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ジェイデン視点(神聖なる者)
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「来たか…」
ジェイデンとロウエンがローの元を訪れたのは次の日だ。ローは一人で歩けるまでに回復していた。
「お祖父様、すっかり回復されたようで安心致しました」
「えぇ。ご快癒お慶び申し上げます」
外で作業していたローを見ながら、ロウエンとジェイデンは並びながら胸に手を当て敬意を示している。
「ふん。お前達に心配されなくとも、アリーが毎日来てくれているから大丈夫だ」
「アリーっ……」
庭園の花に水を与えていたローは、ジェイデンとロウエンが並んで立っているのを一瞥し、また水撒きを続けている。
ジェイデンはローがアリシアを気安く呼んでいるのがどうしても気に食わず、思わずローに低い声が出てしまう。
「おや、大公ともあろう者が随分と軽率な態度だな」
冷ややかにジェイデンを見ながらローは老年の老いも感じさせず、金色の瞳で鋭くジェイデンを睨んでいる。
「っ!申し訳ございません……失礼致しました」
眼光の鋭さにジェイデンも冷や汗を流し萎縮している。
かつて帝国全盛期に活躍していたローは、『金色の閃光』と大陸全土で噂されるほどの通り名を持っていた。
戦時中、その瞳に捕らえられ、生きて還れた者はいないと噂されていたからだ。
「それで、お祖父様。我々に一体どんなお話がお有りで呼び出されたのですか?長きに渡り外部との接触を断っていたお祖父様が、こうも頻繁に出入りを許すとは…」
「話とは他でもない、アリーの事だ」
「アリシアさんの?」
「彼女が普通でない事は把握しているか?」
花々に水を巻いていたローはジェイデンを一瞥している。
「普通ではないと仰いますと?まぁ、ジェイの運命の伴侶なのですから、普通の女人ではないと思いますが……」
「うむ、その事も関係しているのかもしれん。わたしの見解だと、アリーは『古の聖者』だ」
「古の…聖者?」
ロウエンやジェイデンですら初めて聞く言葉だった。
「ある者はその力で人々の傷を癒し、ある者は神々の声を聞き、ある者は未来を読むことができる」
「まさか、ジェイの伴侶が、その…古の聖者だと…」
「わたしも若かりし頃、一度だけその存在と出会うことがあった。その者は天候を操る事のできる聖者だった」
「天候を!?そんな事が可能なのですか?!」
「あぁ。その者はその力を使い、人々を干ばつや自然災害から救っていた。その者は元々普通の農婦であった。古の聖者は血筋とは関係なく、突如として現れる存在だ」
ローは水を巻いていた手を止め、バケツを地面へと置いた。
「それで、アリシアさんの力とはっ!?」
「お前は運命の伴侶と言いながら、そんな事も知らんのか?」
「──っ!」
「それは……、彼女は、警戒心が強くて……」
「お前が警戒させるような事でもしているからじゃないのか?わたしにはすぐ打ち解けてくれたがね」
「……ッ」
ジェイデンは心当たりばかりで、言い返す事はできなかった。アリシアとは体の関係から始まってしまった。しかも自らの症状が一際酷い状態の時に出逢ってしまい、暴走する欲望を止める事ができなかったからだ。
「ハミルトンの血を引くお前の事情も理解はしている。だが、アリーが古の聖者だと分かれば神殿も黙っていないだろうな」
「仰る通りですね。俺の知る限り、聖なる存在が現れた時には必ず神殿に属する決まりがある」
ロウエンも顎に手を当てて少し考えた後、顔を上げて発言した。
「ッ!それは、出来ませんっ!!彼女は私の伴侶なのですっ!神殿が何と言おうと、彼女を渡す事など絶対に出来ませんッ!!」
「そんなにも大切な存在を、お前はなぜ今まで構うこともせず、部屋へ閉じ込めていたんだ?アリーが初めにここを迷い込んだ時、彼女は逃げ出したいと言っていたんだぞ」
