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しおりを挟む「師匠…一つ言いますが、私は敵ではありません」
ギルバートはアイシャを一瞥すると、出した湿布や包帯を棚にしまっていく。
「お前が敵じゃないのはわかってる」
後ろを向きながら淡々と話していくギルバート。こんなことを言うなんて珍しい。
もっとボロクソに言われるかと思った。
「だが、怪しいのも事実だ。疑われたくないなら、お前の正体を明かせ」
振り返ったギルバートは、真剣な眼差しをアイシャに向ける。
ギルバートの言わんとしていることはわかる。
確かに自分達は怪しい。身元もはっきりしていないし、全てが偽りだらけだ。
それを見破るギルバートは流石と言いたい。
本当なら、全てぶちまけてしまいたい。
自分のこともティアーナのことも。
色々考えて強くなろうと努力もしてきた。
だが、やはり一人では限界があるのだ。
ここで、ギルバートにティアーナが一国の王女だと明かしたら一体どうなる?
棚に寄りかかり、腕を組んで見下ろされる。
見透かされているような視線がイヤで、つい逸らしてしまう。
「…………」
「言えないのは、疚しい事があるからだろう?違うか?」
「……師匠」
「なんだ」
逸らした視線をもう一度ギルバートに戻す。ギルバートは相変わらずアイシャを真っ直ぐに見ていた。
「いつか…話しますが、今はまだその時ではないんです。だから、もう少しだけ待ってもらえますか?」
「その時はいつ来るんだ?」
何時、かなんて、こっちが聞きたい。
いつまで逃げればいいのか、どこまで逃げればいいのか……アイシャが教えてほしい。
どうすればティアーナが幸せになれるのだろう。
自分が男なら、もっと早く問題は解決するのに。
はぁ、とため息をつく。
あの公爵に嫁いでも、アーサーに嫁いでも……結局幸せになれるかなんてわからない。
どこに嫁に行っても、苦労はするものなのだ。
「いつかなんて、そんなの………私にもわからないです。私が決められないんですから……」
椅子に座ったまま、床を見ながら話す。つい言葉を濁す。はっきり言えないのはツラい。
アイシャはティアーナに従うだけだ。自分に決定権などない。それについてなんの不満もない。
「お前は、面倒なヤツだな」
「師匠に言われたくないです。もう帰っていいですか?」
「さっさと帰れ」
用済みだとばかりの言葉にカチンとくる。
(あんたがしつこく問い詰めてきたんでしょうが!)
突っ込みたいことは有り余るほどあるが、アイシャは呑み込んだ。
また文句を言って引き留められるのも面倒だからだ。
とりあえずようやく帰れる。ようやく解放される喜びに、勢いつけて立ち上がった。
その瞬間、クラっと眩暈が起きる。
(あ、倒れる……)
そう思ったら、倒れる前にギルバートに抱き止められる。
「あっ……師匠……すみま………」
駄目だ……世界が揺れている。
ギルバートの背中にしがみつきながら、沸き上がる眩暈の気持ち悪さに耐える。背中に回した腕が痛んで、余計に吐き気が酷くなる。
「どうした?」
間近に聞こえる声に答えられない。
冷や汗が流れて、とにかく気持ち悪い。
「おい」
荒い息を吐きながら、目を瞑って耐えることしか出来ない。
次第に力が入らなくなって、ズルズルと身体が下がっていくが、ギルバートが抱き上げてくれたおかげで床に倒れずにすんだ。
そしてギルバートは抱き上げたまま無言で歩き出す。
口で荒く呼吸していると、少しだけ気持ち悪さが楽になってきた。
たぶん貧血を起こしてしまったみたいだ。
冷や汗も次第にひき、閉じていた目をゆっくり開ける。目の前にはギルバートの横顔が斜めに見える。
揺られている感覚があるから、移動しているんだとわかる。
「あ………師…匠……」
カツカツと廊下に響く音。
少し外に目をやると、救護室から出て外へ続く回廊にまで移動していた。
先ほどまでの症状が落ち着いて、すっかり元に戻った。
「師匠……もう、大丈夫です……」
アイシャの言葉を無視して、ギルバートはどんどん歩いていく。
もちろん遅いとはいえ王宮なので、巡回の騎士や衛兵などもいるのだが、みんな驚愕の表情で目を見開いてアイシャ達を見ていた。
そんな視線を物ともせず、颯爽と歩くギルバートにアイシャは焦る。
「師匠!大丈夫ですから、降ろして下さい!」
若干暴れ気味に話す。こんな見せ物みたいなのは嫌だ。後で噂される。ギルバートにとってもこれは良くない。
しかし鍛え上げているギルバートには、アイシャの抵抗など全く効果はない。
「暴れるな。まだ顔色が悪い。今日はこのまま送る」
このまま送る?この体勢のまま?嘘でしょ?
思わずマジマジとギルバートを凝視してしまう。
「正気ですか?」
「ああ」
何てことない風に言いながら、どうやらギルバートは馬車置き場まで向かっているようだ。
この人はやはり鋭いのか鈍いのか、本当にわからない人間だ。
「師匠…わかりましたから……降ろし──」
て下さい、という言葉は発せられなかった。
何故なら、進む方向から会いたくない人物が現れたからだ。
ギルバートを敵対視している、海の騎士団を統括しているもう1人の王国騎士団長。
溟海の騎士と呼ばれるガウェイン=ウォーカーその人だったから。
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