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変わりゆく日常

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「あの……」

 アリシアは困惑していた。 
 それは近頃のジェイデンの様子が明らかにおかしいからだ。

「アリシアさん、仕事などしなくて大丈夫です。お願いですから、私の側にいて下さい……」 
「はあ……?」
 
 そう言われてしまうとアリシアに拒否権はない。
 今まで呼ばれもしなかったジェイデンの執務室へと毎日呼ばれ、短い時間だがお茶を淹れたり部屋を片付けたりしていた。ローのこともあり、アリシアは仕事が終わるとそのまま退室していた。
 それが気に入らないのか、最近では所構わずこうしてアリシアを引き留めている。
 この日もジェイデンの執務室の片付けをしていた。お茶も淹れ、用事が済んだのでローの元へと行く途中だった。

「私との時間は大事ではないのですか?そんなにローガン上皇陛下と共に過ごす時間の方が大切なのですか……?」
「……っ」

 背の高いジェイデンににじり寄られ、壁際まで追い込まれていた。アリシアは体を壁に寄せながら、迫るジェイデンを見上げていた。

『はい、仰る通りです』

 喉元まで出掛かった言葉をとりあえず飲み込んだ。何故なら直ぐ側にいたブルーノが、ギロッと睨んできたからだ。これは肯定するなという無言の圧力だった。

 アリシアは心の中でため息をつく。
 ジェイデンもジェイデンだが、ブルーノもブルーノだ。あれだけアリシアにジェイデンを遠ざけるよう嫌味を言っていたのに、いざジェイデンがアリシアに固執し避けていると、手のひらを返したように拒絶するなと、また無言の圧力を掛けてくる。
 本当に男というものはわからない。自分勝手過ぎて嫌気が差す。
 アリシアはどう対応すればいいのか困っていた。
 ジェイデンはただアリシアの身体が目当てなだけだ。そこに甘い触れ合いもなければ、甘いやり取りがあるわけではない。
 最近は少し変化が見られたが、アリシアの心を動かすほどの何かがあるわけでもない。
 要するにジェイデンやブルーノの勝手な行動に、アリシアが振り回されている……ただそれだけだ。

「大公様」
「はい! 何でしょう!」

 黙っていたアリシアが口を開いたことが嬉しいのか、ジェイデンは喜々として返事を返していた。

「申し訳ございませんが、用が済んだので私はそろそろお暇させていただきます」

 いくらジェイデンが優しくしてこようとも、アリシアの気持ちがブレることはない。
 男に振り回される事はもう耐えられない。
 それが嫌なら、追い出してくれればいい。解雇でも追放でも、何でもしてくれて構わない。

「アリシアさんっ……」

 すぐ近くにいたジェイデンは、とても悲しそうな顔でアリシアを見下ろしていた。
 わずかな良心が痛むが、それ以上に酷いことをされている自覚があるので、気に留めることはしなかった。
 スッとジェイデンから離れ、入口へと向かう。

「では、失礼致します」

 やはりジェイデンが顔を歪めていたが、アリシアはそのま部屋から出て行った。






「はぁ……」
「ん?どうしたんだい?アリー」

 すっかり元気になったローがアリシアと共に庭園の世話をしていた。
 隣で深いため息を吐いたアリシアにローが問いかける。

「いえ……」
「わたしで良ければ話してごらん」
「ですが、ローさんに聞いていただくほどの事では……」
「気にしなくていいさ。アリーの話ならいくらでも聞くよ?」

 花々に水を撒き、ローは気さくな笑顔でアリシアに話しかける。
 アリシアは同じく水を撒いていた手を止め、俯き加減で話し始めた。

「……男の人って、勝手ですよね……」
「え? なんでだい?」
「どうして全部自分の思い通りにしたがるんでしょう? しかも思い通りに行かないと、勝手に傷ついたり怒ったり癇癪起こしたり……どうして引く事ができないのか……まるで子供みたいだなって……」

 ポツポツと思っていた事を話し始めたアリシアに、ローは堪えきれず笑い出した。

「くくっ、はははっ……!!」
「ローさん?」
「いや、アリーの言う通りだよ。はははっ、確かに男なんてそんなもんさっ! いつまで経っても成長しないし、子どもと同じだよ」

 ローはよほど可笑しかったのかまだ腹を抱えて笑っている。こんなところはローとロウエンが似ていると、アリシアは密かに思った。

「そんなに、可笑しかったですか?」
「アリーが言った言葉じゃなきゃここまで笑わないよ! とても実感が籠もっててね。思わず笑ってしまったよ」

 まだローは面白そうに笑っていた。
 
「まだ子爵家にいた頃は、よく領地の年配の女性達に言われていたんです。そういった男を手のひらで転がすくらいにならないとダメだよ、って……」
「はははっ……! いやいや、まさにその通りだね。ごもっともだよ」
 
 アリシアは真剣に話しているのだが、ローはツボにはまったのか、とにかく楽しそうに笑っていた。
 何が面白いのか、アリシアにはわからない。

「もうっ、ローさんたら……!」 
「いやいや、ごめんよ。すまないね……ただ、わたしもそう思われていたのか、っと思ってね」

 取り繕うようにローはアリシアを宥めた。ローもからかっている訳ではなく。自分に当てはめ、昔を思い出していた。

「ローさんと他の男性では、全然違います。思いやりのない男性なんて、私は嫌いですっ」
「それはわたしも胸が痛むねぇ。当時のわたしも、相当やんちゃだったからね。この年になって、ようやく落ち着いたのさ……」
「そう、なんですか?」

 再びローがバケツを持ち、水撒きを再開している。 

「わたしから言うことでもないがね。アリーの言う通り、男なんていつまでも子どもなんだよ。だからね、そこはアリーが大人になり、うまく大公を手のひらで転がしてやるといいよ」
「私が、ですか……?」

 アリシアは眉を顰め、不満の声を上げる。
 
「君ならできると思うがねぇ?」
「私にはそんな事……できません。というより、偏見かもしれませんが、そういう女性が苦手なんです。夫の周りにいた女性はそういった人が多かったので……。女を武器にしていて、甘え上手で、わがまま言っても許されて……夫に相手にされない私を見下して、優越感に浸っている。そんな人ばかりでした。ですから私は、そんな風にはなりたくないんです……」

 俯いて自分の経験を話しているアリシアに、ローは両手を伸ばしてアリシアの肩を掴んだ。

「アリーは、とても優しい人だね。わたしが悪かったよ……君は今のままでいればいい。その純粋さが、わたしには眩しく映るよ」
「ローさん?」
「やはり君は、わたしの妻にとても良く似ている。彼女もまた、君と同じで……純粋で誠実な人だった……」

 昔を思い出したのか、アリシアの肩を掴んだまま俯きながらローの顔がまた哀しみに暮れていた。
 アリシアはローの体に抱きつき、慰めるように背中を軽く叩いた。

「私も、ローさんの奥様にお会いしたかったです。きっと奥様もローが大好きだったんだと思いますよ。だから、心配掛けたくなかったんだと思います」

 ローの体が小刻みに震えており、アリシアの背中に手を回して、そのまま力強く抱きしめた。

「そう、かい……ありがとう……アリー……」

 そうしてしばらく、互いを慰めるように庭園の真ん中で二人は抱き合っていた。


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