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しおりを挟むある日、父である王に突然呼び出される。
古びた謁見の間。寂れた玉座に座る王はどこか疲れた顔をしている。
「ティアーナよ、そなたの嫁ぎ先が決まった」
「はぁ?何をおっしゃっているの?お父様」
「あの大国であるサンドリアの公爵家から、お前が欲しいと書状が届いた」
ティアーナの言うことなど全く聞いていない父王は、勝手に話を進めていく。
父の言うことには、隣国である大国サンドリアの公爵閣下が、ティアーナを後妻として迎え入れたいとの事だった。
しかもその公爵閣下とは御年60の好色で、恰幅のよい脂ぎった親父で有名なのだ。本妻には先立たれているが、他にも妾が何人もいるとの噂だ。
次の日、呼んでもいないのにその公爵様がティアーナに会いに現れた。
こんな貧困国にわざわざ顔を出さなくてもいいものを。
それなりに整った庭先に通され、ティアーナはドレスの裾を掴み礼をする。
「本日はお越し頂き……」
「ティアーナ姫、逢いたかった!」
恰幅の良い体を揺らしながら、ティアーナに駆け寄り、いきなり抱きついてくる。
背中に回される腕が気持ち悪い。キツイ香水の匂いも漂ってきて吐きそうだ。
「なっ!お離しになって下さいませ!」
やたらごてごてした装飾のついた服は、あまり趣味が良いとは言えない。
「ハッハッハ、初で可愛らしい。貴女のような方を娶れるなど、楽しみで堪りませんな!」
初対面で抱きついてくるなど、紳士の風上にも置けない。まだ婚約すらしていないのに、すっかり自分のもの気取りだ。
ティアーナは何とか腕から逃れる。
公爵は笑いながら、舐めるようにティアーナの全身を観察している。特にティアーナのふくよかな胸の辺りに集中していて、思わず目を反らす。
「申し訳ございませんが、体調が優れないので、これで失礼致します」
ティアーナは挨拶もそこそこにその場を立ち去った。
第一印象も何もあったものではない。最悪だ。
何故自分だけ、あの様な輩に嫁がなければならないのか。
泣きながら部屋へと戻った。
ティアーナには二人の姉がいるのだが、その二人は絶世の美女、傾国の美女と言われていた。
それに比べてティアーナはどうしても劣ってしまう。
なのでティアーナはいつも姉達の陰に隠れ、両親も姉達を別段可愛がっていた。
父王も、この先これ以上格上の相手がティアーナを娶りたいなどの申し出はきっとこないと、判断した結果だった。
しかし、ティアーナはまだ16歳。そんな2回り以上も年上の好き者相手に降嫁するなんて絶対死んでも嫌だ。
父の話はそっちのけで、頭の中でこれからの逃亡を計画するのだった。
ティアーナの暮らすカナン王国は、かなり貧困しており、特質した産業や鉱物資源などもなく、海と山に囲まれた小国だ。いつ大国に吸収されてもおかしくはない。
ただそうならないのは全く利益利得がないからだ。
しかし、上の姉達は望まれて結婚し、とっくに嫁いでしまっている。
その美貌故、他国のわりと年の近い公爵子息や何番目かの王子の元へ求愛され嫁いだ。
あまり知られていないが、カナンは美人で有名な国だ。
この王族特有の白銀の髪に、母親譲りの青紫の瞳の色合いは受け継いでいるのだが、容姿は姉達に比べパッとしない。
目は大きな二重瞼、鼻は小さくつんとして、唇は少し大きめでぷっくり薄紅色だ。
普通に見て美少女なのだが、小さい頃から絶世の美女と言われた姉達と比較され続けたため、自分は別段普通だと思っている。
そしてもう一つ婚姻に関して厄介な事がある。
このカナンの王族には呪いがかけられているのだ。
一度契りを交わすと、自分の身体のどこかに【薔薇の痣】が浮き出る。
そして、生涯その相手としか交わることが出来ない。その相手以外で不貞を働くと薔薇の蔓が心臓まで伸び、到達すると命を奪われると、いうもの。
何代か前の王様が、恋仲になった魔女を浮気の末捨てた時にかけられたものだ。
まあ、この話だけなら魔女に同情するが、自分にまで関わってくると話は別だ。
そんな呪いも受け継いでいるので、相手は慎重に選ばなくてはならない。
ダメなら離縁するとか、そんな生易しい問題ではないのだ。
純潔を捧げるのは生涯を添い遂げる相手じゃないとならない。
だが立場上、この縁談を蹴散らすのは不可能だ。父王は勝手に決めてしまうだろう。しかし自分は、サインなんて絶対したくない。
だったらもう逃亡するしかない。
実際問題、自分が公爵閣下に嫁がなくとも、国は更に貧困することはない。
まだ正式に婚姻を結んでないから、国際問題にもならない。
だったら我慢する必要はない。
話を聞き終え、ティアーナは侍女を伴い部屋へ戻る。アイシャはティアーナの唯一の侍女だ。アッシュブラウンの髪に緑色の瞳。お仕着せを着て、髪はひっつめにしている。
カナンで生まれただけあり、綺麗系の少女だ。
「あの気持ち悪い好色親父に嫁ぐなど、国王様は冷酷無慈悲です!」
小さい頃から仕えてくれている侍女のアイシャは憤りを隠せない。
不敬とわかっていながらティアーナの為に言ってくれているのだ。
「アイシャ、ありがとう。貴女がそう言ってくれるだけで救われるわ」
着ていた古めかしいドレスを脱ぎ、湯あみを行うため、浴室へと向かう。
「貴女だから言うけど、あの男に嫁ぐなんて死んでも無理だわ。だから私はカナンを出るわ」
「ティアーナ様!」
「私は、私の知識を生かして、他国で実業家として成り上がるのよ!」
浴槽に身体を付けながら、ティアーナは宣言する。
アイシャはそんな様子を痛ましく見ている。
「ティアーナ様…おいたわしや……しかし、あの様な申し出は耐えられません!この不肖アイシャ!ティアーナ様にどこまでもついて行きます!」
水桶を持ちながらアイシャはグッと手を握る。
「アイシャが居れば百人力よ!私達は自分達の力で幸せを掴みましょう!!」
「はい!ティアーナ様!!」
こうして、ティアーナとアイシャはカナン王国を見限り、他国へと逃亡する計画を練るのだった。
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