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皇宮

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 翌日。

 寝不足のまま朝を迎えたアリシアは、まとめていた荷物を無言で運んでいた。
 
 大公家の皆が慌ただしく準備を進める中、一人、隅でその様子を見ていた。

 ジェイデンに挨拶されたが、軽く会釈しただけで…言葉は返さなかった。その隣でギロッとブルーノに睨まれたが、アリシアの心は動かなかった。
 
「「「「行ってらっしゃいませ、旦那様」」」」

 揃った綺麗なお辞儀を、どこか遠くに感じながら見ていた。
 
 逃げ出したい。
 どうして…、こんな事になってしまったの…?
 
 そんな悲壮感に、馬車から見える窓の外をずっと見ていた。

「アリシアさん。顔色が優れないようですが…、お加減は大丈夫ですか?」

 何故か馬車には、ジェイデンとブルーノも共に乗っていた。
 本来なら侍女は、別の馬車に乗り、荷物と共に移動する。おそらくだが、ジェイデンがそのように計らったのではないか…。
 この人は、アリシアに対し、妙な気遣いを見せる。
 しかしそれがアリシアを苦しめていることに、本人は気づいていない。
 要するに、ありがた迷惑というものだった。

「平気です…」

 返すことも億劫な返答だったが、相手は大公殿下なので、無視する訳にもいかない。

「おいっ!大公殿下に対しっ、無礼だぞっ!」
「……失礼、致しました…」
「貴様ぁっ…」
「お止めなさい、ブルーノ。無礼な事などありません」
「ですが、殿下…」
 
 激高するブルーノと、それを絆すジェイデン。
 アリシアは拳を握り締めた。

 どこへ行っても、結局同じ。
 私はどこまでも悪者…。
 それは変わらない…。

 アリシアの心は固く閉ざされていった。
 人は自暴自棄になると、生きる事もどうでも良くなる。

 もういっそ、逃げてしまおうか…。
 
 アリシアが向かおうとしていたのは、カリアハヤナ修道院。
 ここは、女の監獄塔…とまで言われている戒律の厳しい場所だ。
 一度入ると、二度と娑婆に戻る事は出来ない。
 修道院自体が独立しており、唯一皇宮でさえも権力の及ばない所で有名だ。加えて、身請けすら認めていない。入ってしまえば出ることも叶わず、生涯を神に捧げないといけない。
 今のアリシアには、まさにうってつけの場所だった。
 
  
 

 馬車を降り、アリシアは生まれて初めて皇宮を目にした。

 なんて…、広大なの…。

 大公家でさえも、迷子になるほど広いのだが、ここはさらに広かった。

 荷物を持ちながら前を歩くジェイデン達について歩く。

 ジェイデンがいつも使っているであろう執務室へと案内された。
 
「アリシアさんには私の隣のお部屋を用意させて頂きました。用の際はこちらから呼び出しますので、それまで待機していて下さい」

 にこりと笑いながら机に座り、淡々と話すジェイデン。

「所用で、しばらく皇宮に滞在しなくてはなりません。申し訳ございませんが…、それまでこちらでお過ごし下さい」

 要するに…、ジェイデンに抱かれるまで、大人しく待っていろ…という事なのだろう。

 もう、返事を返す気力もない。
 ジェイデンが何かを話していたが、全く耳には入らなかった。
 
 色々と説明されたが、どうせ部屋から出れないのだと…ほとんど聞いていなかった。


 アリシアはしばらく滞在する部屋へと案内され、少ない自分の荷物を床に置いた。

 侍女の部屋にしては広く、豪華に見えた。
 部屋に置かれていたソファーに腰掛け、座り心地の良い質感に、座ったまま背もたれに身体を預けた。
 
 アリシアにとってはどうでもいいのだ…。
 振り回されるのも、誰かに従う事も…もう、うんざりだった。

 正直な話、ジェイデンに抱かれる事が苦痛な訳ではない。なぜかはわからないが、ジェイデンとの身体の相性は腹が立つ程悪くはない…。
 なぜあの元夫が、他の女との逢瀬を重ねていたのか、他の女と享楽にふけっていたのか…。
 理解などしたくもないが…、その気持ちがほんの少しだけわかった。
 
 しかし、身体と心は別物なのだ。
 
 体が求めているから、じゃあ、心もそれを伴うのか…。
 そう言われれば、それは全く違う。
 
 ジェイデンに愛されたいなどと、そんな馬鹿げたことは微塵も思わない。
 アリシア自身、そういう気持ちにはなれない。そもそも、恋というものがわからない。
 
 ただアリシアが分かるのは、男というものが自分勝手だという事だけだ。
 自分の都合の良いように相手を言いくるめ、都合が悪くなれば威圧的に脅し、自分の好きな事しか優先しない…。
 アリシアの知ってる男とは、そんなものだ。
 
 昔から親に言われていた。
 夫となる者には誠心誠意尽くせ…と。
 
 その思いでアリシアは夫となるジムには、誠心誠意尽くしてきた。
 だがそれが、全く無駄なものだということも悟った。 

 たとえ自分がどれだけ尽くそうとも、結局相手に伝わらなければ何の意味もない、ということだ。

 妻とはパートナーでも、対等な立場でもない。
 ただ居るだけの…肩書きだけの存在…、使い勝手のいい小間使い…、苛立ちをぶつけるはけ口…。


 アリシアは、男という存在に、どこまでも落胆していた。
 
 
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