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懇願

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 ジェイデンはアリシアの肩をガシッと掴み、七色に光る宝石眼をうるませて訴える。

「貴女と三日も離れなくてはいけないのですよ?! これが落ち着いていられますかっ!?」

 ズイッと迫るジェイデンに苦笑を浮かべつつ、それでもアリシアは冷静に言葉を返した。

「昨日、きちんと務めは果たしましたので、心配する必要はないかと思いますが……」

 淡々と話すアリシアに、ジェイデンは大きくため息をつき、そしてまた大げさに訴えてくる。

「そう言ったことを言っているのではありません! 私は少しの間でも貴女と離れることが嫌だと言っているのです!」
 
「大公様も公務の際はしばらく屋敷を留守にされますよね? 私だけこんな風に責められるのは、おかしいと思いますが?」

 自分で言ってても可愛くないなぁ……、と思いながら、それでもジェイデンに分かってもらうには、きちんと説明する他なかった。

「そ、それは……たしかに……そうなのですが……、せっかく休みが取れたのに、貴女が居ないとは思いもよらなくて……」

 帝国の指導者であり、皇帝であるロウエンの最側近であるジェイデンはやはり忙しい。
 今ではアリシアも神殿から要請され、帝国各地へ巡礼を行っているため、二人でいる時間というものがあまりなかったのだ。
 婚約発表から半年が立ち、来年には婚姻が控えている。
 互いに忙しいのは仕方ないが、ジェイデンにも自分の立ち場を分かってほしい、と思っているアリシアだった。

「それにもう、務めではないのです……。貴女はいつまでも他人行儀で……、本当に私のことを愛しているのですか?」

「――っ」

 これは近頃ねたジェイデンが漏らす決まり文句だった。
 夜の行為の際でもアリシアを翻弄ほんろうしながら、いつもこの手の質問をしてくる。
 いい加減うんざりしそうなやり取りだが、これを可愛いと思ってしまう自分も、やはりどこかおかしいのだろうと諦めていた。
 
 近くにいたアンに視線を送り、アンは悟ったように一礼して部屋から出ていった。

「ジェイ……、私はちゃんと貴方を愛しています。こうして充実した日々を送れるのも、すべて貴方のおかげだと感謝してますから」

 二人きりの時だけ、アリシアはジェイデンを愛称で呼んでいる。もちろん、夜の営みでも同じだった。

 にこりと笑うアリシアに、ジェイデンはうるうると七色の瞳を揺らし、そして両手を広げ勢いよくアリシアを抱きしめた。

「あぁ! やはり貴女を聖なる者だと公表しなければ良かった……! そうすればこうして、いつまでも私のモノとして閉じ込めておけるのにっ!」

 ぎゅぅぅっとアリシアを抱きしめていると、ジェイデンの頭の両脇からツノのようなものが少し生えてくる。

「あっ、ジェイ! また出てきてます。人目に触れぬよう、気をつけなければ……」
「……申し訳ありません。二次覚醒が起こると、興奮する度に現れるのですから」

 話している間でもジェイデンはアリシアを離そうとしない。

「こうなったら仕方ありませんね。アリシアに責任を取ってもらうしかないです」
「え? 私は何も、しておりませんが?」
「二次覚醒を抑えるには、貴女と体を繋ぎ、暴走を抑制するしかありませんから」
「で、ですが、私はもう巡礼に行かなければいけません!」
「心配には及びません。数時間遅れたとしても、問題はないでしょう。貴女の所有権は、私にあるのですから」
「なっ……! 待っ、んッ……!」

 不穏な空気が流れ、咄嗟にジェイデンから距離をとろうと試みたが、その時にはすでにジェイデンに捕まっていた。
 しばらくアリシアの唇を堪能していたジェイデンの顔が離れると、アリシアは熱い息を吐き、乱れた呼吸を整えている。

「はっ……ぁ」
 
「あぁ……、いいですね……アリシア。神殿に属する者の証である、神聖で真っ白なローブ……銀白のレースで編まれたベールに身を包み、情欲に揺れる君はとてもそそられる……」

 顔を上げた先には、しっかりと頭の両脇から長いツノの生え、美しい七色の瞳も蛇のように瞳孔が徐々に細長くなり、アリシアを捕らえようと狙いを定めている。

「ジェイ……いい加減に、してください……」

「君が協力的なら、早めに解放できるだろう」 
 
 ジェイデンの腕から逃れようと必死で抵抗しているアリシアだが、こうなってしまうと誰にも止められない。

「えっ?!」

 突然の浮遊感に驚き、思わずジェイデンの首に掴まった。アリシアを抱えたジェイデンは、そのままベッドへ向かい一直線に歩いていく。
 
「本当に、降ろしてっ! もう、時間がっ!」

 柔らかなベッドに降ろされるやいなや、アリシアは逃げるようにジェイデンから距離をとろうとズレていく。
 
「たまには着衣のまま、というのも悪くない」

 ジェイデンは自らの着ていたシャツのボタンを数個外して、逃げようとするアリシアを楽しげに追いかけている。

「ほ、本気ですか?! 巡礼衣装が汚れてしまいますから、おやめくださいっ!」

「君と私の精で、その神聖な衣装を汚すのは、さぞ興奮するだろうな……」

 広いベッドだったが、それでも行き止まりアリシアは迫るジェイデンを両手で制す。

「訳の分からないこと言うのはやめてください! 怒りますよ!!」

「怒って嫌がる君を、無理やり快楽に染めて屈伏させるのも、とてもいい……」

 制していたアリシアの手を掴み、ジェイデンは笑みを刻んで手の甲に唇を落とした。

「――っ!」

 この瞬間、アリシアは悟った。
 今日の巡礼は無理だと……

 その予想通り、話の通じないジェイデンに一日中付き合わされ……そして翌日、汚れた衣装もベールもすべて取り替え、昼過ぎに出発するのだった。
 
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