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懺悔
しおりを挟む「あっ!た、大公、様!?」
不意にジェイデンはアリシアを抱え上げた。
先ほども思ったが、ジェイデンはどちらかというと文官系だ。指導者としても名高い彼は、見た目ではアリシアを運べるほどの力があるとは思えない。
「あの……歩けます」
「私に、運ばせて下さいませんか?一時でも、貴女を離したくないのです……」
「――っ」
初めて感じる浮遊感と、むず痒いほどの優しさがアリシアの胸を締め付けた。「……はい」と伏し目がちに返事を返した。
アリシアの返事の満足したのか、ジェイデンは足早に部屋を出る。
部屋を出て、近くにいた使用人に耳打ちすると、再びアリシアを抱えて歩き出した。
いつも使っているアリシアの部屋まで来ると、待機していた皇宮医が痛々しそうにアリシアの処置をしてくれる。
「頬の腫れが引くまで三、四日かかります。食べることも傷みが伴うと思いますので、粥を召し上がられると良いと思います」
ベッドに腰を掛けたアリシアに、次々と適切な処置が行われ、ローの件でも見知った皇宮医はアリシアを気遣ってくれている。
「ありがとう、ございます」
喋ると口の中に痛みが走り、すらすらと話すことができなかった。
腫れて傷付いた頬にも布が当てられて、よく冷やすように言われた。
一礼して出ていった皇宮医に、アリシアもベッドで座ったまま頭を下げた。
「大丈夫ですか?痛みますか?」
近くで控えていたジェイデンが、ベッドに座ったアリシアの前で跪き、心配そうに顔を覗き込んでいる。
「もう、平気です」
「――その言葉は、やめませんか?」
「え……?」
「貴女はよく……大丈夫です、平気です、と仰いますが……全く大丈夫じゃありませんっ」
「っ!」
ジェイデンの顔が哀しそうに歪むのを見て、アリシアはハッとした。
知らない内に、その言葉が口癖のようになっていたからだ。ジェイデンに言われるまで、自分でも気づかなかった。
まるで言い聞かせるように、当たり前のように使っていた。
「こんなに傷付いて、怖い思いをして……平気なわけがありません!お願いですから、私の前では強がらないで下さいっ!」
「つよ、がる……?」
「えぇ。貴女は守られるべき存在なのです。今まで貴女は、とても異常な環境の中にいました。貴女に謝らなければならないのは、私がそれをきちんと知ろうとしなかったからです!」
「知る?」
座っていたアリシアの手を取り、跪いていたジェイデンは、その手の甲に縋るように自分の頭を擦りつけている。
「貴女が子爵家で暴力を受けていた事実を知りながら、私は安易に受けとめていました。……結果として自分の認識の甘さが、貴女を傷付けることに繋がってしました。貴女がこうなったのは、すべて私のせいなのです!」
握られたジェイデンの手も身体も震えていた。
「――」
いまだかつて、ここまでアリシアを思い、心配してくれた者がいただろうか。
この件に関し、ジェイデンは何も悪くない。
ただ、自分の運とタイミングが悪かっただけだ。加えていうのなら、元凶は他でもない元夫だ。
しかしジェイデンは、アリシアが傷付いたことを自分のせいだと言っている。
いつも自分勝手に物事を進め、アリシアに余計な気を回し空回りしていたジェイデンはそこにはいなかった。
「大公、様」
「……は、い」
まるで叱られた子供のように、ジェイデンは顔を上げることをしない。
「ありがとう、ございます」
「ッ!」
アリシアの放った言葉に、バッと顔を上げる。
七色の輝きを持つ宝石眼は涙で潤み、端整な顔は悲痛に歪みアリシアを見上げていた。
「貴方が、来て、くれて……とても、安心しました。今まで、誰も、私を助けることなど、してくれなかった……」
見下ろしたジェイデンは表情を変えず、耐えるようにアリシアをひたすら見つめていた。
「貴方は、何も、悪くありません。私を、見つけて、いただき……ありがとう、ございました」
痛む頬を抑え、アリシアはジェイデンに向け、精一杯微笑んだ。
これは本心だった。
ジェイデンがアリシアを助けてくれたのは紛れもない事実。そして、ジェイデンを見た時にアリシアはこれまでにない安心感を感じた。
「――ッ、アリシア、さんっ……!」
今度こそジェイデンの宝石眼から一筋の涙がこぼれた。
それを隠すように、ジェイデンはまたアリシアの手の甲へと自分の顔を押し付けるのだった。
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