薔薇の呪印 ~逃亡先の王子様になぜか迫られてます

ウリ坊

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 座り込んだティアーナは荒い呼吸を繰り返す。

 ふと視線を前に向けると、アーサーが跪き、ティアーナの様子を満足そうに見ている。
 そしてティアーナの片手を取り、指先に唇を寄せる。

「ティナ、逃げることは許さないよ。その時はこちらにも考えがあるから、覚悟してほしい」

 口調は柔らかいのに、半ば脅しのような言葉にティアーナはちょっと怖くなってしまう。
 琥珀色の瞳でじっと見つめられると、思わずコクリと頷いてしまう。

「ねぇ、ティナは本当に覚えてない?幼い頃、たぶん7歳くらいの頃に、俺達は一度出会っているはずなんだ……」

 前にも言われたことだ。
 しかし、何度過去を振り返っても、アーサーらしき人物と出会った記憶はない。
 
「以前にも申し上げましたが、私はアーサー様とお会いした記憶はございません……どなたか別の方と、勘違いされているのではないでしょうか?」

 本当にわからない。自分ではない誰かとアーサーは出会い、たぶんアーサーはその人のことが忘れられないのだろう。
 でもそれは自分じゃない。


「いや、あれは君だった。面影があるし……君はその髪を染めているよね?」

 驚いた。なぜわかったのか。

「……っ」

 驚愕した表情で見ていると、アーサーが近づき、膝立ちをしてティアーナの顔を両手で包む。

「髪や眉は染められても、睫毛の色までは染められない」

 そう言いながらティアーナの双眸をじっと見つめる。
 アーサーがこんなに距離が近いのは、ティアーナの髪色を確認する為だったのか。

 仕切りに眼鏡を外そうとしたのも、至近距離なのもこれで合点がいく。

「………………」

「君をずっと捜していたんだ。ようやく見つけた」

 琥珀色の瞳から目が反らせない。吸い込まれそうな程綺麗だ。

 アーサーは自分を捜しているというが、たぶんアーサーが言っている人は自分ではない、自分に似た誰かだ。

 その事実にティアーナはズキリと胸が痛む。

 

 
 ドンッ!

 急に扉を勢いよく叩く音が響く。

「遅い!まだか?」

 外で待って居るだろうギルバートが、痺れを切らして外から叫ぶ。


 ティアーナもハッとする。そういえば部屋の外でアイシャもずっと待っているのだ。

 アーサーはティアーナを解放し、立ち上がると、ティアーナの手を引いて立ち上がらせてくれる。

「悪い、入ってくれ」

 アーサーがフードを被りながらそう言うと、二人は扉を開け、入ってくる。

 アイシャはギルバートの後ろから入り、すぐティアーナの元へ寄ってくる。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

 アイシャの顔を見てホッと安心する。

「大丈夫よ。少しお話していただけだから」
 
 微笑みながら話すとホッとしたように、アイシャも笑みをつくる。

「じゃあ、ティナ。こちらの物件で話を進めておくよ」

 振り返るとアーサーが、気になっていた物件の書類を翳してティナを見ている。

「あ、あのアーサー様……」
「また必要な書類を持ってきて、サインしてもらうと思うから。今日はこれで失礼するよ」

 そう言ってギルバートと共に去って行こうとするので、慌てて追いかけ二人を見送った。

 外でティアーナとアイシャが頭を下げ、アーサーは手を上げて去って行った。
 

「それで、お嬢様……アーサー様と何があったのですか?」

 仕事も終わり、部屋に戻ったティアーナにアイシャはすかさず質問する。

 椅子に座っていたティアーナは、された事を思い出し、思わず顔を真っ赤に染める。

「だから、お話してただけよ」

「本当にしていただけですか?」

 ニッコリ笑っているアイシャに隠し事は無理だ。たぶんわかって言っているから。

「…………アイシャ……あのね、アーサー様に…その……」

「熱烈に口付けされたんですね?」

「なっ!なんで……」

 きちんと話してないのに、なぜかわかるアイシャ。その言葉に更に顔を赤く染める。
 もしかして声が外に漏れていたのだろうか。

「いっそのこと純潔も奪って貰えば良かったのでは?」

「あ、アイシャ!何てこと言うの!」

 さらりととんでもないことを言われ、ティアーナは真っ赤になって憤る。

「出過ぎた事を言いました。申し訳ありません」

 悪びれもなく言われ、反省していないと悟ると、ため息を一つ吐く。

「どうあっても、アーサー様は無理よ。私が側に居て良い方ではないわ」
「と、言いますと?」
「あの方はこの国の王太子殿下だわ。確かお名前はアレクサンダー=リアンタール王太子殿下」

「王太子殿下…で、ございますか……」

「ええ、いずれはこの国の国王になる御方よ。私のような小国の、しかもこんな呪われた血を持つ者が釣り合う相手ではないわ」

「ティアーナ様……」
「しかも、アーサー様は幼い頃から捜している女性がいて……どうやら私とその方を勘違いしているみたいなの……」

 ティアーナは俯きながら、沈んだ声で話す。

「探している女性ですか?」

「ええ。たぶんだけど、アーサー様はその方に恋心を抱いているみたいで、私がその女性だと言われたけれど……でも違うの。絶対に私じゃないのよ」

「どういうことですか?」

 事の経緯をアイシャに説明する。

「なるほど…私がお世話になる前の話ですか……確かにティアーナ様は他国へ出向くことは、ほぼ無いですからね」

「えぇ……だからアーサー様にも私じゃないって伝えたのだけど、信じて貰えなくて……もし、その女性が現れたら、その方にもアーサー様にも申し訳ないわ……」

「では他国へ移りますか?」

「………………」

「ティアーナ様?」

「私もそれを考えていたけど……アーサー様に、逃げることは許さない、と言われたわ」

「流石は王太子殿下ですね、考えが全て読まれておりますね」

「ねぇ、アイシャ…どうすればいい?このまま接触していたら、ダメな気がするの。流されちゃいそうな嫌な予感がする」

「ということは、ティアーナ様もアーサー様に惹かれているという事ですよね?」

 その言葉を聞いて、ティアーナは胸が締め付けられる様に苦しくなる。

(私が…アーサー様に……)

「私としては、そのままあの御方にティアーナ様を奪って貰うのが一番なのですが」

「アイシャ……」

「あんな好き者の親父に奪われるくらいなら、苦労したとしても、王太子殿下と結ばれて娶って貰う方が幸せになれると思いますよ」

 アイシャが言わんとしていることはわかる。
 だが、それはあくまで自分本意の考えだ。
 アーサーの意思を無視して、自分が偽りの相手を演じたとして、それが果たして続くものなのだろうか。

(やっぱりダメ……今度お会いしたら、きちんと言わないと……)
 
 そうしたら、アーサーはもう自分には見向きもしなくなるだろうか。
 でも、それでも仕方ない。


 
 ティアーナは複雑な想いに蓋をし、これからのことに思いを馳せるのだった。













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 読んでいただき、ありがとうございます!
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