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得体の知れない感情

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 務めを果たした次の日。

「あら……。あなた、どこの所属の使用人かしら?」

 アリシアはジェイデンの目を盗んでローの所へ行こうとしていた。だが、皇宮の外へと続く廊下の途中を歩いていたところで、急に呼び止められた。

「あっ……」

 3人程の、おそらく皇宮の侍女だろうことはわかった。

「見ない服装ね。しかも、何だか薄汚いわ……」

 呼び止めた背の高い侍女は、じろりとアリシアの全身を不躾に見ている。

「どこかの野良猫が迷い込んだみたいですわね。ここは一般人が入って良い所ではありませんのよ?」
「しかもここの宮は皇帝陛下も通る格式高い場所ですよ。部外者はすぐに立ち去りなさいっ!」

 3人でアリシアを囲むように非難する。
 アリシアは立ったまま、お仕着せのエプロンをぎゅっと握る。
 
 確かに、勝手に抜け出して出歩いてる自分が悪い。
 ジェイデンは忙しいらしく昨日会ったきりだ。ブルーノもいるが、なぜかアリシアを毛嫌いしている。何をしていれば良いのか聞いたが、ただ呼ばれるまで待機していろとしか言われない。
 アリシアは使い勝手の良い奴隷ではないのだ。
 
「っ、も……申し訳ございません。以後、立ち入らないよう気を付けます」

 ひとまず腰を深く折り、謝罪した。
 この時は見逃してもらえた。
 安堵の息を吐いて、ローのいる庭園まで走って向かった…。
 その後を、誰かが見ているとも知らずに……。


 次の日もアリシアは人目を盗んでローの庭園まで足を運んでいた。

「ジェイデン大公殿下よっ」
「皇帝陛下とご一緒だわ」
「お二人共……、本当に麗しいですわ。どうしてあんなにお美しいのかしら……」

 侍女達がジェイデンと皇帝陛下が並んで歩いている姿に、頭を下げたあと感嘆の声を上げている。
 アリシアは慌てて廊下にある柱の影へと隠れた。

 そこにはジェイデンがいて、隣には皇帝陛下と呼ばれる美丈夫がいた。長い金髪を後ろに一つにまとめ、澄んだ湖のように碧い瞳、端正な顔はジェイデンと並んでも引けを取らない。

「ジェイデン様はまだお相手を探しているのかしら」
「唯一の独身者ですもの……。あの方に抱かれたい女は山程いるわ」
「どうしてあんなに素敵な方がお相手を見つけないのかしらね?」
「引く手あまたですものっ!噂では何人ものご令嬢と関係を持っているらしいわ」
「わたくしも一度でもいいから、夜を共にしてみたいですわっ」
「えぇ、この宮にいる全ての女性が望んでいる事よね」

 柱の影から侍女達の話を聞いていて、アリシアはその場から動けなかった。

 ――どう……して……?

 こんなに、大公様に抱かれたい女性がたくさんいるのに…。
 なぜ、私じゃなければいけないの?
 私は、嫌なのにッ……!
 
 アリシアの胸の中にモヤモヤとした何かが渦巻いている。ジェイデンはやはりモテる。沢山の女性の羨望の的だ。爵位や地位もさる事ながら、生まれ持っての美しい容姿。
 そんな人が、何故アリシアに固執するのか…わからない。
 
 アリシアは他の女性と睦み合っているジェイデンを想像したが…、なぜか途中でやめた。
 ジェイデンが他の女性と会っていようと、アリシアには関係ないはずなのに、どうしてか心が晴れない。

 あんな事ッ、したいわけじゃないっ!私は脅されてっ、仕方なく従っているだけ…。
 他の方ではダメなの……?
 私はもう、解放されたいっ!

 体だけの関係など、アリシアにとって一番嫌悪する事だ。これでは離縁した夫とさほど変わらない。
 
 アリシアは頭を振って思い直す。

 ジェイデンも夫と何ら変わりはない。
 きっと、抱ければ誰でもいいのだろう。アリシアと出会う前は娼婦で済ませていたと言っていた。
 結局は自分も、それと遜色ないのだ。
 
 何らかの理由を並べていたが、ようするに都合が良いだけだ。
 身寄りのないアリシアは後腐れもなく…、適当に金を並べ、必要が無くなればまた簡単に切り捨てられる。
 
 わかっている。
 何かを期待してる訳じゃない。
 なのになぜ、こんなにも腹立たしいのだろう。

 柱の影で立ったまま行き場のない怒りを、エプロンを力いっぱい握り締めることで晴らしていた。




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