「なっ…!アリシア…さんが…?!」
ジェイデンは愕然とした。
まさかアリシアが他人に漏らすほど嫌だと思っていなかったからだ。
「言われてみればお前の伴侶は、随分お前に対し反抗的だったというか…、警戒心というよりどちらかというと、ジェイの事を嫌って──!」
ロウエンが話していた言葉を最後まで言う前に、ジェイデンがロウエンを静かに睨んでいた。
「あー、まぁ…好かれてる感じではなかったよなぁ」
ロウエンはジェイデンから視線を反らし、取り繕うように言葉を続けた。
「……」
元々、アリシアは大公家に来た時から、警戒しておりどこか人を寄せ付けず、何かに怯えていた。調べた結果、どうやら子爵家に嫁いだアリシアは夫に暴力を受けていたと報告を受け、ジェイデンは納得していた。
「大公よ。わたしはアリーの意思を優先するぞ。アリーにこの事実を話せば、彼女は喜んで神殿へと身を移すだろう。神殿へと属せば、お前がどれだけ権力を使おうと取り戻すことはできん」
「待っ、お待ち下さいっ!」
淡々と話しているローに、ジェイデンは本格的に焦り出した。
「彼女はわたしの命を救った恩人だ。彼女の望みならば喜んで叶えよう。この死に損ないの老いぼれでも、お前一人黙らせる事くらい容易だ」
「お祖父様。まさか…」
「そうだ。アリーの為ならわたしが後ろ盾になる」
「「──ッ!!」」
後ろ盾になるという事は、アリシアの為にローも世間へと再び顔を出すという事になる。
大陸全土に名を轟かせた先々代の皇帝ローガンを後ろ盾に持つ女性。
それがどれほどの意味を持つか言わずとも知れている。
ロウエンとジェイデンは思わず息を呑んだ。
「老い先短い身だ。救われた命、アリーの為に使おう」
ジェイデンはこれまで感じたことのない絶望と焦りを感じた。
不当な契約で縛り、関係を強要し、アリシアの気持ちも考えず自分の都合で振り回していた。
しかしジェイデンはそれを悪い事だとは思っていなかった。
その報いともいうべきか、手中に収めたと思っていたアリシアが、まるで砂を掴むようにすり抜けていく思いだった。
ジェイデンとロウエンがローの元を訪れたのは次の日だ。ローは一人で歩けるまでに回復していた。
「お祖父様、すっかり回復されたようで安心致しました」
「えぇ。ご快癒お慶び申し上げます」
外で作業していたローを見ながら、ロウエンとジェイデンは並びながら胸に手を当て敬意を示している。
「ふん。お前達に心配されなくとも、アリーが毎日来てくれているから大丈夫だ」
「アリーっ……」
庭園の花に水を与えていたローは、ジェイデンとロウエンが並んで立っているのを一瞥し、また水撒きを続けている。
ジェイデンはローがアリシアを気安く呼んでいるのがどうしても気に食わず、思わずローに低い声が出てしまう。
「おや、大公ともあろう者が随分と軽率な態度だな」
冷ややかにジェイデンを見ながらローは老年の老いも感じさせず、金色の瞳で鋭くジェイデンを睨んでいる。
「っ!申し訳ございません……失礼致しました」
眼光の鋭さにジェイデンも冷や汗を流し萎縮している。
かつて帝国全盛期に活躍していたローは、『金色の閃光』と大陸全土で噂されるほどの通り名を持っていた。
戦時中、その瞳に捕らえられ、生きて還れた者はいないと噂されていたからだ。
「それで、お祖父様。我々に一体どんなお話がお有りで呼び出されたのですか?長きに渡り外部との接触を断っていたお祖父様が、こうも頻繁に出入りを許すとは…」
「話とは他でもない、アリーの事だ」
「アリシアさんの?」
「彼女が普通でない事は把握しているか?」
花々に水を巻いていたローはジェイデンを一瞥している。
「普通ではないと仰いますと?まぁ、ジェイの運命の伴侶なのですから、普通の女人ではないと思いますが……」
「うむ、その事も関係しているのかもしれん。わたしの見解だと、アリーは『古の聖者』だ」
「古の…聖者?」
ロウエンやジェイデンですら初めて聞く言葉だった。
