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庭師ロー
しおりを挟む一通り処置も終わり、容態も安定してローは狭いベッドの上で穏やかに寝息を立てている。
蹲っていたアリシアも落ち着きを取り戻し、起き上がりベッドの側まで寄ると、ローの寝顔を見てホッとする。
ローさん…、今は、ゆっくり休んで下さい。
寝顔を見ながら、安堵に鼻をすする。
その側でジェイデンとロウエンが密やかに話していた。
「お祖父様がこの場所の立ち入りを許すなど、有るまじきことだ。あれほど頑なに他者との接触を断っていたのだがな」
「そうですね。上皇陛下は皇位をお譲りになった後は、誰ともお会いになりませんでしたね。私としては、どうやってアリシアさんが上皇様と会っていたのか、疑問が尽きませんが…」
そしてまたベッドの側で寄り添っているアリシアを見る。
アリシアはローの手を握り、穏やかに眠るローの顔をずっと見ていた。
ロウエンと並び立ち、アリシアを見ていたジェイデンは、寄り添う二人の姿に苛立ちを覚える。
「では、アリシアさん、そろそろ部屋へ戻りましょう」
「……いえ。私は、もう少しここにいます」
「何故ですか?」
「ローさんの容態がいつ悪化するかわかりません。せめて回復するまで、側にいて看病させて下さい」
「あなたは大公家の侍女です。看病でしたら皇宮医に任せるべきで…」
「私は先日務めを果たしましたっ…。ですからしばらく私に用などない筈です!ただ部屋で待機しろと仰るのでしたら、私がここで待っていても何も問題はないでしょうっ」
今までの鬱憤を晴らすように、アリシアはジェイデンをキッと睨み、強い口調で言い返す。
「っ!そういう訳では…」
言われた事に反論出来ない。確かにジェイデンは公務に忙しく、アリシアを構っている暇がなかった。部屋にいてほしいのは、ただその方がジェイデンが安心できるからだ。
「ククッ…ハハハッ…!」
「陛下…」
「帝国広しと言えど、ここまでかの大公を言い負かす女人はいないだろう!ははっ、これは実に愉快だ!くくっ、良いものを見せてもらったぞっ」
ロウエンはさも可笑しそうに、まだ腹を抱えて笑っている。
近くで見る皇帝は先ほどと違い、威圧感がなかった。だからと言って油断している訳ではない。
楽しげに笑っているロウエンに向かい、膝を付いて頭を下げた。
「皇帝陛下。ローさんを助けて頂き、大変感謝しております。そして、これまでの御無礼を心よりお詫び申し上げます…、どんな罰でもお受けいたしますので、ローさんが回復しだい、どうぞ牢へお連れ下さい…」
もうローが助かったのだから、自分がどうなろうとも構わない。これだけの騒ぎを起こしたのだから、捕らえられるのは仕方のないこと。
覚悟を決めたアリシアは、腕を組んで立っているロウエンの前で頭を下げたまま、自らの処分を待っていた。
「うむ。そなたの侍女がこう申しているが…、大公よ」
「お聞きに成らずとも、わかっておられるのでしょう?アリシアさんに罪など微塵もありません。むしろ、こちら側に謝罪して頂きたい限りです」
跪き頭を下げていたアリシアは、この2人の会話を聞いて思わず顔を上げた。
皇帝陛下に謝罪?!
そんなっ…、どうして?
これまでの一連の出来事をアリシアは把握していない。
ローを助ける事に必死で、周りの会話など全く聞いていなかった。
「しかしながら私は…陛下の宮を乱し、混乱を招きました…」
困惑しながらも自分の罪を認めているアリシアは、そんなはずはないと言い返した。
「普通ならばな。だが、そなたが助けを求めていた人物は、ただの庭師ではない」
「ローさんが…?」
「そこにおわすお方は、先々代の皇帝であり、今は一線を退き、上皇陛下として密やかに暮らしている。俺の祖父でもあるローガン・バスティアーニ三世。その人だ」
先々代の…皇帝陛下…。
ローガン・バスティアーニ三世。
その人はアリシアでも知っているほど有名な人物。
帝国の歴史上最も冷酷非道で向かうところ敵なし、他国を容赦無く配下に降し、国の領土を飛躍的に拡大した先の皇帝。
「……っ、そんなッ…、ローさん…がッ…!?」
思わず眠っているローに驚きの視線を向けた。
あのローさんが…?!とても信じられない…。
だが、皇帝陛下の発言に偽りなど存在しない。例え嘘でも、それが事実になるからだ。
「お祖父様は俺にも推し量れん。前人未到の功績を成し遂げ、帝国の繁栄にこの上なく貢献されたお祖父様だが、ある日突然、何の前触れもなく皇位を譲られた。何故こんな皇宮の片隅に隠居しているのか…、理由は誰にもわからん」
ロウエンは立ちながら、ローの眠るベッドを複雑な表情で眺めている。
アリシアはベッドで眠るローを見ながら、言っていた事を思い返した。
ローさんは、後悔していた…。
きっと…今は亡き奥方様の思い出の庭で、過ぎ去ってしまった日々を悔いて、懺悔をしたかったのかしら…。
アリシアは沈痛な面持ちで感傷に浸りながら、ローの心情を汲んだ。
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