薔薇の呪印 ~逃亡先の王子様になぜか迫られてます

ウリ坊

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「そういえば、アーサー様はご婚約者様はいらっしゃらないのかしら?」

 顔を上げてアイシャに訪ねる。アイシャは顎に手を当て、少し考えてから、口を開く。
 
「そうですね……確か、いらっしゃらなかったと思いますよ?明日師匠に会ったら聞いておきましょうか?」

「……そうね……」

「ティアーナ様?」

 椅子に座り、俯いたまま、ティアーナは思い詰めた顔をしている。

「………アイシャ」

「はい?」

「もし、私が………」

 言いかけて、ティアーナは口を噤む。それ以上は言ってはいけない気がして思い止まった。
 
「ティアーナ様、逃げ出したければいつでも言って下さい!貴女が幸せになれない未来など意味はありません」

 真っ直ぐにティアーナを見つめるアイシャ。
 幼い頃から一緒に暮らしてきたアイシャには、ティアーナの心情などお見通しだ。
 
「アイシャ……」

「貴女様は難しく考え過ぎです。私達はすでに逃げてしまっているのですよ?もういくら逃げても変わりません。こうなったら地の果てまで逃亡してやりましょう!」

 拳を握りしめて力説するアイシャに、ティアーナは笑ってしまう。
 本人は大真面目なのだが、突拍子もない極端な考えが今のティアーナには救いだった。
 
 
 このまま逃げ出せればどれ程いいか。
 できることなら、誰とも一緒にならずアイシャと二人で、年老いるまでどこか遠い田舎町で、何にも囚われず平和に暮らしたい。


「貴女が一緒に居てくれて、本当に良かったわ」

 にこりと華が咲いたように笑うティアーナは、やはり王族の気品に溢れている。
 その笑顔にアイシャは見とれる。

「とりあえず、明日情報収集して参ります。アーサー様の婚約者の有無並びに、他の側妃等を望んでおられるのであれば、迷うことなく即刻ここから立ち去りましょう!」

「……えぇ、そうね。もし、そうであれば、私はここにいてはいけないわ」

 アイシャを使って申し訳ないが、色々と判断するにはそれが一番良い。

 初めに自分達のことを話すにはリスクが多すぎる。
 まずは相手の同行を伺わないと。

 
 そしてもし、少しでも不安材料があるのなら、逃亡も視野に入れなくては。
 


 とりあえず、逃亡に関してはアイシャの情報を聞くまで一端保留にした。
 確かにしがらみのない今、逃げることならいつでも出来る。

 お金もだいぶ貯まっているし、今度逃亡するなら大都市ではなく、片田舎に住むことにしよう。
 働くことばかり視野にいれていたが、人が多いのはやはりダメだ。
 自給自足でも良いから、人目につかない場所を探そう。


 その日の夜、再び二人は念のための綿密な逃亡計画を練る。
 地図を広げ、候補地に×印を付けていく。
 だいたいの目星は着いた。お世話になった女将さん達には申し訳ないが、事情を説明出来ないので、逃亡するなら夜中に逃げ出さなくてはならない。

 その時にはお礼と手紙も置いていくつもりだ。


 
 さすがに疲れたので、支度を終えすぐ就寝した。




 真夜中、ティアーナは夢を見る。




 自分は鬱蒼とした暗い森の中で迷子になり、お気に入りのぬいぐるみを持ちながら泣いていた。
 怖いし、一人で心細いし、この森から抜け出せるかわからない恐怖に涙が止まらない。

 すると、いきなり一人の男の子が現れる。
 顔は詳細は良くわからないのだが、とても綺麗な子だというのはわかる。見たこともない髪色で、優しくティアーナに手を差し伸べる。

 次はなぜか広い湖にいた。二人で座って、沢山お話をした。
 その子がぽつりぽつりと自分の話をしている。
 内容は良くわからないが、泣きそうな苦しそうな顔をしていたから、居ても立ってもいられなくて、その子を抱きしめた。



 また場面が変わり、今度はその子と指切りをしている。約束が何かわからない。
 ただ、その子がとても嬉しそうな顔をしていたことに満足した。



 

 目の前が眩しくなり、覚醒する。

「ティアーナ様、おはようございます」
 
 アイシャがカーテンを開き、朝日が燦々と輝いている。

 ティアーナはベッドの上で、今見た夢を思い返していた。

(あの子が、もしかしてアーサー様?)


 ぼんやりとしか思い出せない。
 夢で見た場面も、現実にあったことなのか、かなり曖昧だ。

 ただ、なんとなく思い出した。
 
 従兄弟の家に遊びに行き、そこで迷子になったこと。

「ティアーナ様?大丈夫ですか?どうしました?」

 ベッドの上で、起き上がったまま動かないティアーナをアイシャは心配そうに覗き見る。

「……昔の夢を、見たの………たぶん子供の頃で、アーサー様らしき男の子と出会った時の………」

「ではやはり、間違えないのですね」

「わからない。はっきりとは思い出せないの」

 なんだかスッキリしない。
 この思い出せそうなのに、思い出せないもどかしさが気持ち悪い。
 ベッドの上で額に手を当てていると、アイシャが近づいて手を握ってくれる。

「焦る必要はありません。もしかしたら、思い出さないほうがいいかもしれませんし」

 昨日散々逃亡計画を練ったのだ。
 思い出したところで、どうにもならないことだってある。
 アーサーの笑顔が頭を過り、少し胸がズキッと痛んだ。
 
「そうね……もう考えるのはやめるわ。とりあえず支度しましょう」

 その痛みに気付かない振りをして、ティアーナはベッドから降りる。

 ティアーナとアイシャは仕事の準備に取りかかった。












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