で置いてる一番高級なヤツで、毎回食料と一緒に入れといたヤツだった。
 使ってくれてるんだ…嬉しいな。

 上機嫌でサッパリして持ってきた寝間着に着替えた。普通のシャツとズボンだけど、一応新品を持ってきたんだ。
 何かあるわけでもないけど、アルファルドとの初お泊りなのに、使い古した寝間着で迎えるのは嫌だっていう乙女心だよね。

「アルファルド、先に風呂ありがとうな!次入って来いよ」

 タオルで髪を拭きながらアルファルドの私室へ戻った。客人だからとわざわざ一番風呂を頂いてしまった。
 お風呂も一箇所しかないからさ。

「…あぁ。暇だろうからこれでも読んでろ」

 机に座ってたアルファルドが立ち上がって、私にボロボロの本を渡してくれる。

「ん?ありがとう。え?……コレって!」
「…公爵家に代々伝わる相当古い文献だ。…これしかもう書物も残ってないが、かなり複雑な古代語で書いてある。…俺も少ししか読めないが…」
「“野草で作る回復薬のおすすめ”だって!嘘だろ!?」
「……お前、こんな古代語まで読めるのか」

 あれ?そういえば普通に読める。
 私も小さい頃から古代語をエルナト先生から習ったけど、その時はチンプンカンプンだったのに。

「あ?…あぁ、そう。たぶん…習ってたんだよ、古代語」
「…よくわからんが、読めるなら話は早い。…これに関して、誰も解読出来なかったみたいだ。…もしかしたら、ポーション作りのヒントが書いてあるかもな…」
「こんな貴重なもの借りていいのか?!」
「…あぁ」
「ありがとうっ!アルファルド!」

 渡された本をそっと抱きしめながら、嬉しくて笑顔いっぱいでアルファルドにお礼を言った。

「……行ってくる」

 またアルファルドはそっぽを向いたまま部屋を出て行った。
 ふふっ、照れ屋さん。

 私はベッドに座ってルンルン気分でその文献を開いた。
 読んでいく内にルンルン気分はすぐに吹き飛んだ。

 そこには驚くことにポーションの作り方が書いてあった。しかもポーションだけじゃなくてハイポーションや毒消し薬や、万能薬の作り方まで全て載ってた。

 信じられない思いで夢中になってページを捲って、全て頭に叩き込んでく。

 時が経つのもすっかり忘れて、ブツブツ言いながら読み耽ってようやく最後まで読み終えた。

「ハァ……」
 
 この本を読んだ後の達成感。頭がまだ本の世界から帰ってこないみたいな不思議な感覚に浸ってた。

「…ようやく読み終えたか」
「あ…アルファルド?」
  
 ベッドに端に座ってる私の背後から声がして、振り返るとバスローブ一枚のアルファルドが横になって寝てた。
 バスローブの胸元が大きく開いてて、肘をついて頭を支えながら私を見てる。
 
「なっ…おい!ちょっと、誘ってんのかよ!そんな格好してっ!!」

 その姿に私は一気にかぁーと赤くなって、ベッドから勢いよく立ち上がった。

「…いつもなら裸で寝てるが、お前がうるさそうだから着た」

 ベッドの上でアルファルドが裸で寝てる姿を想像して、顔がさらに真っ赤になる。

「は、裸って!」
「……想像するな。…習慣だから仕方ないだろ」

 心の中を読まれたみたいで、熱くなった私は貸してもらった本でパタパタと自分の顔を仰いた。

「そ…そっか」
「…読み終えたなら寝るぞ」
「ね、寝る!?あ、あぁ…そうだな……」

 柱時計を見るとすっかり夜も更けてて、自分がどれだけ夢中になって読んでたのかが良くわかる。

「…火を消すぞ、早く来い」
「え?…俺、床で寝るよ?ほら、枕も持ってきてる」

 持ってた本を枕元に置いて、荷物入れた袋から持ってきた自分の枕を取り出してアルファルドに見せた。
 本気でアルファルドと一緒に寝ようなんて考えてなかったから、ちゃんと自分の枕を持ってきてた。公爵家に何もないのは知ってたしね。
 
「…床なんて汚いだろ」
「俺は気にしないって。下に敷くものもあるし…」
「…俺が気にするんだ。…客人を床に寝かせられるか」

 寝そべってたアルファルドが起き上がって、ベッドのすぐ脇でゴソゴソしてた私の手を引くから、勢い余ってベッドに縺れるみたい倒れ込んだ。

「わっ…!」

 うわっ!!うわ…うわぁぁぁああー!!!
 
