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しおりを挟むギルバートが去った後、ティアーナはアイシャの寝ているベッドに寄り添う。
アイシャは息も荒く、熱もあるのか顔が少し赤くなっている。
ティアーナは桶に水を汲み、タオルを絞って頭の上に乗せた。
最近のアイシャの様子がおかしかったが、その事が関係あるのだろうか。
もしかしてアイシャが通っていたのはギルバートの元だったということなのか。
ということは、女将の言っていた好きな男とはギルバート?
ティアーナは大きく首を振る。
だとしたらこんな大怪我で帰って来るわけがない。
何か理由があって、アイシャはこの様な姿になったのだろう。
ギルバートも、アイシャに聞けと言ったくらいだから、ここでティアーナがあれこれ考えてもわかる訳がない。
お願いだから、無理はしないでほしい。
死んだように眠るアイシャの隣で先ほどギルバートに渡された袋を見ると、中には薬と服が入っていた。
薬はわかるが、服は男性物のような感じだが、ティアーナにはよくわからなかった。
とりあえず、次に目が覚めたら薬を飲んでもらおう。
ティアーナはテーブルに薬を置き、服は袋に戻した。
そのまま一晩、心配でアイシャの看病をするため、眠れない夜を過ごすのだった。
翌日。
目覚めたアイシャはベッドの傍らで寝ているティアーナを見てビックリする。反射的に身体を動かしたら激痛か走った。
「イッ!つぅ……!」
身体の至るところが痛む。全身が筋肉痛の様にギシギシ痛み、指や手が上手く動かせない。
起き上がろうとしたが、痛みのあまり諦めた。
しばらく考えて、自分は鍛練場で力尽きたのだと悟った。
痛みに耐え、腕を挙げるときちんと手当てされていて、包帯が幾重にも巻いてある。
もしかしてギルバートがここまで色々としてくれたのだろうか。
情けなくなってしまう。
せっかく認めてもらえたのに、しばらくは動くことすらままならない。
早く、治さなくては。
挙げていた手を力なくベッドに降ろすと、その反動で、ティアーナが目を覚ます。
「ん………アイ…シャ?……おはよう……」
「ティアーナ様、おはようございます」
「具合はどう?傷が痛むでしょ?しばらくは安静にしなきゃダメよ!」
「ご心配をかけて申し訳ございません……」
起き上がろうとするアイシャを、ティアーナは慌てて止める。
「貴女が謝ることはないのよ。……ねぇ、アイシャ……どうして、こんな風に傷ついてしまったの?ギルバート様にお尋ねしたけれど、貴女に聞けと言われたわ」
起き上がったティアーナが心配そうに聞くと、アイシャは少し困った顔をする。
そしてアイシャは、事の経緯を少し誤魔化しながら説明し、自分がギルバートに弟子入りしたことを伝えた。
ティアーナは全て聞き終え、驚愕していたが、アイシャがそこまで覚悟を決めた事なので、それ以上追求はしなかった。
ただ、無茶だけはしてくれるなと、念を押す。
結局アイシャがちゃんと動けるようになるまで、2週間ほどかかった。
傷はまだ治りきっていないが、気にすることもなくアイシャは仕事に復帰した。お客からは鬱陶しい程怪我の心配をされ、しつこい客には冷たい対応をして逆に悦ばせていた。
ギルバートに渡された鍛練に使っている服も渡し、それからアイシャは夕刻になると、騎士団の鍛練場に向かうようになる。
一時間程だが、ギルバートにしごいてもらっているようで、帰って来る頃には、ボロボロになっている。
心配で、何度も止めようと声に出しかけるが、アイシャのどこか満足そうな様子を見ていると、ティアーナは何も言えなくなってしまう。
それから更に2週間程経ったある日。
「ティアーナ様、3日後の昼過ぎにアーサー様が訪ねて来られるそうです」
鍛練場から戻ってきたアイシャが、開口一番にそう言った。
最近ではだいぶ怪我の数も減り、顔も生き生きしてきている。
部屋に戻った二人は、お風呂を済ませお互いのベッドに座っている
「そう……アーサー様が…………」
ティアーナの顔はどこか浮かない。その様子にアイシャはすぐ気づく。
「………もし逃げたいのなら、私はどこまでもお供いたします。貴女を連れてどこまでも逃げましょう」
「アイシャ……」
真剣な顔のアイシャ。この侍女は本当に自分を連れ去り、守ろうとしてくれるだろう。
だが、それでは駄目だ。
アイシャが潰れてしまう。
アイシャはいつも自分よりもティアーナを優先する節がある。
主なのだからと言ってしまえばそこまでだが、その忠誠心はそこら辺の騎士よりも遥かに強い。
自分のためにも、アイシャの為にも、逃げる訳には行かなかった。
「大丈夫よ、アイシャ!アーサー様にお世話にはなるけど、それ以上踏み込むことはしないわ。出来るだけのお礼をして、なるべく関わらないようにするから」
ティアーナは努めて明るく答える。
実際ティアーナが関わらなくとも、アーサーがぐいぐい来ているから、無関係とまではいかないだろうが、ここまでしてもらって断ることもきっと出来ない。
「私は直接アーサー様とお話したことはありませんが、師匠からは少しだけ聞いています」
アイシャの言う師匠とは、ギルバートのことだ。
「アーサー様が捜している女性は、どうやら昔、アーサー様を救ってくれた方らしいです」
「救ってくれた方?」
「はい……詳しくはわかりません。なので、今度お会いしたら、ティアーナ様から聞いて差し上げて下さい」
「私が?」
「正直、関わって良い相手かは判断しかねます。私も師匠に聞かれましたが……私達の事に関しては全て黙秘しております。ただ、聞いた話だと、相当前から必死に捜しておられたようですよ」
「………そう………でも、それは……私では、ないのよ」
部屋がシーンと静まり返る。
「ティアーナ様はそう言いますが、たぶんアーサー様が捜しているのは、貴女で間違えないと思いますよ」
アイシャがどこか自信満々に話す。
ティアーナでさえ、全く記憶がなくて、自分のことではないと思っているのに。
その自信は何処からくるのだろうか。
「それは何度も言うけど、あり得ない……どのみち私がアーサー様と一緒になることはないの」
ティアーナは俯き、苦しそうに言葉を話す。
色々な可能性を考えるが、やはり結論は変わらなかった。
今度アーサーが来たら、ちゃんと話そう。
ティアーナはそう決意した。
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