「ある者はその力で人々の傷を癒し、ある者は神々の声を聞き、ある者は未来を読むことができる」
「まさか、ジェイの伴侶が、その…古の聖者だと…」
「わたしも若かりし頃、一度だけその存在と出会うことがあった。その者は天候を操る事のできる聖者だった」
「天候を!?そんな事が可能なのですか?!」
「あぁ。その者はその力を使い、人々を干ばつや自然災害から救っていた。その者は元々普通の農婦であった。古の聖者は血筋とは関係なく、突如として現れる存在だ」
ローは水を巻いていた手を止め、バケツを地面へと置いた。
「それで、アリシアさんの力とはっ!?」
「お前は運命の伴侶と言いながら、そんな事も知らんのか?」
「──っ!」
「それは……、彼女は、警戒心が強くて……」
「お前が警戒させるような事でもしているからじゃないのか?わたしにはすぐ打ち解けてくれたがね」
「……ッ」
ジェイデンは心当たりばかりで、言い返す事はできなかった。アリシアとは体の関係から始まってしまった。しかも自らの症状が一際酷い状態の時に出逢ってしまい、暴走する欲望を止める事ができなかったからだ。
「ハミルトンの血を引くお前の事情も理解はしている。だが、アリーが古の聖者だと分かれば神殿も黙っていないだろうな」
「仰る通りですね。俺の知る限り、聖なる存在が現れた時には必ず神殿に属する決まりがある」
ロウエンも顎に手を当てて少し考えた後、顔を上げて発言した。
「ッ!それは、出来ませんっ!!彼女は私の伴侶なのですっ!神殿が何と言おうと、彼女を渡す事など絶対に出来ませんッ!!」
「そんなにも大切な存在を、お前はなぜ今まで構うこともせず、部屋へ閉じ込めていたんだ?アリーが初めにここを迷い込んだ時、彼女は逃げ出したいと言っていたんだぞ」
「なっ…!アリシア…さんが…?!」
ジェイデンは愕然とした。
まさかアリシアが他人に漏らすほど嫌だと思っていなかったからだ。
「言われてみればお前の伴侶は、随分お前に対し反抗的だったというか…、警戒心というよりどちらかというと、ジェイの事を嫌って──!」
ロウエンが話していた言葉を最後まで言う前に、ジェイデンがロウエンを静かに睨んでいた。
「あー、まぁ…好かれてる感じではなかったよなぁ」
ロウエンはジェイデンから視線を反らし、取り繕うように言葉を続けた。
「……」
元々、アリシアは大公家に来た時から、警戒しておりどこか人を寄せ付けず、何かに怯えていた。調べた結果、どうやら子爵家に嫁いだアリシアは夫に暴力を受けていたと報告を受け、ジェイデンは納得していた。
「大公よ。わたしはアリーの意思を優先するぞ。アリーにこの事実を話せば、彼女は喜んで神殿へと身を移すだろう。神殿へと属せば、お前がどれだけ権力を使おうと取り戻すことはできん」
「待っ、お待ち下さいっ!」
淡々と話しているローに、ジェイデンは本格的に焦り出した。
「彼女はわたしの命を救った恩人だ。彼女の望みならば喜んで叶えよう。この死に損ないの老いぼれでも、お前一人黙らせる事くらい容易だ」
「お祖父様。まさか…」
「そうだ。アリーの為ならわたしが後ろ盾になる」
「「──ッ!!」」
後ろ盾になるという事は、アリシアの為にローも世間へと再び顔を出すという事になる。
大陸全土に名を轟かせた先々代の皇帝ローガンを後ろ盾に持つ女性。
それがどれほどの意味を持つか言わずとも知れている。
ロウエンとジェイデンは思わず息を呑んだ。
「老い先短い身だ。救われた命、アリーの為に使おう」
ジェイデンはこれまで感じたことのない絶望と焦りを感じた。
不当な契約で縛り、関係を強要し、アリシアの気持ちも考えず自分の都合で振り回していた。
しかしジェイデンはそれを悪い事だとは思っていなかった。
その報いともいうべきか、手中に収めたと思っていたアリシアが、まるで砂を掴むようにすり抜けていく思いだった。
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