上 下
56 / 67

変化した関係性

しおりを挟む
 アリシアの頬のガーゼが完全に取れるまで、二週間という長い期間がかかった。
 幸いにも傷は残らず、青痣になっていたものも綺麗に消えていた。
 
「ようやく、傷が癒えたのですね……」

 書斎でお茶を淹れているアリシア向かい、ジェイデンは笑みを浮かべて話しかけた。

「はい。おかげさまで完治いたしました」
「そうですか。……良かった、です」

 笑みを浮かべていたジェイデンだが、顔色は優れなかった。笑っているのに、どこか苦しそうに息を乱している。
 
 そういえば、最近……お務めをしていないわ……。

 そこでアリシアはハッとする。 
 自分のことで精一杯で、決まった日に呼ばれていたお務めがなかったことに今さら気づく。
 慌てて書斎の机で事務仕事をしているジェイデンを見るが、やはりどう見ても顔色が悪い。

「もう、結構ですので……下がっていて大丈夫です」
「あ……は、い」
 
 そう言うと、ジェイデンはまた書類に向かってペンを動かしている。
 アリシアはそれ以上何も言えず、一礼してその場を去った。

 隣接している部屋に戻り、部屋にあるソファーに座ってそういえば、と一人考えた。

 最後、大公様と肌を合わせたのはいつだったかしら……? あの出来事よりも前だから、もう……かなり日数が経つわ。

 それまで当たり前のように毎週呼んでいたジェイデンは、何もなかったようにアリシアに声をかけなくなった。

 なぜ……? どうして? ……私が怪我をしていたから? でも、今まで関係なく私を呼んでいたのに……もう、必要なくなったの? でもそのわりと、とても具合が悪そうだったけど……。

 ソファーに座ったまま、アリシアの思考がぐるぐると回る。
 近頃のジェイデンはアリシアの意思を無視することなく、まるで別人になったように気遣ってくれていた。
 ジムの暴力から救ってくれただけではなく、熱を出して苦しんでいたアリシアの側に寄り添い、ずっと看病してくれた。 
 
 座っていたアリシアは、そのまま体を倒して肌触りの良いソファーに横たわる。

 なんで、こんな気持ちになるの……? お務めなんてしたくなかったから、呼ばれなくなって嬉しいはずなのに……。

 どこか気持ちが晴れない。
 仰向けになったまま部屋の天井を何気なく見て、視界を遮るように片腕で自分の目元を覆う。

 先ほど見たジェイデンの様子が気になって仕方がない。
 自分から抱かれることを望んでいる訳でもないのに、なぜか不安になっている自分もいる。
 もやもやした気持ちを拭えないまま、アリシアは考えを断つように瞳を閉じた。



 また次の日。

「はい?」
「ですから、しばらく……こちらには来なくて結構です」

 お茶を淹れていたアリシアの手が止まる。
 机に向かい、書類に筆を走らせていたジェイデンは顔も上げずに話している。

「え……ですが……」
「大公家に戻るまで、ローガン上皇陛下の元にいてもらっても構いません」
「――!」

 やはりジェイデンは顔を上げず、アリシアを見ようとしない。
 アリシアは立ったまま、呆然とする。

「あ、あの……では、お……お務め、は……」

 ずっと疑問に思っていたことを、勇気をふりしぼって言葉に出して聞いてみた。
 呟くほどの声だったが、近くにいたジェイデンには聞こえたはずだ。
 案の定、ジェイデンの書いていた手がピタッと止まる。
 
「……そちらも、必要ありません。……適当に、済ませます」
「――ッ!!」

 言われた言葉に、アリシアは目を大きく開いた。
 おそらくジェイデンが言いたいのは、アリシアを抱くことはせず……適当にというのは、また娼婦を呼ぶということなのだろう。
 アリシアは、こうしたやり取りだけは嫌というほど早く理解してしまう。
 自分がもう必要ないという事実と、ジェイデンがアリシアではなく他の女を抱くということに二重のショックを受けていた。
 それを自ら望んでいたはずなのに、なぜだかわからないが動揺を隠せない。

 自分が立っていた足元が崩れていきそうな感覚だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

【完結】いくら溺愛されても、顔がいいから結婚したいと言う男は信用できません!

大森 樹
恋愛
天使の生まれ変わりと言われるほど可愛い子爵令嬢のアイラは、ある日突然騎士のオスカーに求婚される。 なぜアイラに求婚してくれたのか尋ねると「それはもちろん、君の顔がいいからだ!」と言われてしまった。 顔で女を選ぶ男が一番嫌いなアイラは、こっ酷くオスカーを振るがそれでもオスカーは諦める様子はなく毎日アイラに熱烈なラブコールを送るのだった。 それに加えて、美形で紳士な公爵令息ファビアンもアイラが好きなようで!? しかし、アイラには結婚よりも叶えたい夢があった。 アイラはどちらと恋をする? もしくは恋は諦めて、夢を選ぶのか……最後までお楽しみください。

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

〈短編版〉騎士団長との淫らな秘め事~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~

二階堂まや
恋愛
王国の第三王女ルイーセは、女きょうだいばかりの環境で育ったせいで男が苦手であった。そんな彼女は王立騎士団長のウェンデと結婚するが、逞しく威風堂々とした風貌の彼ともどう接したら良いか分からず、遠慮のある関係が続いていた。 そんなある日、ルイーセは森に散歩に行き、ウェンデが放尿している姿を偶然目撃してしまう。そしてそれは、彼女にとって性の目覚めのきっかけとなってしまったのだった。 +性的に目覚めたヒロインを器の大きい旦那様(騎士団長)が全面協力して最終的にらぶえっちするというエロに振り切った作品なので、気軽にお楽しみいただければと思います。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

処理中です...