10 / 35
10
しおりを挟む座り込んだティアーナは荒い呼吸を繰り返す。
ふと視線を前に向けると、アーサーが跪き、ティアーナの様子を満足そうに見ている。
そしてティアーナの片手を取り、指先に唇を寄せる。
「ティナ、逃げることは許さないよ。その時はこちらにも考えがあるから、覚悟してほしい」
口調は柔らかいのに、半ば脅しのような言葉にティアーナはちょっと怖くなってしまう。
琥珀色の瞳でじっと見つめられると、思わずコクリと頷いてしまう。
「ねぇ、ティナは本当に覚えてない?幼い頃、たぶん7歳くらいの頃に、俺達は一度出会っているはずなんだ……」
前にも言われたことだ。
しかし、何度過去を振り返っても、アーサーらしき人物と出会った記憶はない。
「以前にも申し上げましたが、私はアーサー様とお会いした記憶はございません……どなたか別の方と、勘違いされているのではないでしょうか?」
本当にわからない。自分ではない誰かとアーサーは出会い、たぶんアーサーはその人のことが忘れられないのだろう。
でもそれは自分じゃない。
「いや、あれは君だった。面影があるし……君はその髪を染めているよね?」
驚いた。なぜわかったのか。
「……っ」
驚愕した表情で見ていると、アーサーが近づき、膝立ちをしてティアーナの顔を両手で包む。
「髪や眉は染められても、睫毛の色までは染められない」
そう言いながらティアーナの双眸をじっと見つめる。
アーサーがこんなに距離が近いのは、ティアーナの髪色を確認する為だったのか。
仕切りに眼鏡を外そうとしたのも、至近距離なのもこれで合点がいく。
「………………」
「君をずっと捜していたんだ。ようやく見つけた」
琥珀色の瞳から目が反らせない。吸い込まれそうな程綺麗だ。
アーサーは自分を捜しているというが、たぶんアーサーが言っている人は自分ではない、自分に似た誰かだ。
その事実にティアーナはズキリと胸が痛む。
ドンッ!
急に扉を勢いよく叩く音が響く。
「遅い!まだか?」
外で待って居るだろうギルバートが、痺れを切らして外から叫ぶ。
ティアーナもハッとする。そういえば部屋の外でアイシャもずっと待っているのだ。
アーサーはティアーナを解放し、立ち上がると、ティアーナの手を引いて立ち上がらせてくれる。
「悪い、入ってくれ」
アーサーがフードを被りながらそう言うと、二人は扉を開け、入ってくる。
アイシャはギルバートの後ろから入り、すぐティアーナの元へ寄ってくる。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
アイシャの顔を見てホッと安心する。
「大丈夫よ。少しお話していただけだから」
微笑みながら話すとホッとしたように、アイシャも笑みをつくる。
「じゃあ、ティナ。こちらの物件で話を進めておくよ」
振り返るとアーサーが、気になっていた物件の書類を翳してティナを見ている。
「あ、あのアーサー様……」
「また必要な書類を持ってきて、サインしてもらうと思うから。今日はこれで失礼するよ」
そう言ってギルバートと共に去って行こうとするので、慌てて追いかけ二人を見送った。
外でティアーナとアイシャが頭を下げ、アーサーは手を上げて去って行った。
「それで、お嬢様……アーサー様と何があったのですか?」
仕事も終わり、部屋に戻ったティアーナにアイシャはすかさず質問する。
椅子に座っていたティアーナは、された事を思い出し、思わず顔を真っ赤に染める。
「だから、お話してただけよ」
「本当にお話していただけですか?」
ニッコリ笑っているアイシャに隠し事は無理だ。たぶんわかって言っているから。
「…………アイシャ……あのね、アーサー様に…その……」
「熱烈に口付けされたんですね?」
「なっ!なんで……」
きちんと話してないのに、なぜかわかるアイシャ。その言葉に更に顔を赤く染める。
もしかして声が外に漏れていたのだろうか。
「いっそのこと純潔も奪って貰えば良かったのでは?」
「あ、アイシャ!何てこと言うの!」
さらりととんでもないことを言われ、ティアーナは真っ赤になって憤る。
「出過ぎた事を言いました。申し訳ありません」
悪びれもなく言われ、反省していないと悟ると、ため息を一つ吐く。
「どうあっても、アーサー様は無理よ。私が側に居て良い方ではないわ」
「と、言いますと?」
「あの方はこの国の王太子殿下だわ。確かお名前はアレクサンダー=リアンタール王太子殿下」
「王太子殿下…で、ございますか……」
「ええ、いずれはこの国の国王になる御方よ。私のような小国の、しかもこんな呪われた血を持つ者が釣り合う相手ではないわ」
「ティアーナ様……」
「しかも、アーサー様は幼い頃から捜している女性がいて……どうやら私とその方を勘違いしているみたいなの……」
ティアーナは俯きながら、沈んだ声で話す。
「探している女性ですか?」
「ええ。たぶんだけど、アーサー様はその方に恋心を抱いているみたいで、私がその女性だと言われたけれど……でも違うの。絶対に私じゃないのよ」
「どういうことですか?」
事の経緯をアイシャに説明する。
「なるほど…私がお世話になる前の話ですか……確かにティアーナ様は他国へ出向くことは、ほぼ無いですからね」
「えぇ……だからアーサー様にも私じゃないって伝えたのだけど、信じて貰えなくて……もし、その女性が現れたら、その方にもアーサー様にも申し訳ないわ……」
「では他国へ移りますか?」
「………………」
「ティアーナ様?」
「私もそれを考えていたけど……アーサー様に、逃げることは許さない、と言われたわ」
「流石は王太子殿下ですね、考えが全て読まれておりますね」
「ねぇ、アイシャ…どうすればいい?このまま接触していたら、ダメな気がするの。流されちゃいそうな嫌な予感がする」
「ということは、ティアーナ様もアーサー様に惹かれているという事ですよね?」
その言葉を聞いて、ティアーナは胸が締め付けられる様に苦しくなる。
(私が…アーサー様に……)
「私としては、そのままあの御方にティアーナ様を奪って貰うのが一番なのですが」
「アイシャ……」
「あんな好き者の親父に奪われるくらいなら、苦労したとしても、王太子殿下と結ばれて娶って貰う方が幸せになれると思いますよ」
アイシャが言わんとしていることはわかる。
だが、それはあくまで自分本意の考えだ。
アーサーの意思を無視して、自分が偽りの相手を演じたとして、それが果たして続くものなのだろうか。
(やっぱりダメ……今度お会いしたら、きちんと言わないと……)
そうしたら、アーサーはもう自分には見向きもしなくなるだろうか。
でも、それでも仕方ない。
ティアーナは複雑な想いに蓋をし、これからのことに思いを馳せるのだった。
*****************************
読んでいただき、ありがとうございます!
2
お気に入りに追加
338
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる