19 / 35
19
しおりを挟む
「そういえば、アーサー様はご婚約者様はいらっしゃらないのかしら?」
顔を上げてアイシャに訪ねる。アイシャは顎に手を当て、少し考えてから、口を開く。
「そうですね……確か、いらっしゃらなかったと思いますよ?明日師匠に会ったら聞いておきましょうか?」
「……そうね……」
「ティアーナ様?」
椅子に座り、俯いたまま、ティアーナは思い詰めた顔をしている。
「………アイシャ」
「はい?」
「もし、私が………」
言いかけて、ティアーナは口を噤む。それ以上は言ってはいけない気がして思い止まった。
「ティアーナ様、逃げ出したければいつでも言って下さい!貴女が幸せになれない未来など意味はありません」
真っ直ぐにティアーナを見つめるアイシャ。
幼い頃から一緒に暮らしてきたアイシャには、ティアーナの心情などお見通しだ。
「アイシャ……」
「貴女様は難しく考え過ぎです。私達はすでに逃げてしまっているのですよ?もういくら逃げても変わりません。こうなったら地の果てまで逃亡してやりましょう!」
拳を握りしめて力説するアイシャに、ティアーナは笑ってしまう。
本人は大真面目なのだが、突拍子もない極端な考えが今のティアーナには救いだった。
このまま逃げ出せればどれ程いいか。
できることなら、誰とも一緒にならずアイシャと二人で、年老いるまでどこか遠い田舎町で、何にも囚われず平和に暮らしたい。
「貴女が一緒に居てくれて、本当に良かったわ」
にこりと華が咲いたように笑うティアーナは、やはり王族の気品に溢れている。
その笑顔にアイシャは見とれる。
「とりあえず、明日情報収集して参ります。アーサー様の婚約者の有無並びに、他の側妃等を望んでおられるのであれば、迷うことなく即刻ここから立ち去りましょう!」
「……えぇ、そうね。もし、そうであれば、私はここにいてはいけないわ」
アイシャを使って申し訳ないが、色々と判断するにはそれが一番良い。
初めに自分達のことを話すにはリスクが多すぎる。
まずは相手の同行を伺わないと。
そしてもし、少しでも不安材料があるのなら、逃亡も視野に入れなくては。
とりあえず、逃亡に関してはアイシャの情報を聞くまで一端保留にした。
確かにしがらみのない今、逃げることならいつでも出来る。
お金もだいぶ貯まっているし、今度逃亡するなら大都市ではなく、片田舎に住むことにしよう。
働くことばかり視野にいれていたが、人が多いのはやはりダメだ。
自給自足でも良いから、人目につかない場所を探そう。
その日の夜、再び二人は念のための綿密な逃亡計画を練る。
地図を広げ、候補地に×印を付けていく。
だいたいの目星は着いた。お世話になった女将さん達には申し訳ないが、事情を説明出来ないので、逃亡するなら夜中に逃げ出さなくてはならない。
その時にはお礼と手紙も置いていくつもりだ。
さすがに疲れたので、支度を終えすぐ就寝した。
真夜中、ティアーナは夢を見る。
自分は鬱蒼とした暗い森の中で迷子になり、お気に入りのぬいぐるみを持ちながら泣いていた。
怖いし、一人で心細いし、この森から抜け出せるかわからない恐怖に涙が止まらない。
すると、いきなり一人の男の子が現れる。
顔は詳細は良くわからないのだが、とても綺麗な子だというのはわかる。見たこともない髪色で、優しくティアーナに手を差し伸べる。
次はなぜか広い湖にいた。二人で座って、沢山お話をした。
その子がぽつりぽつりと自分の話をしている。
内容は良くわからないが、泣きそうな苦しそうな顔をしていたから、居ても立ってもいられなくて、その子を抱きしめた。
また場面が変わり、今度はその子と指切りをしている。約束が何かわからない。
ただ、その子がとても嬉しそうな顔をしていたことに満足した。
目の前が眩しくなり、覚醒する。
「ティアーナ様、おはようございます」
アイシャがカーテンを開き、朝日が燦々と輝いている。
ティアーナはベッドの上で、今見た夢を思い返していた。
(あの子が、もしかしてアーサー様?)
ぼんやりとしか思い出せない。
夢で見た場面も、現実にあったことなのか、かなり曖昧だ。
ただ、なんとなく思い出した。
従兄弟の家に遊びに行き、そこで迷子になったこと。
「ティアーナ様?大丈夫ですか?どうしました?」
ベッドの上で、起き上がったまま動かないティアーナをアイシャは心配そうに覗き見る。
「……昔の夢を、見たの………たぶん子供の頃で、アーサー様らしき男の子と出会った時の………」
「ではやはり、間違えないのですね」
「わからない。はっきりとは思い出せないの」
なんだかスッキリしない。
この思い出せそうなのに、思い出せないもどかしさが気持ち悪い。
ベッドの上で額に手を当てていると、アイシャが近づいて手を握ってくれる。
「焦る必要はありません。もしかしたら、思い出さないほうがいいかもしれませんし」
昨日散々逃亡計画を練ったのだ。
思い出したところで、どうにもならないことだってある。
アーサーの笑顔が頭を過り、少し胸がズキッと痛んだ。
「そうね……もう考えるのはやめるわ。とりあえず支度しましょう」
その痛みに気付かない振りをして、ティアーナはベッドから降りる。
ティアーナとアイシャは仕事の準備に取りかかった。
顔を上げてアイシャに訪ねる。アイシャは顎に手を当て、少し考えてから、口を開く。
「そうですね……確か、いらっしゃらなかったと思いますよ?明日師匠に会ったら聞いておきましょうか?」
「……そうね……」