 倒れ込んだすぐ先にアルファルドの胸元があって、お風呂上がりの石鹸の良い匂いがしてパニック状態。
 何とか大声あげて叫びそうな声を、両手で口を抑えて押し殺した。

 フッと燭台の火が消えて、辺りが薄暗くなる。

「…ほら、寝るぞ」
「いや、ちょっと近いっ!」

 あまりに近い距離に、私の方が顔を真っ赤にしながら慌てて正面を向いて天井を見る。

「…うるさい」
「う……悪い…」

 履いてた内履き脱いで、言われるままアルファルドの隣で横になった。
 近づくとアルファルドに何を仕出かすかわからないから、近づいてた距離を少し空けた。






 薄暗い闇の中。


 ベッドで横になったまま、二人で仰向けになって天井を見てる。


 夜の静寂が耳に痛いくらい響いてて、でも…お互い口を開かなかった。


 私も隣でアルファルドが寝てるって状況に動揺し過ぎて、無心になる為に全然違うこと考えるようにしてた。

 
 しばらくの沈黙の後、アルファルドの方から口を開いた。

 

 
「……お前は……」

「ん…?」

「…お前は…なぜ、俺に近づいた?」

 静かに語り出したアルファルドはずっと天井を見てて、私は顔だけアルファルドの方に向けた。

「…俺には…何もない、爵位しか残っていない…名ばかりの公爵だ…」

「……」

「…それに…、世間では…いない者として扱われ、存在することすら…拒まれている……」

「……」

「…お前の目的は、わからないが……俺と、関わらない方がいい…」

 アルファルドはやっぱり天井見たまま話してて、こっちを向いてくれない。
 静かに口に出された言葉が胸に痛い。

 こんな悲しいこと、言ってほしいわけじゃないのに…。
 この人をここまで追い込んでる周りの人間が許せない!

 気持ちとは裏腹に、私はなるべく穏やかな口調で笑顔で…アルファルドに話しかけた。

「俺、さっき言ったよな?お前と友達になりたいんだ…」

「……」

 クルッと体を反転してベッドでうつ伏せて肘付いて起きあがった。こうじゃないと顔が良くわからないし。

 アルファルドはまだ天井見たまま、何かを考えるみたいにしばらく黙ってた。

 私もそれ以上何も言えなくて、その状態のままアルファルドを見てた。
 アルファルドはすごく辛そうに話を切り出してる。

「…俺は……誰も、信用しない…」

 ポツポツと自分の気持ちを一つずつ確認するみたいに、言葉を絞り出してる。

「…不義も背信も……裏切られるのはもう、たくさんだ。今まで、どれだけ絶望してきたか……」

「……っ」

「……それに…友人なんて…俺には、必要ない…」

 布団から上半身だけ起き上がったアルファルドは、顔を片手で覆ってて…すごく辛そうに話してる。

 抱きしめて…そんなことないって慰めてあげたいけど…多分、それは違うんだよね。

 私も起き上がってベッドの上で正座して、アルファルドに向き合う。
 ……私の言葉なんて届かないのかもしれないけど。


「いいぜ、別に。信用してくれなくても」

「……」

「イヤなら…今まで通り避けてくれて構わない。話しかけなくても、無視しててもいい」

「……」

「お前が望まないならな」

 アルファルドは同じ姿勢で、顔を覆って辛そうにしてる。
 それだけ彼にとって傷の深い出来事。いつまで経っても消えないし、無くならないよね。
 
「でもさ、俺は変わらないよ」

「……」

「今まで通りお前に付き纏うし、嫌がられても無視されても…お前のこと諦めないでずっと追いかけるから!」
 
 ニコッと笑ってアルファルドに話した。
 ぽっと出の私が、簡単に踏み込める領域じゃないのはわかってる。

 こんなこと言ったらまた振り出しに戻っちゃうかな…それでも、仕方ないか…。

 これが本当の気持ちだから嘘はつきたくないし、今更離れることもしたくない。

 アルファルドは手を顔から外して、ゆっくりこっちに顔を向けた。

「…お前は…どうして……」

 俯き加減で話すアルファルド。表情はわからない。

 
「アルファルドが好きだから」


 私は穏やかに微笑んでアルファルドを見つめた。
 

「……なぜ…俺なんだ…」

「人を好きになるのに、理由なんて必要か?」

「……」

 アルファルドは無言で私を見てて、私もわかってもらいたくて真摯な顔をアルファルドに向ける。

「俺は、お前が好きだ。大好きだ。公爵でも平民でも奴隷でも…お前がなんだろうと構わないっ。俺が求めてるのはアルファルドっていう一人の人間だけだ」
  
 性別も身分も名前も…。
 嘘だらけの私だけど、この気持ちだけは信じてほしい。

しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

悪役令嬢を拾ったら、可愛すぎたので妹として溺愛します!

平山和人
恋愛
転生者のクロエは諸国を巡りながら冒険者として自由気ままな一人旅を楽しんでいた。 そんなある日、クエストの途中で、トラブルに巻き込まれた一行を発見。助けに入ったクロエが目にしたのは――驚くほど美しい少女だった。 「わたくし、婚約破棄された上に、身に覚えのない罪で王都を追放されたのです」 その言葉に驚くクロエ。しかし、さらに驚いたのは、その少女が前世の記憶に見覚えのある存在だったこと。しかも、話してみるととても良い子で……? 「そういえば、私……前世でこんな妹が欲しかったって思ってたっけ」 美少女との出会いが、クロエの旅と人生を大きく変えることに!?

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...