上 下
33 / 35

33

しおりを挟む
'

 ティアーナとアイシャは馬車に乗り、リアンタールの首都を出ていた。
 王宮のある場所からはかなり離れた。
 ティアーナは馬車の荷台から哀しげな瞳で、過ぎ去った首都を見る。
 こうして人混みに紛れて何度も移動すれば、追っ手が来たとしても捜索するのは難しくなってくる。
 初め来たときみたいに水路を使うより、こうして陸路を移動する方が安全だ。
 ティアーナの心にアーサーへの想いが複雑に入り組む。だが自分で離れると決めた以上、ティアーナは余計な想いは断ち切ることにした。

「お嬢様。眼鏡を外さないようにフードも目深に被りましょう」

 馬車に乗りボソッと隣に座っていたアイシャが囁く。台車は広く荷物も乗っていたが人も何人か乗り合っていた。
 
「そうね。国境を超えるまで油断はできないわ…」

 旅人を装っているが、やはり女二人の移動は危険を伴う。ティアーナとアイシャは寄り添いいつの間にか眠りについていた。

 

 先に目を覚ましたのはアイシャだ。もう夜も更け馬車が宿場町に停まった。
 リアンタールの首都からかなり離れた港町でティアーナも起こし、二人で馬車を降りた。

「今日はここで宿を探しましょう」

「えぇ。そうね」

 馬車の荷台から降り代金を払う。遅い時間だったが港町は人も多く宿屋もまだ空いていた。
 
「いらっしゃい。お二人様だね。二階の角部屋が空いてるよ!」

 女将から鍵を貰い、二階の階段を上がり部屋に付いた。

「ふぅ…ようやく布団で寝れますね…」

「そうね。明日からまた移動だから、早めに休みましょう」

 長い馬車での移動は心身を疲弊させた。2つ並んでいるベッドに一人ずつ座り、疲れた身体をベッドへと沈めた。

 特にティアーナの心中は複雑で、いけないと思いながらアーサーの上着を密かに荷物に入れ持って来ていた。
 もう二度と会わない人だから、返す事は出来ないがアーサーの私物を手放す事が出来なかった。
 未練を残したくはなかったが、どうしてもお世話になった宿屋に置いていくことが出来なかった。

(アーサー様……貴方と生涯を共にすることは、どうしてもできないのです…)

 まだアーサーに触れられた感覚が色濃く残っている身体を抱きしめた。

 国を捨てた王女が、一国の王太子殿下になれる訳もない。
 それでもアーサーはティアーナが居れば無理にでも話を進めただろう。
 傾いた小国、魔女の呪い…ティアーナを娶ることに何の得も利益もない。ティアーナとて王族の端くれ。自分が王家の血を引いて生まれた時から、女としての幸せなど無いとわかっていた。

 ベッドに横たわり無言で何かを考えているティアーナを、隣のベッドで座っていたアイシャが心配そうに見ている。

「ティアーナ様…」
 これで、良かったのでしょうか──。

 アイシャは隣でティアーナの様子を見ながら、その言葉を飲み込んだ。
 主の言葉は絶対だ。
 ティアーナに着いて行くと決めた時からアイシャに迷いはない。
 ただ、悲しそうなティアーナの表情を見ているとアイシャは思わずそんな言葉が口から出掛かった。

 グッと堪え、努めて明るく振る舞う。

「明日は更に遠距離の馬車旅ですからね。お尻が痛くならないよう、なるべく柔らかい荷物を床に引きましょう」

 笑いながらティアーナに話すアイシャ。
 ティアーナも横目でアイシャに視線を移しながらフッと微笑む。

「ふふ…アイシャの言う通りだわ。気をつけなくちゃね」

 ティアーナが笑ってくれた事にアイシャはホッとする。
 
「お疲れでしょうから、そろそろ休みましょう。火を消しますね」

 アイシャはベッドから立ち上がり燭台を消した。仄かに灯っていた明かりが消え、室内が暗く映る。

「お休み、アイシャ」
「はい。お休みなさいませ、ティアーナ様」

 ベッドへ潜り布団を掛け目を閉じた。
 眠れないかと思っていたが、ティアーナの眠気は意外なほど早く訪れた。
 スッと寝付いたティアーナとは反対に、アイシャは横で寝ているティアーナのベッドを見ながら思考を巡らせていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

お兄様から逃げる方法

tsuyu
恋愛
伯爵令嬢のフローリアには、四人のお兄様たちがいる。 恋人のシーフと会うことを邪魔されるフローリアは、無事にお兄様たちから逃げる事が出来るのか!? 逃亡ラブコメディー!

雇われ妻の求めるものは

中田カナ
恋愛
若き雇われ妻は領地繁栄のため今日も奮闘する。(全7話) ※小説家になろう/カクヨムでも投稿しています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

婚約破棄される前に逃げます

monaca
恋愛
没落令嬢のわたくしと婚約した意味がわかりました。 婚約破棄されるまえに、わたくしは逃げます。

一日5秒を私にください

蒼緋 玲
恋愛
【第一部】 1.2.3.4.5… 一日5秒だけで良いから この胸の高鳴りと心が満たされる理由を知りたい 長い不遇の扱いを受け、更に不治の病に冒されてしまった少女が、 初めて芽生える感情と人との繋がりを経て、 最期まで前を向いて精一杯生きていこうと邁進する第一弾。 【第二部】 境遇を悲観せず前向きに生きること、 テオルドに人を想う感情を起動させ、 周りとの関わりを経てユフィーラは命を繋いだ。 王国内での内輪揉め問題や国内部の黒い部分。 新しい命との邂逅。 人伝に拡がる保湿剤からの出逢い。 訳アリ使用人達の過去。 楽観主義でも大切な人達の為に時には牙を剥くユフィーラ。 更に拡がった世界で周りを取り込んでいくユフィーラ節第二弾。 その他外部サイトにも投稿しています

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

処理中です...