「ティアーナ様?」
椅子に座り、俯いたまま、ティアーナは思い詰めた顔をしている。
「………アイシャ」
「はい?」
「もし、私が………」
言いかけて、ティアーナは口を噤む。それ以上は言ってはいけない気がして思い止まった。
「ティアーナ様、逃げ出したければいつでも言って下さい!貴女が幸せになれない未来など意味はありません」
真っ直ぐにティアーナを見つめるアイシャ。
幼い頃から一緒に暮らしてきたアイシャには、ティアーナの心情などお見通しだ。
「アイシャ……」
「貴女様は難しく考え過ぎです。私達はすでに逃げてしまっているのですよ?もういくら逃げても変わりません。こうなったら地の果てまで逃亡してやりましょう!」
拳を握りしめて力説するアイシャに、ティアーナは笑ってしまう。
本人は大真面目なのだが、突拍子もない極端な考えが今のティアーナには救いだった。
このまま逃げ出せればどれ程いいか。
できることなら、誰とも一緒にならずアイシャと二人で、年老いるまでどこか遠い田舎町で、何にも囚われず平和に暮らしたい。
「貴女が一緒に居てくれて、本当に良かったわ」
にこりと華が咲いたように笑うティアーナは、やはり王族の気品に溢れている。
その笑顔にアイシャは見とれる。
「とりあえず、明日情報収集して参ります。アーサー様の婚約者の有無並びに、他の側妃等を望んでおられるのであれば、迷うことなく即刻ここから立ち去りましょう!」
「……えぇ、そうね。もし、そうであれば、私はここにいてはいけないわ」
アイシャを使って申し訳ないが、色々と判断するにはそれが一番良い。
初めに自分達のことを話すにはリスクが多すぎる。
まずは相手の同行を伺わないと。
そしてもし、少しでも不安材料があるのなら、逃亡も視野に入れなくては。
とりあえず、逃亡に関してはアイシャの情報を聞くまで一端保留にした。
確かにしがらみのない今、逃げることならいつでも出来る。
お金もだいぶ貯まっているし、今度逃亡するなら大都市ではなく、片田舎に住むことにしよう。
働くことばかり視野にいれていたが、人が多いのはやはりダメだ。
自給自足でも良いから、人目につかない場所を探そう。
その日の夜、再び二人は念のための綿密な逃亡計画を練る。
地図を広げ、候補地に×印を付けていく。
だいたいの目星は着いた。お世話になった女将さん達には申し訳ないが、事情を説明出来ないので、逃亡するなら夜中に逃げ出さなくてはならない。
その時にはお礼と手紙も置いていくつもりだ。
さすがに疲れたので、支度を終えすぐ就寝した。
真夜中、ティアーナは夢を見る。
自分は鬱蒼とした暗い森の中で迷子になり、お気に入りのぬいぐるみを持ちながら泣いていた。
怖いし、一人で心細いし、この森から抜け出せるかわからない恐怖に涙が止まらない。
すると、いきなり一人の男の子が現れる。
顔は詳細は良くわからないのだが、とても綺麗な子だというのはわかる。見たこともない髪色で、優しくティアーナに手を差し伸べる。
次はなぜか広い湖にいた。二人で座って、沢山お話をした。
その子がぽつりぽつりと自分の話をしている。
内容は良くわからないが、泣きそうな苦しそうな顔をしていたから、居ても立ってもいられなくて、その子を抱きしめた。
また場面が変わり、今度はその子と指切りをしている。約束が何かわからない。
ただ、その子がとても嬉しそうな顔をしていたことに満足した。
目の前が眩しくなり、覚醒する。
「ティアーナ様、おはようございます」
アイシャがカーテンを開き、朝日が燦々と輝いている。
ティアーナはベッドの上で、今見た夢を思い返していた。
(あの子が、もしかしてアーサー様?)
ぼんやりとしか思い出せない。
夢で見た場面も、現実にあったことなのか、かなり曖昧だ。
ただ、なんとなく思い出した。
従兄弟の家に遊びに行き、そこで迷子になったこと。
「ティアーナ様?大丈夫ですか?どうしました?」
ベッドの上で、起き上がったまま動かないティアーナをアイシャは心配そうに覗き見る。
「……昔の夢を、見たの………たぶん子供の頃で、アーサー様らしき男の子と出会った時の………」
「ではやはり、間違えないのですね」
「わからない。はっきりとは思い出せないの」
なんだかスッキリしない。
この思い出せそうなのに、思い出せないもどかしさが気持ち悪い。
ベッドの上で額に手を当てていると、アイシャが近づいて手を握ってくれる。
「焦る必要はありません。もしかしたら、思い出さないほうがいいかもしれませんし」
昨日散々逃亡計画を練ったのだ。
思い出したところで、どうにもならないことだってある。
アーサーの笑顔が頭を過り、少し胸がズキッと痛んだ。
「そうね……もう考えるのはやめるわ。とりあえず支度しましょう」
その痛みに気付かない振りをして、ティアーナはベッドから降りる。
ティアーナとアイシャは仕事の準備に取りかかった。
1
お気に入りに追加
332
あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。


【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。


旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します

だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる