上 下
109 / 392

ドラコニス公爵家 5

しおりを挟む
'

 ベッテルさんが鐘を鳴らして呼んでるダイニングルームへとやって来た。
 ここも最低限の燭台しかなくて広いのに部屋全体は薄暗い。
 長いダイニングテーブルがあるけど、椅子は上座近くに4つしかなかった。

 そこにベッテルさんとは別に一人の女性が立ってた。

「良く来てくれたね。私は給仕係のリタだよ」

 こちらも白髪をお団子にしたお婆さんだけど、随分元気そうな感じ。
 男勝りな切符のいい母さんみたいな女性だった。

「初めまして!俺はアトリクスって言います。アートって呼んで下さい!よろしくお願いします、リタさん」
「よろしくね!…ねぇ、あんたは平民なんだろ?良くアカデミアへ入れたね」 
「これリタ。旦那様のご友人だぞ」
「ハハッ、気にしないで下さいベッテルさん。俺、魔法は全然だけど頭だけはまあ良かったんで、運良くアカデミアへ入学出来ました」

 テーブルの上にはシリウスわたしが送った様々な食材で作った料理が並んでた。
 どれも美味しそうで、見てたらお腹がぐぅ~と鳴っちゃった。

「おや、ごめんよ。お腹空いただろう?食材だけはシリウス様のおかげで沢山あるから、遠慮なく食べとくれ!」
「…そうだ。話は後にしろ」

 ベッテルさんに席に案内されて腰掛けた。

「…星々の神と敬愛すべきシリウス卿に感謝を込めて」

 食べる前に三人は両手を握って、アルファルドが唱えてる。

 いや、ちょっとかなり恥ずかしい。…もう、穴があったら入りたいくらい。
 一応形だけ手を握って、何とかやり過ごしたよ。
 
「さぁ、召し上がれ」

 リタさんやベッテルさんも席に着いて、みんなで食べ始めた。アルファルドは上座、私はその斜め左で、ベッテルさんとリタさんは反対側の席に並んで座ってる。
 貴族ではかなり珍しいスタイルだよね。普通は使用人と一緒になんて食べないから。
 
「いただきます!……んっ!美味いっ~!!」
「ふふっ、美味しいかい?」

 一口料理を口に入れて思わず声が出る。口の中が美味しい味でいっぱいになって思わず笑顔になっちゃう。

「めちゃくちゃ美味しい!リタさん料理上手だね!」
「あら~嬉しいねぇ。みんな何も言わないからさぁ、そう言って美味しそうに食べてくれると張り合いがあるよ」
「えっ?そうなの?」

 アルファルドの方を見ると確かに黙々と食べてる。

「…食事は静かに取るものだ」
「えぇ、つまんないだろ。そんなの!」
「…それがマナーだ」

 アルファルドの言ってることは最もで、貴族は和気あいあいと食事を囲んで食べるなんて庶民みたいなことはしない。

「ここには俺達しかいないし、みんなで食べてるんだからマナーなんてどうでもいいだろ?」
「…良くない」

 一応応えてはくれてるけど、アルファルドはやっぱり静かに優雅にナイフとフォークを使い食事を食べてる。

「俺は平民だからそんなの気にしないね。楽しく食べた方が絶対美味しいし!」
「…料理の味と楽しさは関係ない」

 アルファルドの言葉に、ふと昔の事が頭を過ぎった。
 交通事故のあと、病院から退院して叔父夫婦に引き取られる少し前、誰もいない家で車椅子に座って一人でご飯を食べてる風景。
 
「…バカだな、関係あるんだよ…一人で食べるご飯なんてさ、ホント味気ないから…」

 人の気配も音も何もないリビングで、ただ義務的に口に物を入れて、砂でも飲み込んでるような…そんな感覚だった…。
 
 俯いて少しだけ干渉に浸りながら、私も食べる手を止めた。
 つい前世の事を思い出しちゃった…。

「……お前…」

 ハッとして顔を上げると、みんなこっちを見てて…何だかしんみりした空気が流れ出したから、無理やり笑顔をつくって話題を変えた。

「いや…ま、とにかくそういうことなんだ。あと、お前じゃなくてアートって呼んでくれ」
「…………またそれか」
「呼んでくれるまでしつこく言うからな」

 言い合いをしてると、リタさんが突然挙手をして質問してきた。

「そういえば、旦那様とアートはどうやって仲良くなったんだい?」

 その質問に私も共感する。

 私はアルファルドと友達だって勝手に思ってるけど、アルファルドって私のことどう思ってるのかな?

「あ、それ。俺も聞きたい!」

 私も挙手して上座のアルファルドの方を見た。

「……なぜ、お前もなんだ」
「だって気になるだろ?俺の片思いなんて嫌だし」
「片…どうしてそうなる」
「はいはーい!ちなみに俺はアルファルドとずっと友達になりたくて、毎日口説いてました!それが実って、ようやくこうしてお屋敷まで足を運べるようになりました!」

 そこで二人からささやかな拍手が巻き起こった。

「……なっ」

 急な事態に驚いたのか、アルファルドの食事の手が止まった。

 リタさんなんかエプロンで目頭を拭ってるし。
 ベッテルさんも黙々と食べてたけど、同じくナフキンで目元を拭いてた。

「っすん…。ありがとうね、アート。旦那様は訳ありだからさ、なかなか良い友達に巡り合わなくてね。母親代わりの私としては心配してたのさ」
「ドラコニス公爵家に危機が訪れ、周りからの非難も苦境も全てを一身に背負われておりました。わたくし共としましては、隣で支えて下さる方を求めておりました」

「……ベッテル、リタ…やめるんだ」

 行儀悪いけどその場に立ち上がって私は宣言する。

「お二人共ご安心下さい!俺が必ずアルファルドを幸せにしてみせますっ!!」

「……おい」

 アルファルドは手を止めたまま、宣言してる私を呆れた様子で見てる。

「まぁ本音は、俺がアルファルドの側にいたいだけなんですけどね」
 
 座ってるアルファルドの方を向いて笑顔で話した。
 アルファルドはやっぱりふいっとそっぽを向いてしまったけど。

 正真正銘の本心だから信じてほしいなぁ。 
 これを聞いたベッテルさんとリタさんがさらに涙ぐんでる。

「うぅ…良かったね、旦那様。…こんなに思ってもらって…良い人見つけたよ…」
「はい。老い先短いわたくし共も、これで安心致しました…」
「……嫁を貰ったわけでもないのに、安心するのはやめてくれないか」

 顔を手で覆って困ってるアルファルドと、涙ぐんでるご老人二人。

 良かった。
 ちゃんとアルファルドのことを思ってくれてる人が、こんなに近くにいたんだね。
 それがわかっただけでも嬉しいや!

 その後も笑いながら楽しく食事が続いた。


しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...